6-2:講義
数日後、城内の会議室には第二上級騎士隊が集められていた。
「こんにちは、はじめまして! この度変装術の講義を担当するオルキス・グレイスと申します」
黒板の前には、ひらひらとしたフリルの多いミニドレスを纏い、赤い巻き毛をツインテールにした愛らしい少女が立っていた。
「本日は、私の技術が騎士様たちのお役に立てるとのことで光栄です! よろしくお願いいたします!」
椅子に座る隊員たちは、ロウエンも含め、皆一様にぽかんと口を開けていた。
「彼はアインビルドの家臣です。ご安心ください」
隣に立つアーユイが、身元を保証する。が、
「彼???」
室内は更に混乱に包まれた。
「お嬢様ったら、バラすのが早すぎますよ。せっかく騎士様たちを実践形式で騙して差し上げようと思ったのに」
と無邪気にアーユイの脇腹を小突く声が、突然低くなった。騎士たちがどよめいた。
「ただ今ご紹介に上がりましたとおり、僕は男です。騙された方、正直に手を挙げてください」
再び声が高くなり、少し間を置いてから、ぞろぞろと手が上がった。
「それじゃあもう一つお訊ねしましょうか。この教室の中で、十代の方は手を挙げてください」
すると、過半数が手を挙げた。
騎士隊は貴族の若者が礼儀を身につける場でもあるため、早い者は十二、三歳から所属している。
その後は能力に応じて振り分けられたり家業を継いだりするので、二十代の半ばを過ぎても騎士隊に所属している者はそう多くないのだ。
「では今手を挙げた方の中で、自分は僕よりも年上だと思う方はそのまま手を挙げていてください」
すると、十代前半と思しき本当に若い数人以外、手を下ろさなかった。
それを見て、オルキスは満足そうに笑う。
「今手を挙げている方、全員不正解! 僕は今、二十七歳です! 十年前は貴方がたと同じく、第二上級騎士隊に所属していました!」
「ええー!?」
立て続けに裏切られ、とうとう数人が声を上げた。
「嘘だと思ったら、先輩がたにオルキス・グレイスのことを訊ねてみてください。赤毛で弓が上手かったと言えば、おわかりになると思います」
実は彼の変装術は趣味の派生で、本来は後衛、射撃を得意とする騎士だった。
「ついでに言うと、子供がいます。今年五歳になります。僕に似て、とっても可愛い男の子です」
華奢なレースの長手袋を外して左の薬指に光る指輪を見せると、会場の面々はいよいよ何も信じられないという顔になった。
「という感じで、熟練の変装術というのは、そう簡単に見破れません。見破らせません。ですが、怪しいと思った時に確認すべきポイントや、自分が変装する時に使える技術などは教えられるかと思います。ぜひ、エンネアの未来のためにお役立てください」
優雅に一礼する仕草と声は確かに熟れた貴族男性のもので、最初に同年代の美少女だと思って頬を染めていた数人は、頭を抱えていた。
冒頭の衝撃と学生時代以来の座学、そして慣れない化粧の知識を詰め込まれて疲弊した騎士たちが、よろよろと会議室から出て行く。
通りすがりの使用人が不思議そうに見ていた。
「オリバー隊長、お久しぶりです!」
講義中に七変化を見せ、今は『地味な顔のエンネア貴族の男』の格好をしているオルキスが、ビシッと敬礼をした。
「オルキス……。お前本当にあのオルキスか?」
「はい、紅弓のオルキスです。我が愛しの主レン・アインビルドの命により馳せ参じました」
「紅弓って、剣聖と並んで騎士隊の伝説になってる、弓の達人ですよね? グレイス男爵がそうなんですか?」
挨拶に来たロウエンが驚いていた。
「オルキスも上級騎士隊の出身だったとは。先に言ってくれればよかったのに」
会う度に顔の違う家臣の年齢は、実はアーユイも知らなかった。
十歳も年上だとは思ってもいなかった。
「うちはしがない田舎の男爵家ですが、レン様が僕の弓の腕を推薦してくださって、オリバー隊長の元でしばらくお世話になっていたのです!」
オルキスは、ふふんと誇らしげに胸を張る。
アインビルドには器用な人間が多いが、オルキスの器用さはその中でも群を抜いている。
「弓兵は戦では必要不可欠だが、派手さに欠けるもんで、なりたがる奴が少ないんだ。それを誇らしげに売り込んできた。昔から、アインビルドには変態と変人しかいないな」
「それほどでも!」
褒められていないのに照れているオルキスに、オリバーは呆れていた。
「弓兵のなり手が少ないのですか。でしたら次は、オルキスを弓兵の講師として貸しましょうか」
「いいですね! いかに弓兵がかっこいい仕事かっていうところを、しっかりお伝えしますよ!」
お嬢様のおかげで暇ですからね! と得意げに胸を叩くオルキスだった。