嘘つき野郎と恋
「瀬川くん、お弁当一緒に食べない?」
昼休み、教室の自分の席で、俺——"瀬川蓮"は三人の女子に囲まれていた。
「ごめん、今日は屋上で食べる約束しちゃってて」
俺は申し訳なさそうに笑う。本当は誰とも約束していない。
「えー、残念」「また今度ね」
女子たちが去っていくのを見送りながら、俺は小さくため息をついた。
教室の隅で本を読んでいた幼馴染の"桐谷美月"が、こちらをちらりと見る。彼女の視線には、いつもの呆れと、少しだけ寂しさが混じっていた。
「蓮、また嘘ついてる」
美月は小声で言う。俺たちは幼稚園からの付き合いだ。俺の全部を知っている。
「嘘じゃないよ。一人で屋上行くって決めてたんだから」
「屁理屈」
美月は呆れたように首を振った。
私立桜ヶ丘高校2年A組。俺は、クラスでそこそこ人気がある方だと思う。明るくて社交的で、誰とでも仲良くできる。女子からの好感度も悪くない。
でも、俺には秘密がある。
**俺は一度も、本気で人を好きになったことがない**
屋上で一人、コンビニのサンドイッチを食べながら、俺はスマホをいじっていた。
SNSのタイムラインには、友達のリア充投稿が並ぶ。彼女とのデート写真、告白成功報告、カップルの自撮り——
俺も、たまにそういう投稿をする。でも全部、演技だ。
中学の時、クラスの人気者だった先輩に憧れて、「モテる男」を演じ始めた。優しくて、ちょっとドジで、恋に一生懸命な男。
最初は演技だった。でもいつの間にか、それが俺の「キャラ」になった。
誰かに告白されたら付き合う。デートもする。優しくする。でも、心の底から好きだと思ったことは一度もない。
「俺って、最低だな」
独り言が風に消える。
「最低なのは、自覚してるだけマシかもね」
背後から、聞いたことのない声。
振り返ると、見知らぬ女子が立っていた。
長い黒髪、切れ長の目、無表情。制服のリボンが少し曲がっている。
「誰?」
「今日から転校してきた、氷室静。さっきのホームルームで紹介されたけど、あんた寝てたでしょ」
図星だった。
「あ、ごめん。俺、瀬川蓮」
「知ってる。クラスの女子がみんな話してた。『優しくて素敵な人』だって」
静は俺の隣に座り、自分の弁当を開けた。
「でも、あんた全然そんな風に見えない」
「え?」
「さっき教室で、女子に嘘ついてたでしょ。顔は笑ってたけど、目が笑ってなかった」
心臓がドクンと跳ねた。
「誰にも気づかれたことなかったのに」
「あんた、恋愛ごっこしてるだけでしょ。本当は誰のことも好きじゃない」
「人の心、読めるの?」
俺は震える声で聞いた。
「読めないけど、わかる。私も同じだから」
静はおにぎりを一口食べて、続けた。
「私は逆。誰かを好きになったことがないから、恋愛に興味が持てない。周りが騒いでるの見ても、何が楽しいのかわからない」
「......それ、俺と違うじゃん」
「違わないよ。あんたは『恋してる自分』が好きなだけ。私は『恋愛そのもの』に興味がない。結局、どっちも本物の恋を知らない」
ズキン、と胸が痛んだ。
「なんで、そんなこと言うの」
「だって、嘘つき同士、わかり合えるかなって思って」
静は初めて、少しだけ笑った。
その笑顔が、妙に胸に残った
放課後。
「蓮、今日も部活サボり?」
美月が呆れ顔で聞いてくる。俺は軽音楽部に所属しているが、最近はあまり顔を出していない。
「ちょっと用事あるから」
「嘘でしょ」
美月の声が、いつもより低い。
「美月......」
「いいよ。蓮が嘘つきなのは、今に始まったことじゃないし」
美月はそう言って、先に教室を出て行った。
俺と美月は、幼馴染だ。小さい頃からずっと一緒。彼女は俺の全部を知っている。俺が誰かと付き合っても、本気じゃないことも。
美月は、俺のことが好きだと思う。でも、それを口に出したことは一度もない。
たぶん、俺が「本物」になるまで待ってるんだ。
「瀬川くん」
後ろから声がして、振り返ると静がいた。
「帰り、一緒にいい?」
「え、なんで」
「あんたと話すと面白いから」
静は淡々と言った。
「嘘つきの観察、してみたくなった」
通学路を並んで歩く。
「氷室さんって、前の学校で彼氏いた?」
「いない。告白されたことはあるけど、全部断った」
「なんで?」
「好きじゃないから」
あっけらかんとした答え。
「それって、冷たくない?」
「好きでもないのに付き合う方が冷たくない? あんたみたいに」
グサリ。
「俺は......優しくしようと思ってるだけだよ」
「嘘つき」
静はそう言って、少し歩みを早めた。
「ねえ、氷室さん」
「なに」
「本当の恋って、どんな感じだと思う?」
静は立ち止まり、こちらを見た。
「知らない。でも」
彼女は少しだけ、表情を緩めた。
「いつか知りたいとは思ってる」
その瞬間、夕日が静の横顔を照らした。
俺の胸が、また不思議な感覚に包まれた。
これは何だ?
新しい「演技」の始まり?それとも...
その夜。
ベッドに寝転びながら、俺はずっと考えていた。
静のこと。美月のこと。そして、俺自身のこと。
「本物の恋、か」
スマホを開くと、美月からLINEが来ていた。
『ごめん、今日は言い過ぎた』
俺は返信せず、画面を閉じた。
美月には、いつも申し訳ないと思ってる。でも、どう接したらいいのかわからない。
「俺、どうしたいんだろう」
天井を見つめながら呟く。
答えは出ない。
でも、一つだけわかることがある。
明日、また静に会いたい。
それが「本物」なのかはわからない。
でも、この気持ちだけは確かだった。




