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8-2:外堀

 聖女が隅々まで浄化してくれるという噂を聞きつけ、良かったらうちも、ならばここも、と、最終的には城のほとんどの施設に呼ばれた。

 アーユイにとっても、いざというときの隠れ場所と転移先が増えた良いツアーだった。


 更に、


「聖女様! 今日はどうされたんですか?」

「ちょっと父の執務室まで」

「見てください、この前浄化してもらったエプロン、前よりも汚れにくくなったんですよ」

「そんな効果が? 興味深いです」


 城内でのアーユイの人気は高まるばかりだった。

 そんなに皆、掃除や洗濯に苦労していたのだろうかとアーユイは思っていたが、実はそれだけではない。


 アーユイが城に来てからというもの、使用人たちは神に選ばれた少女とはどういうものだろうかと訝しんでいた。

 しかし実際にアーユイと話してみて、意外と庶民的で親しみやすいということがわかり、気軽に話しかけてくるようになったのだ。



 だがそうなると、逆に気軽に話しかけられなくなった者もいる。


「はあ……」


 休憩時間、ロウエンは肩を落としていた。隊員たちも、なんだか元気がない。


「俺たちの聖女様が……」

「この前、第三の奴らが聖女様のヴェールの下が美人だって話してるの、聞いたんだよなあ」

「もう前みたいに修練場には来てくれないのかな……」

「こうなりそうな気がして、本当はあんまり気が進まなかったんだ……」


 洗濯ツアー開催前に止めることができなかったロウエンが、再び大きなため息をつく。


「じゃあもっと強く止めてくださいよお。一応王子でしょ」

「一応ってねえ。……本人が乗り気なのに、止められないよ」


 彼女は自由に動いている時が一番美しい。

 今も不自由を強いているが、その中でもできる限り好きなように振る舞ってほしかった。


「どうしたんだ。みんなしてため息なんかついて」

「聖女様に会いたいなって、言ってたとこ」

「私に? 何か用だったのか?」

「え?」


 惰性で喋っていたロウエンは、はたと気がつき顔を上げた。


「せい……じゃないや、侍女さん!」


 逆光と目深に被った制帽で顔が見えづらいが、隊員たちが待ち望んだ男装の麗人が立っていた。


「どうしたの、その格好」


 ロウエンは慌てて立ち上がる。今度はアーユイが見上げる番だった。

 彼女が着ているのは、上級騎士隊の練習着だ。


「父に頼んで、融通してもらったんだ。いい加減、身体が鈍ってしまうからって。私も混ぜてくれ」


 確かにこの姿で騎士隊に混ざっていても、人数を数える者がいるわけでもない。

 隊員は全員グルだ。気付かれることはまずなかった。


「本物の侍女さんは?」

「私の格好をして部屋で寝てる。私と交代になるけど、たまに彼女も参加させていいかな」

「もちろん」

「ありがとう。よろしく」


 ふふ、といたずらっぽく笑うアーユイを、隊員たちは大変喜んで歓迎した。




 城の周りを走りながら、ロウエンは騎士隊にしっかり紛れているアーユイに話しかける。


「聖女様も、次々に大変だね」

「私はよその国の偉い人たちと少し喋って、愛想を振りまいておけばいいだけだから。王子よりは楽だと思うよ」


 アーユイは何でもないことのように言った。


「肝が据わってるなあ」


 むしろ、主役ではない大臣や騎士たちのほうがピリピリしている。ロウエンはそういう空気が苦手だった。


 ***


 そんな騎士隊と聖女を、双眼鏡で観察する人影があった。


「……どう思う、あの二人」

「とてもいい雰囲気のように見えますね」

「やはりか」


 やや嬉しそうに顔を上げたのは国王。


「でもあなた、アーユイ姫に無理矢理あの子を勧めたり、縁談をまとめようとしたり、変なお節介を働いてはいけませんよ。飽くまでも、本人たちの意思を尊重しなくては」

「ぐぬ」


 すぐにでも二人の婚約パーティーを手配しそうな王を嗜めたのは、艶やかな金髪を長く編んだ女性。王妃だった。


「温かく見守りましょう」


 微笑ましげな母の顔とは裏腹に、国王は眉間の皺を深める。


「……二人とも年頃だ。ロウエンに至っては、未だに婚約者がいないのは女好きで一人に定められないからなどと、あらぬ噂を立てられていることはお前も知っているだろう」

「ええ、あなたに似て、本命には奥手なこともよく存じ上げております」


 はあ、とため息をつく王妃。国王は再び双眼鏡を目に当て、屈託のないアーユイの笑顔と、好意を寄せていることが丸わかりのでれでれの息子の顔を交互に見て、小さく唸った。


「それにだな、聖女のほうも、まんざらではなさそうに見えるだろう?」

「そりゃあわたくしだって、聖女とロウエンが一緒になるなら、願ったり叶ったりですよ」


 しかし、スッと目を細める。


「まさか、アインビルドの暗殺姫が選ばれるとは思いませんでしたが……。彼女なら、妃教育などするまでもなく、完璧な王太子妃を演じることができるでしょう」


 古くは、アインビルドの女子がエンネア王女の影武者をしていたという記録も残っている。

 その頃からの伝統で、アーユイもリーレイも、その他アインビルドに所属する婦女はほぼ全員、妃の影武者が務まる程度の訓練は受けていた。


 加えて、今回アインビルドを伯爵家にしたのは、いくら聖女だからと言っても弱小子爵家の娘が王家に嫁ぐなど、という声を封殺するためだった。

 ――いつでもそう(・・)なっていいように、聖女誕生式典よりも着実に、準備は進められている。


「ただ、アーユイ姫は生い立ちが特殊なせいか、他の姫よりも無邪気すぎるところがあるようですね……。少しばかり発破をかけるくらいは、した方がいいかしら」


 王妃は視線を逸らし、何事か思案していた。

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