第十三話:心の病
「あの…」
その日の夕方、私と操は拝殿近くのベンチにぼうっと腰掛けていた少女を見つけた。
「小桜未緒さん…ですか?」
――時は遡り、数時間前――
私と操が互いに言いたい事を言い合い、気分が良くなっていたのも束の間、みたまが私達に頼み事をしてきた。
「最近、毎日のように拝殿に来ては、叶わせられへん願いを祈りに来る子がおるんや」
叶わせられない願い…?
世界征服とか…不老不死とか?
私がどんな悪事を願ったのか気になっていると、みたまが大きく息を吐いた。
「…どうか、死なせてください」
……え?
私と操が目を見合わた。操は口を強く結んでいる。
「二人にはその子に会って、話だけでも聞いてやって欲しいんや。理由が分かればわてもそれに対して加護を与えたりできるさかい。頼めるか?」
「はい」
なんで私が…と少々渋ったが、操が間髪入れず返事をした為、私は結局その頼みを引き受けることにした。
* * *
「……天宮さん?」
その少女は、疲れ果てた顔をしていた。目をぱっちり開ける気力が無いのか、傍から見たら眠気を帯びた目に見える。
「あ…あなた、うちのクラスの…」
少女が頷く。
どうやら私達のクラスメイトだったらしい。
それにしても、こんなに負の感情が強い人間と会うのは初めてだ。絶望と不安、嫉妬に心が支配されている…死を救いと感じ、求めている…
私はその〝死〟を恐れていると言うのに…
この少女からは死への恐怖を全く感じない。
感情は――
「っ…!?」
少女の感情が心に流れ込んできた途端、大きな津波の様なソレに呑み込まれそうになった。
シャットアウトシャットアウト…!!
私はすぐさまその感情を外に追い出し、胸を撫で下ろす。
やばい…これは…
感情の麻痺…虚無感…自己否定…不安…怒り…
前にヌースから聞いたことがある――
『人間はその高知能故に、身体だけでなく精神に異常をきたす事がある――』
そうだ…
確か名前は…
『人間達の間でそれらをうつ病と言う。私達知能型の神々は、それを〝感情の混沌〟や〝脳の整理機能障害〟と呼んでいる。ティモス、私の言いたいことが分かるか?』
あの時は適当に頷いていた…でも、今分かった。
これがもう一つの能力の使い道――
「お前、死にたいんだって?」
私が操の背中から顔を出した。
「ちょ…神楽様…」
「何でそれを…」
私は人差し指を唇に当て、妖しい笑みを浮かべる。
「もし…叶えてあげると言ったら?」
私の言葉を聞いた少女の瞳に一瞬、光が宿った。
「神楽様、何を言って」
「どうやって…?」
少女が食いつき、私に顔を近づける。
初めて実践するから、なるべく慎重に…
「いい〝クスリ〟があるんだ。ただし、後悔されても困るから、気持ちを整理するための猶予を与える。七日間な。それでもいいか?」
クスリって言うのは比喩だけど…
少女は一瞬暗い表情に戻ったが、すぐに頷いた。
* * *
私は小桜未緒。昨年、唯一の家族だった父が死んだ。広い家に、私一人だけが暮らす毎日。寂しい、悲しい、虚しい…気がつけば死を切望するようになっていた。
そして昨日、ようやくその願いが叶う時が来た…
のだが――
「じゃあ、始めるぞ」
「はい…」
「…」
「ババ抜き!!」
――私は今、クラスで暴力事件を起こして謹慎中の天宮さんと、厨二病から抜け出せないでいる巴さんと共に、カードゲームをしている。
「何で私も…」
「操と二人だけじゃ盛り上がらんだろ!」
だから何で私…
帰り際、巴さんにこれから毎日この神宮に来るよう言われた。正直すごく面倒くさかったが、巴さんならヤバめな薬も持っているような気がしたので、信じて通うことを決める。
もしかして、私の気を変えるつもりやのかな…
「意味ないのに…」
そして、巴さんに言われた通り、その日から毎日石上神宮に通った。
大富豪、人狼ゲームに将棋、しまいには麻雀まで…
四日目からは神宮の神主さん達や巫女さん達にも認知されるようになり、遠巻きにベンチに座ってボードゲームをする私達を笑顔で見てくる…
「未緒、最近すぐ帰っとるけど放課後何してんの?」
巴さん達がいないクラスで、幼馴染で友達の亀井美玖が私に問いかけた。
「えっと…石上神宮行っとる…」
「石上神宮言うたら、あの天宮さんの家があるとこやん!」
天宮さんは田中さんを蹴り飛ばしてから学校中でキ○ガイだと噂されている。
でも…
「天宮さん、案外優しいで…?」
最初こそ気に触ればすぐに怒る人だと勘違いしていたけど、天宮さんはクラスの子に飛び蹴りを喰らわせたとは思えないほど落ち着いている上、私の事をよく観察して気遣ってくれる人だった。
「え、何!?いつの間にそんなに仲良くなったん!?」
美玖が私に抱きついて嘆いたので、少し考えて口を開く。
「…美玖も来る?」
「もち」
その言葉を待っていたと言わんばかりの早さだった。
* * *
「えっと、友達の美玖…」
私が美玖を連れてくると、天宮さんが嬉しそうに、巴さんが不敵に笑った。
「未緒が最近楽しそうだからついてきてん。よろしく!」
…楽しそう?
「美玖…私、そんなに楽しそうに見える…?」
「え?うん、最近表情も暗くないし、下もあんま向かなくなったよな。天宮さんのとこ行くようになってからやない?」
そんな風に思われてたんや…美玖、よく私のこと見てくれとるな…
「美玖、そこやなくてこっちの方がいいで」
巴さんがチェスをしようと言い出し、美玖がそれに乗った。私はかろうじてルールだけは抑えている美玖に、後ろから助言をする。
「あ、ほんまや」
「アドバイスずるくね」
巴さんが口を尖らせた。
「未緒は昔からチェス得意やもんな」
「うん、小さい頃よくやっててん」
父とその友人達が昔からボードゲームをしに家によく来ていた為、私も必然とできるようになっていた。
「……それにしても、巴さんもかなり上級者やね」
駒の動かし方や配置が慣れているし、数手先まで読んでいるのが分かる。
私がぼやくと、巴さんがドヤ顔をして見せた。その直後、何か言われたのか、すぐに見えない誰かの声に反論する。
「え?お前のおかげ?馬鹿言え、私が地道に経験値を積んで上手くなったんだよ」
始めて見た時こそかなりドン引いたが、今は巴さんのイマジナリーフレンドとの会話も考えすぎず流せるようになった。
「急に話し出したけど巴さん宇宙人と交信でもしてるんかな…?」
「そうなんやない?」
私は次の手を考えていた為適当に答える。
「…あんた今ツッコむのめんどくさ思うたやろ」
「うん」
美玖が私に軽くヘッドロックをかける。
するとそれを見た天宮さんが微笑んだ。
「二人、仲良いのね」
「そらぁ、保育園からの幼馴染やもん。な?未緒」
「うん」
「幼馴染か…私にもいるけど…絶対二人みたいな関係にはなれない…」
天宮さんが苦笑する。
「あ、そういえば操ちゃんって東京生まれやったっけ?」
「ええ」
「なぁなぁ、東京ってホストに金せびられるんやろ?DV営業されるんやろ!?ニュースで見たわ!」
「え!?それは歌舞伎町とか一部の場所で…」
――私は気がつけば頬が緩み、笑顔になっていた。
「よし!てことで今日は未緒の家で朝までゲームするぞ!」
え?
お茶を買いに少し場を離れていたら、巴さんを筆頭に、私の家でのお泊まり会が決まっていた。
「ちょ…勝手に決めんで…」
「最近未緒ん家行ってなかったし、久しぶりにお邪魔したいなぁ〜」
美玖が目をキラキラさせて私を見る。
…そんな目をされたら断れるわけなかった。




