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感情の神ティモスは悲しみを知らない  作者: 暁 有沙陽
第二章 地位、身分、立場
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第十話:天照大御神



 私達は伊勢神宮の正殿に案内された。

「今日来て頂いた理由は…」

「わたくしがそこの神に会いたくて呼んだのよ」

 正殿の奥から先程の巨大な神力の持ち主が歩いてきた。

 これだ…さっき感じた神力…やはりここの神だったのか…

 

天照大御神(あまてらすおおみかみ)様…!!」

 

 アマテラスと呼ばれたその神が、幾重にも重ねた華やかな着物を引きずりながら階段を降りる。そして、平伏している宮司達には目もくれず、私の前でその足を止めた。宮司達からは、緊張と同等の高揚が感じ取れる。余程この神に会えたのが嬉しいらしい。

 ふと隣を見ると、操も同様にひれ伏していた。

 私は立ったままアマテラスと目線を合わせる。

「通りで…あの御方の神力を感じると思ったわけね」

 アマテラスはそう呟くと、私の六宝神珠をじっと見つめた。

「何千年ぶりかしら…懐かしい感じ…」

 その声は聴き入るほどに美しく、それでいて凛としていた。首元や頭に付けた沢山の黄金の装飾が、動く度に触れ合い、綺麗な音を奏でる。

「創造神様はお元気?」

 私が呆然としていると、いつの間にかアマテラスの顔が目の前にあり、思わず声が漏れた。

「あなた、相当な神力(ちから)を持たされたみたいね。天界でも上位の存在だったんじゃない?」

「あ、ああ…」

 私の戸惑う様子を見て、アマテラスがクスッと笑う。

「あ、天照大御神様…お久しゅうございます。益々のご多幸をお祈り申し上げ」

「お前に発言を許した覚えは無い。黙りなさい」

 アマテラスが先ほどとは打って変わった冷たい声で、毅然と言い放った。そして、泣きそうな顔の宮司とそれを宥める朱里を一瞥して目を細めると、再び私と目を合わせた。 

「あなた、名前は?」

「…ティモス」

「ティモス…良い名ね」


『ティモス、遅くなってごめんね…!カロンとヌースから全て聞いたわ!』


 ――直後、全ての不安を払拭するような、愛に満ち溢れた声が聞こえた。

 この声は…!

「フィリア!」

 私は安堵の声を上げ、天を仰いだ。

 愛の神フィリア…六大神の中で最も最年長の神であり、創造神が初めて創った神だ。

 そして、六大神のリーダー的存在でもある。遠くからカロンとヌースの安堵する声が聞こえる。

『ティモス、安心して。私が創造神様に会いに行って抗議するわ。こんなやり方、あの方らしくないもの』

 話を聞くと、フィリアはこの僅か数十年で急増した人間の数について、数万の神々と議論していたらしい。重要な議論中だった為、通信用ピアスは外していたようだ。私が少し文句を言うと、『このピアスは六大神間の緊急通信用に作ったのに、ティモスやヌースがくだらない世間話やゲームの話しかしないから、仕事中はいつも外しているのよ』と不満混じりの声で言われてしまった。


「ねぇ今、フィリアと言った?愛の神の…」

 私が話を終えると、アマテラスが期待するような声で私に問いかけた。

「え?言ったけど」

「通信しているのね。私の声も聞こえているのかしら?」

「えっと、ここに向かって話して」

 私が右耳を持って少し首を倒すと、アマテラスが私のピアスに向かって話し出した。

「フィリア、私のこと覚えているかしら?イリオスよ」

『イリオス!?』

 フィリアの驚愕する声が耳に響く。

「イリオス…?」

『ええ、太陽の神イリオス!随分前に下界に降りてしまったけど、仲良くしていたのよ。久しぶりね!』

「まぁ…!覚えていてくれたのね、嬉しいわ」

 イリオスもとい、アマテラスが着物で口元を隠して上品に笑みを浮かべた。

 

 ――その後、アマテラスが私の耳元でフィリアとの話に盛り上がった為、話が終わった後、私は痒いのを我慢していた左耳をほじくった。

「ごめんなさいねティモス、つい話に花が咲いてしまったわ。それで、創造神様はお元気?」

 アマテラスが百八十度脱線した話を元に戻す。

「…創造神は今体調が悪いらしい。それに破壊神とグルになって私を破壊させようとしている。私にとっては最悪な神達だよ」

 私は眉をひそめて心の内にあった不満を垂れた。

「お元気ではないのね…それに破壊神様が…」

 アマテラスが悲しげな顔で俯く。

「はぁ…ほんとに、一方的で傲慢すぎるよな…破壊神も期限は一年だってことを伝えたらそそくさと帰ってったし」

「…破壊神様は、とても立派な方だったわ…悪く言わないでちょうだい」

 立派な方()()()って…やっぱり今の破壊神って昔と性格変わったのかな…

 そんなことを考えながらアマテラスの顔を見ると、その今にも泣きそうな表情に驚き、たじろいだ。

「え…あ…ごめん…」

 心の底から悲しんでいるのが伝わってくる。どうやら私はアマテラスの地雷を踏んでしまったようだ。

 どうしたらいいのか分からず、俯いて黙り込んでいると、アマテラスが気を遣ってか私の髪を撫でた。その優しげな笑顔を見て安心する。 

「えっと…まぁとにかく、色々教えてくれてありがとう。アマテラス…いや、太陽の神イリオス」

 私が礼を伝えると、アマテラスが目を細めた。

「ふふ、今は天照と呼んでちょうだい。こちらこそ、あなたと話せて良かったわ、ティモス。また会いましょうね」

 アマテラスは私の額に口付けすると、正殿の奥へ戻って行った。 


  * * *

 

「はぁー、緊張したわぁ…天照様がお出になるなんて何年ぶりやっけ…ほらお父さん、元気だしぃ。いつまでも落ち込んでないで」

 宮司がアマテラスに邪険にされて傷つき、うずくまっている。

「操、帰るぞ」

「はい、神楽様」 

「あ、操ちゃん…!少し話があんねんけど…」

 朱里が操の肩を掴んだ。

「あ…えっと…」

 私を気遣う操に「行ってこい」と手を振る。


 しばらく待っていると、送り出した時とはまるで違う、暗い表情で操が帰ってきた。

「どうしたんだよ、説教でもされたのか?私がバシッと言ってやるぞ」

 そう言って朱里を睨む。

「違いますよ…!朱里さんは何も悪くないです…」

 操が私の腕に触れようとして、何かを思い出すと、その手を引っ込めた。

「……そう言えば、天照大御神様は…ずっと神楽様だけをお見つめになっていましたね…宮司様や朱里さん達には目もくれず……人間がお嫌いなのでしょうか…」

 操が俯きながら私にそう問いかけた。

 

「…何を言っているんだ?」


 私は操らしくもない愚問に首を傾げる。

「え…?」

 操の口から弱々しい声が漏れ出た。

「我々神が、神と人間を対等に見るわけがないだろう?」

「いえ…対等な扱いを望んでいるわけではありません。ただ、宮司様達は、生まれた時からその身を全て天照大御神様に捧げています…ですから、もう少し情けをかけてはくださらないのかと、そう思っただけです。だって…あんな風に冷たくあしらわれては、今まで神様に祈って尽くしてきた日々が全部嘘みたいじゃないですか…」

 操はそう話すと、意見を求めるように私と目を合わせた。

「何を言うかと思えば…」

 私は頭をボリボリ掻く。

 操は色々考えすぎる所があるな…悪いことではないけど… 

「神と相まみえるだけでも人間にとっては栄誉なんだ。その上視線を向けて欲しい、話をしたいなど、おこがましいにも程がある。人間が神に尽くすのは自然の摂理だろ?」

 人間が神を敬い祀り上げ、神はその対価に人間に恩恵を与える。神は人の上で成り立つもの。何千、何万年も前から続いている史実だとヌースに教わった。

 そうか、操はまだ知らないのか…

 たったの十数年しか生きてないし当たり前だ。よし、教えてやろう。

 そう思って操を見ると、その目を見開き、傷ついたような顔をしていた。

「そう…ですよね…すみません」

 そして目を伏せる。

 何だ…?操から苦痛を感じる…私に望んでいた言葉があった…?


 分からない…

 

「帰りましょうか、神楽様」

「え?ああ…」

 操の笑顔はどこかよそよそしい。

 

 何か、やだな…


 ――操との間に見えない溝が出来たように感じた。

 

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