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妾の名は[2]

世界は残酷である。それは時として、どうしようもならないカオスを産むのである。

気がついたときには走り出していた。

小さい頃から褒められ続けていた、唯一の長所を活かして。

なんでこうしているのか、最初は確信が持てなかった。

なにかーーー声が聞こえたような気がしたけど、それがなんなのか、誰の声なのかも分からない。

子どもたちが遊び戯れる声だったかもしれないし、野鳥の嘶きだったかもしれない。なんなら、自分の幻聴であった可能性だってある。

そんな判別もできないくらい、頭が身体に追いついていなかった。

知能を振り絞って進む一歩で、この足は三歩進む。

だけど、今はそれで良いんだと。

誰か、信頼の持てる誰かの手が、僕の背中を押した気がして。


だから、歩みを止めることは決してなかった。


そうして番人は、敵前に至る。



「その手を離せよ、化け物が。」


口に出した勇ましい言葉とは裏腹に、快速で飛ばしていた足が地面にへばりつく。これじゃ、一歩だって前に進めない。

どこでだって見たことがない、こちらに本能的な嫌悪を抱かせるような容姿の化け物に、足が速いだけの凡人が立ち向かう。

コミックならそれが英雄の第一歩になるんだろうが、僕は違う。


「片手じゃすぐ片付いちまうから、手を離して姿勢を正せって言ってるんだぞ。」


こうやって虚勢を張って、捕まった市民を逃すのが精いっぱい。それですら、ままならないかもしれないというのに。


「オマエ、ヤクシ、ヨク、カ?」


頭部と見られる部分にいくつも付いている大小もまばらな目が番人を捉えて、人の顔で言うなら耳があるような部分が裂けて、そこから声が出る。

合成音声のような老人のような、宇宙人のような声。

それは鳴き声じゃなくて、明確な意味を持った声だった。だけど、何を言っているのかはわからない。

わかる必要も、今はない。

ただ意思疎通が難しい相手だと、それが分かっただけで最悪だった。


「何言ってるか分からないな。離さないなら僕か、らっ!?」


一閃。

牢城を両断したのと同じ光が、化け物の手から放たれる。

番人は回避体勢を取るも、やはり遅れる。


「くっ……」


こちらが強者だと勘違いさせ市民を救出、あわよくば撤退してもらおうというプランだったのに。


「結構、ごっそり持っていくじゃねえか。」


人間の反応能力、その限界。

それは最善を尽くした番人の左手、その肘から下が消し飛ぶことで明らかになる。


「今はどうにかなっちゃいるけど、後がやばそうだな、まじで。」


ここまで駆けてきた事も功を奏してか、身体は極度の興奮状態にある。だから痛みを感じることはあっても、気を失うことはない。ばっちり眼は冴えている。

その事実を口にして、どうしようもなく弱気な自分自身に発破をかける。

後がある、まだやれる、どうにかしてやれる、と。

そんな番人をつまらなそうに眺めていた化け物は、何を思ったのか。掴んでいた少女の右腕を離し、自由の元に解き放った。


なにがアレにそうさせたのか。アレの狙いはなんだ。次の手は。また光線を放たれたらどうする。

肘から溢れる体温が情報ごと流れていっていると錯覚するほどに、考えがまとまらない。

これぞカオス、これぞ地獄。

これぞ、戦場。


「英雄の血だなんて、ずいぶんと思い上がったもんだよな、僕は。」


そんなもの、そこら辺の凡人を奮い立たせ、自分でも何かをしてやれると勘違いさせる程度の力しかないじゃないか。自虐的に笑って、顔は前を向く。だけど心は、ずっと後ろ向きで。


あぁ、くそ。なにもできない。なにもしてやれない。


解き放たれた少女の背後、化け物が左手をかざす。


ああ、くそ、くそ、くそ。

次の瞬間にでも、彼女は撃ち抜かれる。

しかも背後から、反応する暇すらなく。

わかってる、分かってる。

ここで俺が動かなきゃ、彼女は確実に死ぬ。

俺が動けば、助けてあげられる……かもしれない。

でもその可能性は、天文学者でも目を点にするような確率だ。

それに、まだ、足が。


彼女の、なんの罪もない市民の危機を目の当たりにして動けない番人を無視して、化け物は焦点を、その少女に合わせて。

……いや、化け物は番人を無視してなどいなかった。

光線が放たれる瞬間、光の粒子が集まったことで白む視界の中、化け物は確かに笑っていた。

その笑みは言葉が伝わらなくてもわかる、悪辣な。

殺しを楽しむ愉快犯のような、他人の不幸を喜ぶお局のような、そんな顔だった。


「まっっ…」


番人の「待て」が効力を持つことはなく、光は放たれる。

これは遊びでもスポーツではないのだ。


「    」


最後、少女がなにか。

僕に伝えようとして、口を開いていたけど。

届かなかった。

中途半端に伸ばされた僕の手と同じように。

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