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感情の神ティモスは悲しみを知らない  作者: 暁 有沙陽
第一章 人間初心者
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第一話:感情を司る神



〝―――悲嘆―――〟


 私の中でそれらの感情は全て、怒りや嫌悪、動揺へと変換されて表れる。

 淋しさも、虚しさも、切なさも、今まで感じたことが無い。

 私は悲しみを知らない。哀れみも感じない。

 でも別によかった。わざわざ負の感情を知りたいとも思わないし、悲しみを知らなくて困ることもなかったから。


「感情の神ティモス。一年以内に悲嘆の感情を認識、及び理解できなければ、お前を破壊する」


 そう。今。この瞬間までは。

 私のいじらしい思考は、バキッと破裂音を立てて粉々に砕け散ったのだ。


  * * *


「チェックメイト」

 知の神ヌースが、わざとらしいコトッという音と共にナイトの駒を盤上に置いた。

「嘘だろ!?」

 キングが自軍に囲まれて身動きが出来ない…詰んでる…

「綺麗なスマザードメイト、我ながら天晴れだ」

 唇を噛み締めて敗北の悔しさに耐えている私…感情の神ティモスを、チェスの対局相手である知の神ヌースが満足気に見下ろす。

「今回はクイーンもビショップも落としたんだがな…次はポーンだけで勝負してやろうか?」

 ヌースとの対局は日常だったが、あまりの舐められように苛つき、己の仏頂面に血管が浮き出るのを感じた。

「ふん…知を司る神が頭脳系ゲームで勝つのは当然だろ。女みたいなハーフアップしやがって。全てを知りすぎて頭ん中おかしくなったのか?」

 私はすました顔をしているヌースの、無駄に大きい足をヒールでグリグリ踏みつける。

「イタィ…知らないのかティモス…ここ数十年で下界の人間達は男女平等を唱え始めたんだ。つまりこれは、人間の理性的知能が本能を越えたことになる。ならば私も知の神…ほひへ…」

 ヌースも大概阿呆だな。男女が平等?そもそも自分達の繁栄を求めて進化した差別意識に対して自分達で難癖つけるとか…今の時代は暗黒期か何かか?

 そんなことを考えながら、私はヌースの両頬を思い切り引っ張った。


「何で誰の反応も無いの!?」


 直後、六宝宮殿(ろっぽうきゅうでん)内に大声が響き渡った。私とヌースは同時に大声がしたバルコニーを見る。

 そこにいたのは、目を見開いて怒りに震えている、私達と同じ六大神の一柱、美の神カロンだった。

 鬼のような形相さえ、額飾りの中央に入れ込まれている瑠璃色の六宝神珠が相まって威厳ある美しさを感じる。

「カロン、どうした?」

 私が聞くと、カロンがこちらを向いてため息をついた。

「朝からずっと六大神の皆に通信してるのに誰からも返事が来ないの…何かあったのかしら…」

 まだ繋がらないのか…

 カロンの表情が怒りから不安を含んだものに変化する。彼女がここまで焦るのは珍しいが、無理もない。六宝神珠を持つ六名のうち、半数である三名が現在音信不通なのだから。


 六宝神珠(ろっぽうしんじゅ)とは、天界の統率者たる我々六大神のみが持つことを許されている玉石だ。創造神フェリシアスの神力(しんりき)が凝縮されており、私達の神力を数倍にも増幅させる作用がある。

 神力の大きさはその神の地位や権威に比例し、天界での発言力に繋がる。故に六宝神珠はその名の通り六大神にとっての宝であり、統治に無くてはならない存在なのだ。


「まぁまぁ、そんなに心配するなカロン。皆きっと忙しいんだ」

 ヌースがカロンの肩に手を置くと、カロンは如何にも嫌そうな目をしてすぐにその手を払った。

「…あなたも大概よヌース。髪留め代わりに六宝神珠使うのやめなさい」

「えー」

 そして二度目の大きなため息をつく。

「まったく…みんな今日が何の日か忘れてるのかしら…宮殿にいるのが六大神の中で私達三柱だけだなんて…」

「え?今日何かあるのか?」

 私がきょとんと首を傾げて尋ねる。

「ああ、そういえばティモスは初めてだったわね」

「今日は創造神様がいらっしゃる日なんだ」

 カロンとヌースが阿吽の呼吸でそう言い放った。


 創造神…数多の神を創った神々の父、か。

 私はその名を頭に浮かべてフン、と鼻を鳴らす。


「創造神フェリシアス様とは滅多に会えないけれど、こうやって不定期に私たちの様子を見に来てくださるの。それで最近の出来事や務めを報告したり、逆に創造神様から情報を頂いたりするのよ。最後にいらっしゃったのはティモスが創られる少し前だったかしら」

 微笑むカロンとは対照的に私が眉をひそめていると、直後、黒い光と共に目の前に人影が現れた。

 カロンとヌースが現れた者の顔を見るやいなや、慌てて片膝をついて頭を下げる。私はあまりに驚くふたりを不思議に思いながらも、カロンの綺麗な姿勢を真似て跪いた。

 現れた創造神と思われる神は、黒いフードとマフラーで顔を隠している。想像していた姿とは正反対で辛気臭さをも感じた。

 これが創造神?

「………三柱だけか」

 その神がぼそっと呟く。

 

「は…破壊神様…!」

 

 その名を聞いて、納得した。ハリのない声にフードを深く被るその姿…皮肉にも神々から恐れの対象とされている破壊神に相応しい。

「六大神が聞いて呆れるな。約束事も守れぬとは」

 物音一つしない宮殿の中で、破壊神の低い声のみが響く。

「申し訳ありません、しかし何故破壊神様が…創造神様は何処に…?」

 ヌースが恐る恐る破壊神を見上げた。

「創造神の代行だ。フェリシアスは体調が優れない」

「体調が…?創造神様は大丈夫ですの?」

 カロンが不安げな表情で問う。

「少し…疲弊しているだけだ」

 それにしてもこの神、随分焦燥感に駆られている…創造神の不調がそんなに酷いのか…?

 私は破壊神から微かに溢れる焦りと不安を感じ取った。

 これが私の能力…対象の相手の感情を読み取れる力。心まで読むことは出来ないが、相手の喜怒哀楽が分かる。感情を司る神の能力だ。

「それより、皆に知らせがある」

 破壊神を熟視していると目が合い、肩が小さく跳ねた。破壊神の目元はフードに隠れてよく見えない。


「感情の神ティモス、フェリシアスからの言伝てだ。お前は感情を司る神でありながら未だに悲しみを知らぬ。よって、一年以内に悲嘆の感情を認識、及び理解できなければ、お前を破壊する」

 

 ………は?

 

 私の目と口が今、骨が溶けたかの如く大きく開いた。

 破壊される?悲しみを知らないせいで?

 私の頭の中は真っ白。身体は放心状態だ。

「破壊!?」

「待ってください、何故そんなことに!?」

ヌースとカロンが声を荒らげた。

「以上だ」

 破壊神がその場から早々に消えようとする。

 私はあまりのショックに身体が抜け殻のように枯れ果てた。カロンやヌース達の抗議の声が遠くから聞こえる。

「お待ちを!破壊神様!」

 カロンが消え入る破壊神の腕を掴んだ。だが、すぐにその手を振り払われる。

 すると何かに気づいたのか、カロンが心配そうに破壊神を見上げた。

「…破壊神様、お痩せになられましたか?」

 破壊神はその問いに答えることはなく、消え去った。


  * * *


 ――空気が重い。

 さっきの数分で息の仕方を忘れかけた。

「一年以内に…悲しみを理解出来なければ…死ぬ…死…」

 私はテーブルに顔を突っ伏しながら今までの神生を振り返っていた。

 …我ながら怠けてばかりだったな。

 すると、そんな私に喝を入れるかの如く、カロンが机を思い切り叩いた。

 

「緊急会議よ」 


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