表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/56

1-5:加護の実力

 朝食を手に戻ってきたリーレイは、アーユイの手にある見かけない本に首を傾げた。


「聖女のガイドブックだそうだ。ピュクシス様がくれた」

「それはそれは」


 本をベッドの上に置き去りに、食事用のテーブルに着く。

 二人分の食事がテーブルの上に並び、対面にリーレイも座った。


 使用人が主と同じものを同じテーブルで食べるなど、普通の令嬢だったら発狂する光景だ。

 しかしアインビルド家ではよくあることだった。

 わざわざ場所も時間も分けて食べるのは、料理が冷めるし洗い物の時間も遅くなるし、効率が悪い。


「うん、美味しい」

「やはり王宮の食材ですね。ついでにスープに毒を入れた者も目星を付けてきました」

「さすがリーレイ」


 ただでさえ病弱な令嬢に致死量の毒を盛ったはずなのに、朝になっても何の騒ぎにもなっておらず、その侍女が平然と朝食を作りに来たら、挙動不審にもなる。リーレイならすぐにわかったことだろう。


「今日も軟禁でしょうか。誰か信用に足るお偉い様がいらっしゃるなら、毒の件を言付けようかと思いましたが」

「誰も来ないならそれはそれで都合がいい。あの本を読んで、いくつか試したいことがあるんだ。食事の後に手伝ってくれ」

「構いませんよ。どうせお呼びが掛かるまで、あたしも暇でしょうし」


 というわけで、アーユイは実家の様子を心配したり、厨房までのルートを教わったりしながら、のんびりと美味しい朝食を食べた。




 聖女の仮住まいは三階にあった。

 リーレイが食器を片付けて戻ってくると、アーユイは狙撃に備えるように壁に背中を付けて肩越しに窓の外を見ていた。


「よし、やるか」


 切れ長の目を細め、仕事人の表情をしていたが、すぐに切り替えて微笑む。


「お嬢様、ちょっと楽しんでおられますね?」

「面白いじゃないか、実際」

「……まあ、確かに」


 王宮で軟禁される機会なんてそうはない。

 万が一のことがあった際にどういった者が追ってきて、どういうルートで逃げることができるのか、そんなシミュレートをしていた。


「それで。試したいこととは?」

「うん。【ガイドブック】」


 すると、ベッドの上にあった本がフッと消え、アーユイの手に現れた。


「……おお」


 何事にも動じないリーレイも、これには少し驚いたようだった。


「リーレイ、今どこか怪我しているところは?」

「怪我ですか? ちょうど先ほど、腕に熱湯をぶっかけられました」

「早く言わないか」


 恐らくは毒を盛った者の仕業だろう。


「止めても良かったのですが、あんまり素早く動くと不審がられるかと思いまして、敢えてひっ被ってみました。目撃者ならいくらでも」


 何かにつけてあからさますぎる残念な奴だ。プロではないので放置しても構わないだろうと判断したリーレイの気持ちが、アーユイにはよくわかる。


「折角だから、聖女様の力とやらを発揮してみよう。診せてくれ」

「それはそれは。お手柔らかにお願いします」


 理解が早い侍女はすぐにブラウスの手首のボタンを外し、袖をまくった。

 白い腕は、服の上からだったとは言え、広範囲に赤くまだらになっていた。

 ひりひりと断続的にかなりの痛みが走っていただろうに、平然としているところがアインビルド仕えの侍女だ。


「ええと……」


 本には、呪文は必要なく、ただ対象の傷が癒えることだけを願えばいいと書いてあった。


「こうかな」


 それっぽく患部に手を翳してみる。と、


「うわっ」


 その手の平に大聖堂で見たのと同じ眩い光が一瞬集まったかと思うと、次の瞬間には、リーレイの腕の赤みは綺麗さっぱり消えていた。


「あら、ついでに指のささくれと肩凝りまで消えましたよ」


 ぐるぐると快適そうに肩を回すリーレイ。


「それは何よりだ……」


 効果が強すぎて逆に使いづらい。加減を研究しなければと、アーユイは呆れた。




 その後も、その場で試せそうな魔法は一通り使ってみた。

 亜空間に部屋中の物を収納してみたり、部屋の端と端に移動してアーユイの手からリーレイの手に花瓶を転移させてみたり、トイレに入ってドアを閉めてからベッドの上に転移してみたり、またトイレに入ってリーレイに小声で話しかけてみたり。


『割と、何でもアリだな』


 一応、転移や転送には一度訪れたことがある場所、または一度出会ったことがある人物の元にしか移動できないという縛りがあった。


 しかし暗殺に下見は必須であるし、対象に一瞬でも接触しておけばいいのならアーユイには朝飯前だ。


『ええ、ちょっと強力すぎていけませんね。堕落してしまいそうです』


 仕事に使わないにしても、一度でも厨房に忍び込んでおけば、おやつも夜食も一瞬で取ってくることができる。大変魅力的だった。


「多分、転移すればここから脱出するのも、家に帰るのも何の苦労もないな……」


 トイレから再びベッドにボスッと転移して、天井を見ながらアーユイは気付いてしまった。


 が、万が一戻って来られなかったり、戻ってくる前に誰かが来てしまったら大騒ぎになるので、今試すのはやめておくことにした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ