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1-2:面倒事

 アインビルド家は目立たないのも仕事のうちだというのに。


 そんな父の嘆きが聞こえてきそうだが、起きてしまったことは仕方がない。


 表向きの仕事中に急遽呼び出され、本当に具合が悪そうな顔をした父と共に、アーユイは王宮の謁見の間にいた。


「アーユイ。本当に、ピュクシス神の声を聴いたと申すのか」


 初めて謁見する国王は、高い位置にある王座から威厳たっぷりにそう訊ねた。


「ええと……。はい。声はそのように名乗っておりました」

「声は聞こえませんでしたが、ピュクシス様の像が輝くのを我々も目撃しました。あんな現象は、伝えられる限り初めてのことでございます」


 興奮しながら付け加える司祭に追従して、助祭やその他居合わせた兵士たちも頷く。もはや言い逃れはできなかった。


「して、声はなんと?」

「今日は挨拶に来ただけだということと、私に加護をくださるとだけ……」


 やたら軽くて賑やかだったとか、余計なことは言わない。

 信者たちにもイメージというものがある。アーユイは賢かった。


「加護! それはどのような!?」


 国王が、身を乗り出して訊ねる。


「わかりません。今のところ、身体には何の異変もございませんし」

「なるほど……。まあ良い。急なことで混乱もしておるだろうし、今日のところはレン共々、城でゆっくりしていくがよい」


 城なんぞでゆっくりできるか、という言葉は飲み込み、


「ありがとうございます」


 アーユイはただ、頭を垂れた。その心にはもはや、面倒くさいことになったぞという気持ちしかなかった。


 ***


 社交界にもほとんど顔を出さない病弱な下級貴族の娘が聖女に選ばれたという話は、瞬く間に城中に広まった。


 アーユイは身辺警護や政治その他の観点から、一旦エンネスト城に居室を与えられることになった。

 部屋の外からは、隙あらば聖女の顔を拝もうとする野次馬を、せっせと騎士たちが追い返している音が聞こえる。


「落ち着かない……」

「あたしもです……」


 せめて身の回りの世話をする侍女くらいは選ばせてくれと頼んで、午後にはリーレイを呼び寄せた。

 彼女はアーユイよりも一つ年下だが、いつも血みどろの服の処理などを任せていて、一番信頼のできる部下でもある。


「正直、お嬢様ほど警護が必要ない姫は、そういないかと思いますよ」


 ざっくばらんな性格で気安い間柄の侍女は、主の能力を的確に把握している。


「うん、まあ、しばらくは大人しくしておくよ……」


 アーユイ自身、廊下で警護している兵士くらいなら、気取られる前に全員を絞め落とすことは造作もないと思っていた。


 しかし、ピュクシス教は国内だけでなく世界中に信徒のいる宗教だ。その上、聖女というのは竜と並んでおとぎ話級の生き物として知られている。

 聖女を手に入れた国はその後百年の安泰が約束されると言われ、国家の均衡すら揺るがす存在だ。

 見張りを殲滅して逃走しようものなら、哀れな父を含む実家の者たちと、両親の実家が人質に取られてしまうことだろう。最後の手段にしておきたかった。


「土地を浄め傷を癒やし、全ての者に平等に慈愛を与える、ねえ……」


 ソファの肘置きに頬杖を突き、国内で暮らしていれば嫌でも覚える聖女の言い伝えを反芻する。

 あまりにも自分に似つかわしくなさすぎて、アーユイは乾いた笑いを浮かべた。


「土地を血に染め傷を抉り、全ての者に平等に死を与える、ならぴったりかと思いますが……」


 リーレイも神妙な面持ちで頷いた。


「さすがにそこまでないよ。任務以外で人殺しなんて面倒なこと、ごめんだし」


 そう、アーユイは基本的に面倒くさがりなのだ。効率主義と言ってもいい。

 なので、社交界のこまごまとした行事が免除されているアインビルド家の身分は、正直とてもありがたいと思っていた。


「私よりも、父上のほうが心配だ」

「確かに……」


 アーユイの父、レンは、表向きにはただの下級文官だ。娘が聖女になったところで、日々の仕事はこなさねばならない。


「今頃、おじさまたちにモテモテだろうな」

「おいたわしや」


 城のどこかで働いているであろう当主を、リーレイは心から哀れんだ。


 ***


 案の定、レンは同僚やら上司やら、その他会話したこともない別の部署の士官やらから質問攻めに遭っていた。


 内容はいずれも似たり寄ったりで、娘の年齢はいくつか、どんな外見か、聖女に選ばれた理由は何だと思うか、息子の嫁にどうか、など。


「はあ……」


 最終的にはこちらにも護衛の兵がつき、諸々を解散させた。

 娘ほどではないが病弱ということになっているアインビルド氏が、今ほどその設定を活用したことはなかったかもしれない。


「ユイファ、君が生きていたらどうしていただろうね」


 アーユイは、死んだ母親によく似ている。年々似てきている気がすると、レンは感じていた。

【暗殺姫】などという不名誉な二つ名――もとい、家業さえなければ良い貰い手があったのではないか。


「はあ、これは、廃業も考えるべきかもしれんなあ……」


 面が広く割れたら、もはや諜報活動はできない。今後はアインビルド家だというだけで警戒する者も出てくるだろう。レンの悩みは尽きない。


***


 アインビルド家の者は、毒にも詳しい。

 使用した時の効果に精通しているのはもとより、臭いや味、感覚にも。

 即ち、実際に体感したことがあるということだが。


「まだ一日も経っていないのに、こんなにあからさまに入れてくるとは。ナメられているね」


 アーユイは、城付きの給仕の手によって運ばれてきた食事の匂いを嗅ぐや否や、スープに毒が混入していることに気付いた。無事と判断した他のメニューだけ淡々と平らげる。


「確かに。これからは、あたしが先に確認しましょう」


 除けられたスープの器から立つ湯気を手であおぎ、リーレイも顔をしかめた。


「毒味みたいなことはしなくていいよ。私にもわかるし、万が一があったら大変だ」


 日頃のやや非人道的な訓練のお陰で、アーユイもリーレイも常人よりは毒が効きにくい体質だ。しかし未知の毒はいくらでもある。

 今回はたまたま、ありふれた――ありふれていてほしくないが――二人が知っている毒だったというだけだ。


「……味はいいけど、これなら家にいるほうがよっぽど安全だな」


 何しろアインビルド家の使用人は、ほぼ全員が戦闘員を兼ねている。

 加えて、全員がレンとアーユイを敬愛している。


「足りないのでしたら、何かつまめるものを物色して参りましょうか」

「それなら気分転換がてら、私がリーレイに変装して自分で行きたいな。干し肉でもあればくすねてこよう」


 アーユイがリーレイを呼び寄せたのには、自分の世話に慣れている以外にも理由があった。

 リーレイは母・ユイファの同郷の出身で、母似のアーユイと背格好が似ているのだ。

 つまり、有事の際には入れ替わることができる影武者としての役目も持っていた。


「大人しくしてるって言ったのはどこの誰です」

「正直、軟禁されているのに飽きた……。いつまでこうしていればいいんだろう」

「まだ一日も経っていませんよ……」


 リーレイは、先ほどアーユイ自身が言った言葉を繰り返した。


「うーん、まあ、仕方ない。とりあえず今日のところは、早めに寝てしまおう」


 はあ、と本日何度目かのため息をつき、アーユイは後頭部を乱暴に掻いた。


「厨房探検は今後の処遇次第だ。リーレイも気疲れしただろう。休んでくれ」

「はい」


 いつでもどこでも休息が取れるのは、アインビルドに所属する者の必須スキルだ。

 部屋に備え付けのシャワーを浴びに行くアーユイに一礼して、リーレイは慣れた動作でスープをトイレに流し、食器を持って部屋を出ていった。

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