番外編:観劇デート
「アーユイ、演劇を見に行かない?」
ロウエンがそんなことを言い出したのは、アーユイがプロポーズを受けてしばらく経ち、第二王子と聖女の婚約発表のタイミングで大臣たちが揉めている最中のことだった。
「構わないけど……。こんな時期に?」
王室は満場一致ですぐにでもと主張したが、ヘプタ関連の混乱も収まらない中で時期尚早ではないかという意見や、第一王子妃の懐妊を発表した時のように聖女に危害が及ぶことを危惧する意見、そして単に自分の娘を第二王子妃にしようと目論んでいた者のわかりやすい反対などがあり、遅々として進んでいない。
「外出できるのはありがたいけど」
更に式典での事件の後、聖女への警備が厳重になるとともに、面会が制限された。
聖堂開放日は本来の決まりどおり月に一度だけとなり、個別の面会希望者は事前に身分を細かくチェックされた上で、日に一組だけ。
というわけでアーユイはここのところ、割と暇を持て余していた。
そんな中で市井に遊びに行けるのなら断る理由はないが、外出許可が下りるのだろうかと心配する。
「大丈夫。侍女さんも一緒に、ちょっと実家の様子を見に行くってことにしたらいい」
「なるほど。まあ、妥当な理由か……」
アインビルドの娘は元々病弱な引きこもりだったわけだから、この不安定な時期に実家に戻りたがっても不自然ではない。そして実際に顔を出せば嘘にもならない。
そして聖女の侍女は、影武者として敵を欺き、聖女の命を救ったとして評価がうなぎ登りになっていた。
リーレイは居心地が悪そうだが、そんな頼もしい侍女が付いているのだからとロウエンがゴリ押せば、許可を出してもらえる確率は高い。
「でも、観劇ってことは客が大勢いるよね。王子の顔を知っている人もいるんじゃない?」
一般的な劇場は席こそ分かれているものの、庶民も貴族も入り交じって観劇している。
お忍びで行くとなると王族の特等席は使えないわけで、一般席に座れば、俳優よりも目立つ容姿のロウエンに気付く者がいるのではないだろうか。
「それも問題ないよ! 何せ、見に行くのは客入り前のリハーサルだからね!」
「リハーサル?」
ロウエンが妙に得意げに胸を張るのを見て、何か企んでいるな、とアーユイは勘付いた。
***
そして、誘われたその日がやってきた。
「演目はラブロマンスなんだ。ふーん……」
アーユイは流行りものが好きそうな今時の町娘スタイルで、劇場前のポスターを眺めていた。
ポスターには、金髪の男性と黒髪の女性が見つめ合っている様子が描かれていた。
内容はというと、貴族の男が、身分は低いが清らかな心を持ち人々を癒やす少女と出会い、互いに惹かれていくというものだ。
「いいよねえ、この絵。画商さんが持ってくる豪華なのより、僕はこういうのの方が好きだなあ」
ロウエンもアインビルド家による指導と備品の貸出によって、地味な茶髪の青年に変装している。
よく見れば顔立ちが整っていることはわかるが、洗いざらしの服を着て野暮ったい眼鏡を掛けている男が王子だとは、さすがに誰も思わない。
なお、先にアインビルド家に寄り、リーレイはそちらに残ることを選んだので、今は二人だけだ。
「とにかく、中に入ろう」
何やら嬉しそうなロウエンは、正面の入り口ではなく役者や備品が出入りする裏口に案内した。
「ん? 誰だ、アンタたち」
勝手知ったる様子で中に入ったは良いものの、さっそく通りかかった男性に訝しげな視線を向けられた。急に部外者が入ってきたら、不審に思われるのは当然だ。
するとロウエンは眼鏡を外し、にこっと愛想良く笑った。
「こんにちは、僕ですよ」
途端に男性が目を丸くして、一歩後ろに下がった。
「いやあ、驚きました。まさか、『支援者さん』が役者よりも化け上手だとは。ってことは……」
事情を知っているらしい男性は、隣にいるアーユイに視線を移した。
「そう、こちらが噂の『姫』です」
「初めまして」
二人のやり取りに含まれるコードネームのような呼び方に疑問を抱きつつ、アーユイはひとまず礼をする。
「アーユイ、こちらは今回の劇の脚本家さんだよ」
それを聞いて、アーユイは察した。
「なるほど。ロウエンと私の馴れ初めを演劇にして、先に世間を味方につけようってことか」
「さすが、察しがいいね」
早々に答えに辿り着いたアーユイの様子に、ロウエンはパッと顔を明るくした。
「主役の髪色が同じだったから、引っかかっていたんだよ。黒髪は、エンネアでは多いとは言えないでしょう?」
男性が短髪で女性が長髪という違いはあれど、二人が懇意にしているという噂を聞いていれば、気付く人は気付くはずだ。
「この劇が成功して、私たちをモデルにしたって噂が流れれば、大衆の意見は容認に傾くだろうな……」
ここまで派手なことは滅多にないが、諜報活動の中でも似たようなことはたまに行われる。よくやるものだとアーユイは素直に感心した。
「脚本の調整が必要か……?」
聖女の冷静な態度を見て、主役の少女を初心な清純派に描いてしまった脚本家は頭を掻いた。
そして、二人は仕上げの通し稽古を一階の真ん中の一番見やすい席で観劇し、終幕とともにパチパチと拍手を送った。
「いかがでしたか」
「とても良かったです! これなら大成功間違いなしですよ!」
自分をモデルにした主役の男が活躍するシーンが多く、ロウエンは大満足だった。
「いやあ、『支援者さん』のご提案あってこその劇ですから。『姫』様はどうでしたか?」
「素敵なお話でした。本物よりも良く描かれすぎていて、少し心配になるくらい」
甘ったるいセリフと主役の少女を良く見せようという演出が多く、アーユイはやや食傷気味になっていた。
とはいえ世間一般から見た聖女はこんなものだろうと理解はできるので、苦笑する程度に留める。
「本物も同じくらいかっこいいでしょう? アーユイも、女優さんになれるくらい綺麗だよ」
「ありがとう。でもロウエンの活躍度は、お話の半分くらいじゃない?」
「せめて七割」
「わかったよ、私の知らないところでも頑張ってくれているみたいだからね」
アーユイが控えめに肩を揺らすと、ロウエンは芸を褒められた犬のようにえへへと顔を綻ばせた。
二人の気の置けないやり取りを見た脚本家は、
「やっぱり、本番までに調整するべきか……?」
また少し心配になった。
お久しぶりです。
本日2月6日、スリーズノベルより書籍版『暗殺姫、聖女に転職する』が発売です。
メロンブックス様、ゲーマーズ様、書泉様&芳林堂様、その他応援店様では、書き下ろしのSSペーパーが特典として付属します。
詳細は活動報告(https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3578721/)でご確認ください。
鈴ノ助先生のイラストで描かれるアーユイとロウエンのイケメンっぷりをぜひお楽しみいただけますと幸いです。




