2-1:聖女の企み
大聖堂の司祭が訊ねてきたのは、二人が聖女の権能で散々遊び倒し、リーレイが作った昼食を食べ終えた頃だった。
「失礼いたします、聖女様」
「そんなに畏まらないでください。私はただの下級文官の娘です」
自分の娘のようにアーユイの体調を気遣ってくれていた司祭が、土下座でもしそうな腰の低さになってしまったことを残念に思う。
「私に何かご用ですか」
アーユイは一応マニュアル通りにヴェールを被り、淑やかに応対する。
「はい。聖女様は、ピュクシス教の本部が西都にあることはご存じですか」
「ええ、訪れたことはありませんが、知識としては」
西の都、シーラ。宗教都市とも呼ばれ、住民のほぼ全員がピュクシス教の信徒だと言われている。
エンネアの中では、首都エンネストの次に歴史の古い街だ。
「ご足労を煩わせますが、そのシーラに一度、おいで頂きたいのです」
「シーラに?」
聞き返すと、司祭は言いづらそうに続ける。
「はい。あの光を見たわたくしは、アーユイ様が聖女様であると確信を持っております。しかしその……。どうしても、一部から疑いの声が上がりまして。なるべく早い内に、大司教様から正式に聖女であると認定していただくのがよろしいかと」
予想はしていた。アーユイ以外の少女たちは随分と真剣な様子だったし、こんな下級貴族の娘に賓客のような待遇だ。
おそらくレンも近いうちに、聖女の父として表向きの身分が格上げされることだろう。
面白くないと思う者が出てくるのは、予測できたことだ。
とは言え、自分やこの善良な司祭が嘘つき呼ばわりされているようで、少し面白くない。
アーユイは少しだけからかってみることにした。
「……大司教様に認定していただければ、毒入りスープも運ばれてこなくなると?」
「ど、毒入りスープ!?」
にわかに場が騒然となった。
「私の侍女は優秀ですから、私が口に運ぶ前に気付き、未遂に終わりましたが……。命を狙われたと思うと、私、怖くって……。聖女様なんて大役、やっていける自信がございません……」
ヴェールで表情がよく見えないのをいいことに、リーレイの手柄にしつつ気弱ぶってみせた。
「それに、そういうことがあったものですから、今朝はリーレイが直接、厨房に食事を作りに行ってくれたのです。そうしたら、熱湯をかけられたと言って腕に火傷を負って帰ってきました。これらは偶然でしょうか……」
アーユイがか細い声でしなを作る後ろで、リーレイも少し俯き、口元を手で隠した。
「すぐに厨房に確認を!」
「はっ!」
慌ただしく兵士が出て行く中、リーレイが口を隠した手の下で必死に笑いを堪えていたことは言うまでもない。
気弱を演じてみせたところで、シーラ行きが覆るわけではなかった。
ピュクシス教の聖女が現れたからには、一度は教会本部に行っておかねば信徒にも示しが付かないと、司祭に泣きつかれてしまったからだ。
「今まで任務以外で首都から出ることはほとんどなかったからな。こんな理由じゃなければ、もう少し楽しみだったんだけどね」
スープに毒を入れた犯人はすぐに特定し投獄したとの報告があったが、おかげでシーラ行きの準備が整うまで、より一層警護が厳しくなってしまったのは失敗だった。
部屋の中でできる魔法遊びも思いつく限りやり尽くしてしまい、はあ、とため息をつく。
「一番困るのは、身体が鈍ってしまうことだよ」
その仕草が、昨日顔を見にきた父親そっくりなことを知っているのはリーレイだけだ。
「そうですね……」
広いとは言え室内だ。当たり前だが、駆け回ったり武器を振り回したりすることはできない。
「となると、もう、あれしかないね」
「……やるのですか」
アーユイはにやりと悪そうに笑い、リーレイは嫌そうな顔を隠さなかった。