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感情の神ティモスは悲しみを知らない  作者: 暁 有沙陽
第二章 地位、身分、立場
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第十二話:ぶつける本音



神楽(かぐら)様!?」

「ふふ…あの子ったら昨日、わてに相談し聞きてんよ。伊勢に行ってから操に避けられている気がするって」

 気づかれてた…感情の神様だし、当然か…

 どうしよう…今の話聞かれてた…?

 不快に思われたわよね…謝るべき…?

「……あの…神楽様」

 私が恐る恐る声を掛けると、隠れていた神楽様が扉からひょっこり顔を出した。

 私の顔色を伺って視線が定まらないその姿はまるで、怒られた後の幼子の様だった。

 

 私のことを…気にしてくださっている?

 何で…?だってあの時、人間は神を崇めるものだって仰ったじゃない。

 言葉と行動が矛盾してる…

 

「操、何か言っておやり。あの様子じゃ、操に避けられてたのがよっぽど堪えたんやろ」

「え…でも…」

 私は人間なのに…

 私が戸惑っていると、みたま様が私の耳元で囁いた。

「神楽は神としてはまだまだ若い。それにあの性格や。まだ自分の理想通りに上手く動けんのやろ、きっと。初めてすることに失敗はつきものやろ?」

 その言葉を聞いて、私は目を大きく見張った。

 

 ああ…そうか…

 

 神楽様は全部初めてなんだ。食事も、睡眠も、入浴も、お箸も。生まれてからずっと天界で暮らしてきて、初めて人間界に降りてきたんだから当たり前だ。

 

 きっとそれは他者とのコミュニケーションも同じ。

 神様だから完璧だって、勝手に思い込んでた。

 神楽様は今、神は人の上に成るという道理と、私に避けられたくないという二つの思考が戦っている状態…

「ヌース、こういう時ってどうすればいいんだ…?」

  

 神様だって不完全だし、不器用なんだ。

 何だか少し、親近感…

 

「分からない…!?お前全知を持つくせにこんなことも解決できないのかよ…!」

 

 空気を読むのが苦手な所だって、私達人間と違って、コミュニケーションをとる場面が少なかったからで――

 

「…え?操の後れ毛がデメキンの尾ひれみたい?ぶふォっ!ばっ…!!今真剣な話を…!」

 

 ……空気が読めないのは元々のようだ。


  * * * 

 

「操…この前はキツい言い方して悪かった。確かに操の言う通り、アマテラスの態度は冷たかったかもしれない」

 私は目を細めた。

 …嘘だ。

「……神楽様」

 私は神楽様の両手を強く握った。

「…私が聞きたいのは、拙くても不器用でもいいので、神楽様が心から感じていることです。私は謝罪が聞きたいわけではありません。悪かったなんて、本当は思ってないでしょう?それに神楽様は私に対して、何も思うことはありませんか?」

 私が真剣な顔でそう話すと、目を丸くして驚いていた神楽様が、ゆっくりと口を開いた。

「私は…神が神職に対して礼を言ったり、労う必要は無い…と思っている。ぶっちゃければ神は自分の社が無くても生きていけるし、神社で神が人間に加護を与えているのは、言わば気まぐれな奉仕活動だからだ」

 神楽様が一息ついて私を一瞥したため、頷いて続きを促す。

「…でも、正直言うとお前に言ったことは私が神として…六大神として習った事をそのまま唱えただけだった。操に避けられて変に敬われて、心がモヤモヤしたんだ。それで気づいた。操とは、神とか人間とか関係無しで仲良くなりたいんだって」

 神楽様が耳を赤くして最後の一言を発する。そしてむず痒そうな顔で私を何度も見た。

 

 私は…一体何を悩んでたんだろう…こんなにも人と真摯に向き合ってくれる方なのに… 

 私も話そう…

 

「それはつまり、私と神楽様は対等な関係…ってことになりますよね…?」

 私は立ち上がり、神楽様と目線を合わせて微笑んだ。

 

「……いや、そんなわけないだろ。私は神でお前は人間だぞ?」

 が、神楽様がそう言って私をジトっと睨んだ為――


 ええぇ………


 ――私は再びストンとその場に正座して、神楽様を見上げた。

 やっぱり色々矛盾してるこのひと…

 つまり、ある程度私とは砕けた関係を望んでいる一方で、対等な関係では全然ないと。


 滅茶苦茶じゃん…

 私は眉をひそめてため息をつきながらも、何だかんだ神楽様らしいと思い、苦笑した。

「まぁでも私が何か間違ったら注意していいし、私と無理に意見や思考を合わせる必要もない。あとは…あ、別に喧嘩してもいいぞ。私が勝つけど。それと――」

 神楽様が私への要望を口にしている時、思った。

 

「神楽様…今仰った通り、私は貴女を諭してもいいんですよね?」

 私の問いに、神楽様が驚いた顔をして頷いた。

「あ、ああ…勿論」

「では言います。朝は、私が起こしに行ったらすぐ起きてください」

 私は両手こぶしを強く握りしめて、神楽様を鋭く睨み上げる。

 そして暫くの沈黙の後、神楽様が口を開いた。

 

「………ふはっ、何だよそんなこと?」

 

 その馬鹿にするような、安堵したような顔を見て、私の周りの空気が一瞬にして冷たくなる。

 ()()()()()

「そんな事…?そんな事っていいました?じゃあ聞きますけど、そんな事の為に私がどれだけ苦労しているかご存知ですか?」

 私だって神楽様が人間の身体で日々頑張っているのは分かってます。でも…今私、結構本気で言いました。それに対してその表情は…人としても、神様としてもどうかと思います…

「ただ起こすだけだろ?何をそんなに怒ってんだ。実際ちゃんと起きてるだろ」

 嗚呼…そう言えばついさっき言ってましたね。

 ――喧嘩してもいいって。

「ええ、ええ…起きてますよ…私が二時間もかけて何度も一階と二階を往復して起こしてますから…!神楽様、全然起きないんですよ!身体を叩いても揺らしても、耳元で大声を出しても、無理やり布団から引き剥がしても!」

「いや!そこまですれば流石に起きるだろ!話盛るな!」

 私の声が徐々に大きくなるにつれ、神楽様も負けじと声を張る。

「盛ってません!事実です!貴女いつも死んだように眠ってんですよ!デコピンしても、往復ビンタしても、絞め技キメても全っっ然起きないんです!」

「は!?お前神に向かってビンタかましたのか!?」

「はい!かましました。それでも起きないって、神楽様人間向いてませんよ」

 神楽様の頬がピクリと引きつる。尻尾が生えていれば、その毛は酷く逆立っていたことだろう。

 

「ストップ。神楽、真に受けるんじゃあらへん。操も、言い過ぎやで」

 

 私が神楽様の顔を見てまずい、と思った時、みたま様が仲裁に入ってくださった。

「まったくだ。私は操へ本音を伝えたのに、返ってきたのは私への悪口。やってられん!」

 神楽様は眉尻を吊り上げて怒っている。

 つい今まで溜め込んでいたものを一気に吐き出してしまった。

 私も神楽様に負けず劣らず未熟者だ。神楽様と違って十六年も人間してるのに…

「すみません…」

 私が目を伏せ、小さくそう呟くと、みたま様が私の頭を撫でてくれた。

「それで、少しはスッキリしたか?」

 みたま様の問いかけに、少し考えて、深く頷く。

「はい…思い切って話したら神楽様への嫌悪感も無くなりました」

 その言葉にみたま様が、「嫌いだったんか神楽のこと…」と呟いた。

 

 * * *


 私は今日の神楽様の行動を思い返す。

「……思えば今日、神楽様は本気で私の事を気遣ってくれていましたね…本当にごめんなさい……私、神楽様はとても良い神様だと思います」

「操…」

 私が神楽様に笑顔を向けると、神楽様の縦になった眉毛がデフォルト状態に戻った。

「みたま様の次に」

「あっはは!!」

 みたま様が吹き出す。

「…」

 神楽様が複雑そうな顔をした。

 

「いやぁ…それにしても操がこんなに感情を表に出すの、初めて見たで」

「初めて?みたまも?」

 神楽様が初めてという言葉に食いつき、目を輝かせる。

「だって、神楽様は隠したところで私の感情分かるでしょう?」

「当たり前だろ。感情の神なんだから」

 両親を亡くしてから、こんなに本音で話せたのは初めてだ…しかも、その相手が神様だなんて。

「操、いい刺激物と巡り会うたな」

 刺激物…確かに、私にとっての神楽様の存在を一言で表すなら、その言葉が一番しっくりくる。

「はい…」

 私は心の底からの笑みを浮かべた。

 するとその瞬間、強風が巻き起こり、長く残っていた桜の花弁を全て散らした。

 ――春が終わり、初夏がやって来る。


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