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1-3:ピュクシス神

 アーユイが目を覚ますと、そこは何もない空間だった。


 いや、立っているので床はあるのかもしれない。

 しかし、壁との継ぎ目も足元の影も何も、一切が見当たらない。

 ただどこまでも続く真っ白な空間だった。


「アーユイちゃん」


 脳内で状況を整理していると、不意に声を掛けられた。振り向くと、そこには豊かな金髪を持つ背の高い人影が立っていた。


 威厳と母性を兼ね備えた中性的で端麗な顔立ちをしていて、どこまでも滑らかな白い肌は瑞々しい。

 たっぷりとした白い布の服を着て、柔らかい微笑みを浮かべていた。

 絶世の美人というのはこのことかと、アーユイは感心してしまった。


「ピュクシス様?」

「あら! わかってくれたのね、嬉しい」


 ぽっと頬を赤らめ、創世神は身体をくねらせた。

 身体の前で指を絡め、とことこと可愛らしい仕草で寄ってくる。


「面と向かってお話がしたかったから、呼んじゃった。ささ、座って」


 仕草や話し方は女性的だが、骨格はどちらかと言えば男性的だ。

 不思議な存在であると、アーユイは失礼にならない程度に神を観察した。


「ありがとうございます」


 ピュクシスが示した先には、いつの間にかソファがあった。

 とは言え何もかもが白く、ソファとそれ以外の場所の継ぎ目がよくわからない。

 手探りで形を確かめ、コロンとした一人掛けのフォルムをしていることを理解しつつ、そっと座った。

 向かいにピュクシスが座る。


「ええと……。ピュクシス様、お訊ねしたいことがたくさんあるのですが」

「うんうん、何でも聞いて!」


 その姿は年頃の少女のようでもあり、噂好きな中年女性のようでもあり、聞き上手な美容師のようでもあり。

 男女どちらともつかない神は、ただアーユイと話ができるのが嬉しいといった様子で、わくわくと身を乗り出した。


「まず、どうして私を聖女とやらに? 私は人殺しですよ」


 アーユイは、事情を知る同業者から【アインビルドの暗殺姫】と呼ばれている。

 食事のマナーと共にその手のナイフで向かいの人間の首を掻き切ることを教え込まれたような、鉄さび姫だ。


「そんなこと、別に問題じゃないわ。誰しも他の生命を殺して生きているものよ。私がそう作ったんだもの」


 食肉は言わずもがな、菜食主義者でも植物を摘み、いくら不殺を心がけていようとも知らず知らずに足元の虫を踏み潰しているかもしれないのだ。

 なるほど、神というものは人類以外にも平等で規模がでかいのだなと、アーユイは納得した。


「それに、自慢ではありませんが、私の信仰心は限りなく無に等しいと思うのです」


 教会に数えるほどしか行ったことがないというのもそうだが、どれだけピンチに陥ろうが、神に祈るということをした覚えがない。


「そう、その無っていうのがいいのよ」

「? どういうことです?」


 ピュクシスは口角を上げ、柔らかく目を細めた。


「人間が私に祈る時っていうのは、大体何か願いがあって祈るじゃない。病気を治してくれとか、裕福になりたいとか」

「まあ、確かに」


 人が祈るというのは、現状をより良くしたいという欲があるからだ。


「でもアーユイちゃんには、そういうのがないじゃない? あんなに無心の祈り、久しぶりで感激しちゃった」


 頬に手を当てうっとりとした顔になるピュクシス。


「それが、貴女が五歳の時。それでね、きっとこの子も聖女の儀とやらを受ける日が来るだろうから、それまでに何も変わっていなかったら、思いきり推しちゃおって、そう思って待ってたの!」

「推し……? なんですって?」


 知らない言葉が出てきて、アーユイは僅かに眉をひそめた。


「いいのいいの気にしないで。とにかく、私は貴女の大ファンってこと!」

「はあ……、ありがとうございます」


 よくわからないが、神に気に入られてしまったらしい。


「でも、アーユイちゃんは何も欲しがらないから、勝手に私がアーユイちゃんにあげたいものをプレゼントすることにしました!」


 パンパカパーン、とどこかから珍妙な音が鳴り、ピュクシスが一人拍手した。


「ああ、それが加護? ってことですか」

「うん! まずは、聖属性の魔法を最大限まで扱える力ね。結界とか、浄化とか、治癒とか」

「なるほど……。便利そうです」


 結界は野営中の外敵の侵入を防ぐことができるし、浄化は汚染された水を安全に飲むことができる。

 治癒は言うまでもない。そもそも魔法で治療ができる者は、世界中を探してもほんの一握りしかいないというのが世間の常識だった。

 故に治癒魔法が使える聖職者という存在が崇められるのだ。


「でしょでしょ! それからね……」


 と、ピュクシスは真っ白なソファに座ったままスーッとアーユイの隣に滑るようにやってきて、次から次へと、与えた加護の使い方を教えていくのだった。

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