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【書籍化進行中】暗殺姫、聖女に転職する【ネトコン13入賞】  作者: 毒島リコリス


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2-4:決着

 決着がつくと、アーユイはもはや修練そっちのけの兵士たちに囲まれてしまった。


「侍女のお姉さんすごいな! 本当にロウエン様に勝っちゃうんだから!」

「最後の回し蹴りは強烈だったなー!」


 どう収拾をつけたものかと視線を逸らすと、少し離れたところで、難しそうな顔で様子を見ている男性に目が行った。

 試合前には見かけなかった顔。かつ、一人年齢が離れているところを見て、アーユイは一歩進み出る。


「部隊長様ですね。この度はお騒がせしてしまい、大変申し訳ございません。すぐに退散いたしますので、どうかお許しを」


 先ほどまで華麗な上段後ろ回し蹴りで観客を魅了していたとは思えない淑やかさで、侍女式のお辞儀がすらりと出てくる。これが練習着でなければ一層優雅だったことだろう。

 思わず兵士たちの間から、おおー、と声が上がった。


「……こちらこそ、うちの部隊の者が随分と迷惑をかけたようだ」

「そんなことは」


 やってしまった、と思いつつ、久しぶりに身体を目一杯動かし、強い者と手合わせができて、とても満足してしまった。


「あの、何か」


 大柄な部隊長が、アーユイをじっと見下ろしてくる。

 歳は父と同じくらいだろうか。厳めしいひげ面は野性的だが、感情に任せて当たり散らすようなタイプではない。理性と知性を感じる目元だ、とアーユイも分析した。


「ご婦人、武術の師は誰だ」

「……レン・アインビルドでございます」


 なんとなく、この武人には嘘をついても無駄な気がした。

 兵士たちは、『誰?』『知らない』と言い合っている。


「なるほど。そういうことか」


 答えを聞くと、部隊長はフンと満足げに鼻を鳴らした。


「ロウエン! どうせお前が無理矢理連れて来たんだろう! その上負けるとは何事だ!」

「あはは、申し訳ございません叔父上」


 規定違反をして怒られるのはいつものことなのだろう。ロウエンはへらりと反省のない顔で頭を掻いた。しかし。


「手加減までされやがって」

「えっ、手加減?」


 追加の指摘に、表情が強張る。


「お前が礼服なんか着てるから、汚さないようにご婦人が気を遣ってくださったんだろうが!」

「本当だ、言われてみればロウエン様の服、全然汚れてない」


 暗殺姫と言われてはいるが、殺さず捉えよとか、標的が抱えている美術品は絶対に傷付けるなとか、そんな任務もそれなりに経験している。

 さすがに土埃は仕方がないが、洗っても取れないような汚れや綻びはないはずだと、アーユイは確信していた。

 とはいえそれに気付くとは、部隊長はかなりのやり手だ。


「この際だからもう一つ言ってやろう。彼女は剣術は不得手だ。一番は足技。違うか」

「そこまでお気付きとは……。恐れ入りました」


 これには素直に感服するしかない。彼になら負けるかもしれないと、アーユイはひっそり考えた。


「サイズの合わない靴に不得意な武器、おまけに服を汚さない縛りまで付けて、それでも負けるとは。騎士隊の名折れだぞ、わかっているのか」

「はい……」


 ロウエンががっくりと肩を落とし、他の兵士たちも釣られて小さくなっている中、アーユイはハッと気付いた。


「お取り込み中のところ申し訳ございません。今、何時でしょうか」

「今? 休憩が終わってちょっとしたところだから、三時過ぎくらいかな」


 のんびりとした兵士が答える。


「いけない、戻らなくては!」


 リーレイに、三時には戻ると伝えていたのに。きっと心配していることだろう。


「そっか、お茶の時間だね。怒られたら、僕の名前を出してくれていいからね」


 休憩室へ向かう背中にロウエンが声を掛ける。


「ありがとうございます! その際には遠慮なく!」


 兵士たちから労われ、部隊長からは呆れられながら、アーユイは大急ぎで着替えて修練場を後にした。


 ***


 普段よりも厳しい修練を終えて蒸せる休憩室で、兵士たちは帰宅前に一休みしていた。話題はもちろん、謎の侍女の話だ。


「綺麗な侍女さんだったなあ」

「綺麗というか、かっこいいというか……」

「また来てくれるかなあ」


 美しく苛烈な花との一瞬の邂逅に、普段女っ気の少ない生活をしている兵士たちは、天女にでも遭ったかのような気分になっていた。


「あれ? ……これ、あの侍女さんのじゃないか?」


 それは白い花の刺繍が施されたハンカチだった。

 もちろん、この汗臭い休憩室に、そんな愛らしいものを持ち込む隊員はいない。


「見せてくれ」


 少し離れたところでまだ若干しょぼくれていたロウエンが、慌てて割り込んできた。

 その刺繍は、アーユイが中庭の隅に屈んで見ていた花によく似ていた。


「僕が返しておくよ。きっとまた会うと思うから」


 ハンカチを見るなり何故だか少し元気を取り戻した様子で、ロウエンは微笑む。


 何か思うところがありそうなロウエンが去った休憩室で、のんびりとした兵士が、ぽつりと呟く。


「そういえば、昔妹に読んであげた絵本に、なんだか似た話があったなあ」

「どんな?」

「魔法が解ける時間を気にして舞踏会に忘れ物をするお姫様と、その忘れ物を頼りにお姫様を探す王子の話」

「舞踏会じゃなくて武闘会だろ? お姫様でもないし」



 その侍女が暗殺姫と呼ばれていることを彼らが知るまでには、もうしばらく時間を要する。

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