2-3:手合わせ
どうしてこんなことに。
「侍女のお姉さん、頑張れー!」
「ロウエン様なんか、ボッコボコにしちゃえー!」
アーユイは木刀を構えながら、未だかつてないほどに緊張していた。
初仕事の時だって、こんなに緊張はしなかった。
手を引かれるままに連れてこられたのは、城の裏手にある兵士の修練場だった。
同じ外でも中庭と違い、こちらは味も素っ気もない。
「一人くらい、僕を応援してくれてもいいんじゃない?」
同じく木刀を構えた金髪の青年が、外野に文句を言っている。
「だって、ロウエン様が女性に負けるとこ、絶対見てみたいじゃないですか!」
「君たちねえ」
様付けで呼ばれているということは彼らの上司だろうに、随分と空気が気安い。
「それにしても、冗談で貸したのに練習着が似合うなあ……」
「あたしも、動きやすくて気に入りました。侍女の制服に採用していただきたいくらいです」
成り行きで手合わせを了承してしまったものの、重たいロングスカートではさすがに動きづらい。
どうしたものかと思っていたら、面白がった兵士たちが練習着の予備を一式持ってきてくれた。
加えて、更衣室がわりにとわざわざ全員外に出払ってまで休憩室を貸してくれた。
もちろん、充満する汗臭さなど気にするアーユイではない。
そして着替えて出てきたアーユイは、先述の通り、線の細い男性と言われれば納得してしまいそうな凜々しさだった。
「いっそ姉ちゃんが騎士隊に入隊しちゃえばいいんじゃないか」
「あら、どなたか推薦してくださいますか?」
「いいとも! ロウエン様に勝てるなら、部隊長にだってなれるよ」
愛想笑いしながら、よりによって騎士隊か、とアーユイは心の中で舌打ちする。
騎士隊と言えば、貴族の次男三男が放り込まれる部隊ではないか。
冷や汗などおくびにも出さないが、今後関わりがないことを願うばかりだった。
一方のロウエンと呼ばれている青年は、白地と刺繍が美しい略式礼装。
略式と言っても高級品だ。シミでも付けてしまったらどうしようかと、アーユイの悩みの種は増えた。
「お二方、休憩が終わる前にやっちゃわないと怒られるんで、そろそろよろしいですか?」
笑顔が爽やかな兵士が二人の中間に立ち、訊ねた。
「いいよー」
「お手柔らかに」
ロウエンは満面の笑顔で、アーユイは苦笑いを浮かべて、それぞれ頷き。
「それでは、用意!」
掛け声が掛かった瞬間、ぴりりと空気が締まった。
「始め!」
先に跳んだのはロウエンだった。
「っ!」
アーユイは真っ直ぐに切り込んできた刃を受け止め、押される力を利用して後ろに跳ぶ。
「ロウエン様の初手を捌いたぞ」
ギャラリーがにわかにざわつき始める。
着地もままならないうちに更に追い打ちをかけようと踏み込んでくるロウエンの懐目がけ、アーユイはくるりと身体を回転させ、腰を落として木刀を振り抜く。
「シッ」
「っと」
今度はロウエンが避ける番だった。攻勢に転じるアーユイの刃を受け、二人の顔が近くなる。
金髪の騎士が真剣な武人の顔になっているのを見て、アーユイは少し意外に思う。
色好みの英雄かと思ったら、そうではないらしい。
いつしかギャラリーの歓声が静かになっていることに、二人は気付いていなかった。
休憩時間の戯れと呼ぶにはあまりにも真剣で、踊っているかのような美しさに、皆が見入っていた。
休憩が終わり、勝手に手合わせをしていることに気付いて怒鳴ろうとした部隊長ですら、その勢いを殺されてしまうほどに。
――どれくらい経っただろうか。
結局のところ、実戦経験の差が物を言った。
そろそろ手も痺れてきたところで、よく考えたら相手に合わせて剣術で対応し続ける必要はないのではとアーユイは気付いた。
「ふっ!」
ならばと外回し蹴りでロウエンの手元ギリギリを狙い、身体には触れずに木刀を叩き落とす。
更にその回転のまま、ロウエンの横っ面に後ろ回し蹴りが――。
「あれ?」
飛んで来なかった。
見ると、指一本分もないところでブーツがピタリと止まっていた。
「反撃なし。戦意喪失につき、あたしの勝ちということでよろしいですか?」
その言葉で、魅入っていた兵士たちが一斉に我に返る。
「よろしいと思いまーす!」
真っ先に叫んだのは、開始の合図を出した笑顔の兵士だった。