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妾はなんで、牢獄に(2)

魔界から来た少女が捕えられた北の牢獄にて、番人は今日も世話を焼く……はずだったのに、少女は凶暴化し、襲いかかってきて!?

あ、あれ、だけどこれは?

…………助かった?


容易く鉄を傷つけるほどの腕力を有した彼女の手は、番人までは届かなかった。そのほんの少し前で止まったのだ。

あと数センチ、身じろぎ一つで詰まる距離だった。これぞ、危機一髪というやつだろう。

冷や汗をかきながら、先代たちはこんな体験を日常的に経験していたのかなんて、あったかもしれない過去に思いを馳せる。

だけど、そのくらいは許してもらわないと心が保たないと主張する番人の目前、不機嫌に喉を鳴らす魔族の少女は納得がいかない様子で。


「お前、妾をなんだと思ってるんじゃ。たしかに来るのが遅かったからムカつきはしたぞ?でも、それで傷付けるなんて意味がわからんじゃろ。」


泥龍(でいりゅう)じゃあるまいし、低く見るなよと全力の不快感を声で表現する少女に、だが番人もここばかりは引き下がらない。


「じゃあ、どうして僕の方に手を伸ばしたんですか?鉄格子、曲がっちゃってますけど。」


「……ほんとじゃ。えーーーと、これは…すまぬ。夢中だったものでな、ついうっかり、というやつじゃ。」


目を丸くして、今気がついたと。そう言って謝る少女の顔に、嘘があるようには思えない。だから多分、故意に破壊したわけじゃないっていうのは本当で。


「でもそうなると、夢中っていうのも正しいことになるし、そうなると……?」


番人の青年は、これでいてなかなかいい家の生まれだった。だから生まれつきに持った聡明さが、それか家名の下で培われた教養が、違和感に気がついた時点で言葉を止める。

そう、なにかがおかしい。


「もし僕…もとい人間に夢中だったなら、正気に戻った理由が説明できない……?それに、監獄日誌の通りなら、彼女は僕たちと同じようなものを食べて…だから、人肉は食べない?」


だとするなら、少女の言葉も全てが真実ということになる。傷つけるつもりなんて微塵もなかったというところも含めて、全てが。

そうなるのなら、それが一番丸い、理想の答えだ。

この状況でこれ以上はきっとない、校長お墨付きの花丸模範解答だろう。

だけど、だとすれば。


「君は、いったい何に夢中になってたんだ?」


煮詰まった疑問が(あぶく)を吐いて、立場を弁えた発言がブレる。場所と相手が違えば一発アウトなこの失態を、けれど少女は気にするそぶりもなく。


「はは。よくぞ聞いたな人間!これじゃよ、これ!」


代わりに心の底から楽しそうに、自分の右手…さっきまで僕の方に伸びていた手を前に突き出してくる。でもそれは、さっきみたいな暴力的な響きではなくて、むしろなにかを自慢するような、見せつけるようなーーー。


「……漫画?」


「そうじゃ!漫画じゃ!!」


彼女の振りかざす右手には、見間違うこともない、僕が貸した漫画が握られていた。しかもそれは、昨日渡した一巻じゃなくて。


「まさかとは思うけど、これに手を伸ばしてたのか?」


「?他にどんな受け取り方があるか。」


それしかないだろうと呆れ顔をする少女に、僕はがく然と立ち尽くす。まったく、この短時間で何回スタンをくらえばいいんだろうか。


「つ、つまりさっきのは、早く二巻が読みたくて、読みたすぎて、僕のカバンから溢れたそれに飛びついたってこと、なのか?」


もはや応えを待つまでもない、ただ起きたことをそのまま説明するだけの僕の読解に、少女も首を大きく振って肯定する。


「お前が一巻だけ渡していなくなるのがいけないんじゃ!!妾は気になって夜も眠れなんだ!!!」


は、はぁ〜〜〜。

ぷりぷりと柔軟性の高い頬を丸く膨らませながら怒る少女は、もう僕から奪取した二巻の目次をめくっている。ほんとうに、めちゃくちゃ待ち焦がれていたらしい。

そんな少女だから、僕の脱力なんてつゆ知らず。


殺される覚悟までしたのになぁ、僕。

獲物だったのは僕の足下に転げた漫画で。

魔族の少女は、1日中続きが気になって仕方なくて、それでついやってしまった、と。

なんて馬鹿馬鹿しい話なんだ。

この世界にまだ落語家が居たのなら、これで一席やれてしまいそうだ。

ま、まあ、よかったけどね。命があって。

僕は少女に殺されなくて、命はここにある。

そして少女もまた、僕を殺さなかったことで、命はそこにある。

これこそが大団円ってやつだろう。うん。


そう自分の中でカタをつける番人は、二巻を読み終わった途端に、続きをあるだけ持ってこい!と言い出しそうな少女のために、来た道を引き返す。

あとはもう、こんな日常が続くだけだと、そう楽観的な足取りでスキップを披露しながら。


まあ当然、そんなわけないんだけどな。

大団円にはまだまだ、まだまだまだ、早すぎる。

*この作品は、多方面への配慮を大瀑布の彼方へ置き去りにしています。苦情は魔王城までよろしくお願いします。世界の裏側にあります、たぶん。

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