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恋に恋してる  作者: イチジク


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1/1

嘘つき野郎と恋



「瀬川くん、お弁当一緒に食べない?」


昼休み、教室の自分の席で、俺——"瀬川蓮"は三人の女子に囲まれていた。


「ごめん、今日は屋上で食べる約束しちゃってて」


俺は申し訳なさそうに笑う。本当は誰とも約束していない。


「えー、残念」「また今度ね」


女子たちが去っていくのを見送りながら、俺は小さくため息をついた。


教室の隅で本を読んでいた幼馴染の"桐谷美月"が、こちらをちらりと見る。彼女の視線には、いつもの呆れと、少しだけ寂しさが混じっていた。


「蓮、また嘘ついてる」


美月は小声で言う。俺たちは幼稚園からの付き合いだ。俺の全部を知っている。


「嘘じゃないよ。一人で屋上行くって決めてたんだから」


「屁理屈」


美月は呆れたように首を振った。


私立桜ヶ丘高校2年A組。俺は、クラスでそこそこ人気がある方だと思う。明るくて社交的で、誰とでも仲良くできる。女子からの好感度も悪くない。


でも、俺には秘密がある。


**俺は一度も、本気で人を好きになったことがない**


屋上で一人、コンビニのサンドイッチを食べながら、俺はスマホをいじっていた。


SNSのタイムラインには、友達のリア充投稿が並ぶ。彼女とのデート写真、告白成功報告、カップルの自撮り——


俺も、たまにそういう投稿をする。でも全部、演技だ。


中学の時、クラスの人気者だった先輩に憧れて、「モテる男」を演じ始めた。優しくて、ちょっとドジで、恋に一生懸命な男。


最初は演技だった。でもいつの間にか、それが俺の「キャラ」になった。


誰かに告白されたら付き合う。デートもする。優しくする。でも、心の底から好きだと思ったことは一度もない。


「俺って、最低だな」


独り言が風に消える。


「最低なのは、自覚してるだけマシかもね」


背後から、聞いたことのない声。


振り返ると、見知らぬ女子が立っていた。


長い黒髪、切れ長の目、無表情。制服のリボンが少し曲がっている。


「誰?」


「今日から転校してきた、氷室静。さっきのホームルームで紹介されたけど、あんた寝てたでしょ」


図星だった。


「あ、ごめん。俺、瀬川蓮」


「知ってる。クラスの女子がみんな話してた。『優しくて素敵な人』だって」


静は俺の隣に座り、自分の弁当を開けた。


「でも、あんた全然そんな風に見えない」


「え?」


「さっき教室で、女子に嘘ついてたでしょ。顔は笑ってたけど、目が笑ってなかった」


心臓がドクンと跳ねた。


「誰にも気づかれたことなかったのに」


「あんた、恋愛ごっこしてるだけでしょ。本当は誰のことも好きじゃない」


「人の心、読めるの?」


俺は震える声で聞いた。


「読めないけど、わかる。私も同じだから」


静はおにぎりを一口食べて、続けた。


「私は逆。誰かを好きになったことがないから、恋愛に興味が持てない。周りが騒いでるの見ても、何が楽しいのかわからない」


「......それ、俺と違うじゃん」


「違わないよ。あんたは『恋してる自分』が好きなだけ。私は『恋愛そのもの』に興味がない。結局、どっちも本物の恋を知らない」


ズキン、と胸が痛んだ。


「なんで、そんなこと言うの」


「だって、嘘つき同士、わかり合えるかなって思って」


静は初めて、少しだけ笑った。


その笑顔が、妙に胸に残った


放課後。


「蓮、今日も部活サボり?」


美月が呆れ顔で聞いてくる。俺は軽音楽部に所属しているが、最近はあまり顔を出していない。


「ちょっと用事あるから」


「嘘でしょ」


美月の声が、いつもより低い。


「美月......」


「いいよ。蓮が嘘つきなのは、今に始まったことじゃないし」


美月はそう言って、先に教室を出て行った。


俺と美月は、幼馴染だ。小さい頃からずっと一緒。彼女は俺の全部を知っている。俺が誰かと付き合っても、本気じゃないことも。


美月は、俺のことが好きだと思う。でも、それを口に出したことは一度もない。


たぶん、俺が「本物」になるまで待ってるんだ。


「瀬川くん」


後ろから声がして、振り返ると静がいた。


「帰り、一緒にいい?」


「え、なんで」


「あんたと話すと面白いから」


静は淡々と言った。


「嘘つきの観察、してみたくなった」


通学路を並んで歩く。


「氷室さんって、前の学校で彼氏いた?」


「いない。告白されたことはあるけど、全部断った」


「なんで?」


「好きじゃないから」


あっけらかんとした答え。


「それって、冷たくない?」


「好きでもないのに付き合う方が冷たくない? あんたみたいに」


グサリ。


「俺は......優しくしようと思ってるだけだよ」


「嘘つき」


静はそう言って、少し歩みを早めた。


「ねえ、氷室さん」


「なに」


「本当の恋って、どんな感じだと思う?」


静は立ち止まり、こちらを見た。


「知らない。でも」


彼女は少しだけ、表情を緩めた。


「いつか知りたいとは思ってる」


その瞬間、夕日が静の横顔を照らした。


俺の胸が、また不思議な感覚に包まれた。


これは何だ?


新しい「演技」の始まり?それとも...


その夜。


ベッドに寝転びながら、俺はずっと考えていた。


静のこと。美月のこと。そして、俺自身のこと。


「本物の恋、か」


スマホを開くと、美月からLINEが来ていた。


『ごめん、今日は言い過ぎた』


俺は返信せず、画面を閉じた。


美月には、いつも申し訳ないと思ってる。でも、どう接したらいいのかわからない。


「俺、どうしたいんだろう」


天井を見つめながら呟く。


答えは出ない。


でも、一つだけわかることがある。


明日、また静に会いたい。


それが「本物」なのかはわからない。


でも、この気持ちだけは確かだった。



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