妾の名は[1]
その日、世界は目撃した。
そして、喝采を浴びせた。
新たなる救世主の誕生に。
「ーーーなに、が。」
乾いた目を潤すために、また、網膜に付着したチリやゴミを取り除くために、おしゃれなファーの付いたシャッターを下ろし、また上げる。
一瞬を表す時によく使われるその行動が完遂されるよりも速く、事態は変化する。
それも、考えうる限りで最悪の変化で。
「魔族のーーーくそ、名前が分からない。大丈夫か!?」
人界で1番の硬度を誇るハート鉄鉱で武装した北の牢獄。人界と魔界を繋ぐ砦と同じレベルの強度を実現しているはずの場所。
それが今、為す術もなく破壊されたのだ。
「こんなことができる奴が居るなんて聞いてないぞクソ親父っっ!!」
彼女の万力とも似つかしい握力にも耐えた鉄格子もスッパリ切断されているところを見ても、その威力は異常だ。
目の前で凄惨な破壊工作を見せびらかされた番人は、瓦礫が崩れると共に姿が見えなくなった少女を探して破片をかき分けながら、抑えきれなくなった感情を声にして荒々しく吐き出す。
責任転嫁も甚だしい発言、状況の好転にも何ひとつ貢献しない発言。
だけど今はそうでもしていないと、この現実に対してなにもできない自分を殺してしまいそうでーーー。
「ーーーっっっ!!!」
直後、番人はその場から逃走する。
少女の安否を確認することを放棄して、逃走する。
いつぶりかも分からない全速力で、馬よりなにより速いんじゃないかとも評されたこともあった俊足で。
……それが本当に逃走のための出走だったなら、彼もまだ人間らしかったのだろうけれど。
そんなわけがなかった。
「その手を離せよ、化け物が。」
彼に流れているのは、腐っても英雄の血なのだから。
*この作品は多方面への配慮を大瀑布の彼方に置き去りにしてきました。その点を踏まえた上でお楽しみください。