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婚約破棄するクズに転生した俺の事情

作者: 狛井菜緒

書き溜めていた短編パート2

 

 俺の名前はジラルド・ルーベル。前世はうだつの上がらない元会社員だった。


 端的に言うと、妹がハマりまくっていた小説家になりたい系投稿サイトの小説「神薬の聖女〜リルアの献身」と言う話の冒頭に出てくるヒロインの幼馴染兼浮気者の愚かな婚約者である。


 まず、ジラルドの紹介をしよう。ジラルドは黒髪ににやや釣り上がった青い瞳の気難しい系イケメンの元孤児である。六歳の洗礼式後にヒロイン、リルア・マーティの父、薬師ダグラス・マーティの弟子入りして将来的にダグラスの跡を継ぎ、婿養子としてリルアと結婚してマーティ薬屋を引き継ぐ予定だったが師匠のダグラスが死んだと同時に婚約を破棄、前から浮気していたロザリーと店の金とダグラスの薬のレシピノートを持ち出して出奔する真性のクズである。


 最終的にはロザリー共々ザマァされて、警邏隊に捕まり奴隷堕ちして炭鉱に送られる序盤の悪役である。リルアはその間に、薬師としての才能を開花させ、たくさんの人々の病、傷、心を癒し、暗殺者に狙われて重傷になり行き倒れていた第二王子のクリフォードの傷を癒し、恋を育み、様々な障害を乗り越えて周りの人々に「神薬の聖女」と呼ばれてクリフォードと幸せな結婚をする。


 可愛くて、優しくてとびきりお人好しの典型的ヒロイン小説であるが、そのストーリーは涙を誘うと評判でアニメ化された。


 俺はそのクズに生まれてきたと気づいたのは、結構早かった。


 前世の記憶を思い出したのは孤児院時代。六歳の洗礼式の時だった。


「なんだ、これ…」


 ○ジラルド・ルーベル 六歳



 適正才能


 薬師(A) 商人(B) *精霊術師(S)


 *本適正





「うむ?適正はえーと、薬師じゃな。」


  霞む老眼をこすりながら老神官が水晶玉を覗きこんでいた。


 どうやら、この老神官は水晶玉の一番最初の列の文字しか読めないらしい。原作のジラルドは文字が読めないから「薬師なんざウンザリだ!騎士とか魔術師が良かった!」とぶーたれていたが、今世の俺は文字が読めていた。やはり前世の俺の影響だろうか、記憶が蘇る前から読めないのは不便と、真面目に読み書きを覚えていたらしい。それが、原作のジラルドとの違いだろう。


 このルーベル孤児院はとても優しい孤児院だった。洗礼式で才能を見出した子供達に将来の仕事を斡旋し、献身的に支えてくれた。少し貧乏だが、先生や院長でもある老神官のパウロ爺さんも優しく、時には厳しいちゃんとした孤児院だった。


 ただ、この爺様は目が老眼で適正判断を最初の項目の才能しか読めないぐらいだ。


 俺の適正は本来なら精霊術師らしい。


 精霊術師とは街に2人いれば良い方の、なれる人間の少ない職業で、土地の精霊と契約する特殊な魔法使いだ。土地の災害は大抵精霊が起こす。その精霊と対話し鎮め、農作物の成長を促す役割がある。この街アカルイースにも精霊術師がおり、近くの森と山の精霊と契約しているおかげで豊富な薬草が手に入る。そのためアカルイースは薬師の街と呼ばれているのだ。


  ジラルドは当初、真面目に薬師になろうと頑張るがリルア(適正は薬師のS)と言う才能の塊を前に腐っていったのだろう。


 憐れだ、そりゃあクズにもなる。


 原作通り親切な孤児院の先生は早速、将来の先生を紹介してくれた。その先生とはまさしく原作のヒロインの父ダグラスだった。


「ジルくん、薬師の才能は少ないのよ、頑張って立派な薬師になるんですよ?」


「……はい。」



 おしめをつけてる時から世話になっているシスターの暖かい眼差しと言葉にそう頷くしできない自分が情け無い。


 パウロ爺さんのプライドを傷つけたくなくて、結局、自分の本適正を言えないまま、ダグラスさんに弟子入りする事になった。


 ***


「おはようジラルド!」


 リルアの第一印象は可愛いかった。朱金の髪に、キラキラ輝く緑の瞳。「僕の娘は天使だぁ!」と叫ぶダグラスさんの気持ちがよくわかる。本当に絵本に出てくる妖精みたいだ。


 こんな可愛い娘がいるのに良く浮気できたな。


 正直、原作のジラルドは初恋はリルアだったのだろう。だけどくだらない矜持が仇になって、リルアの輝かしい才能に嫉妬して可愛さ余って憎さ百倍になった系だと思う。


「……おはよ」


 俺の方針は決まった。


 婚約破棄ではなく解消しよう。だが薬師の修行は引き続きする。時期が来たら精霊術師へ転向しよう。


 薬師見習いになれば衣食住は保障されるし、孤児院のおれの分の食い扶持を減らせる。だが、転向するにしても王都の大神殿でもう一回適正検査を受けなきゃいけない。それに精霊術師の勉強も早くからしなくちゃいけないから、


 まず、俺はアカルイースの精霊術師のジェシカ婆さんを訪ねた。婆さんの周りには精霊達がふわふわと浮かび、何やら楽しげに笑っていた。



「……あんたの事は精霊から聞いてるよ。あの耄碌ジジイ適正を読み間違えたってね。」


「……俺は…精霊術師になりたい…だけど…」


「この国の適正検査の初審結果は絶対…か。で、あんた、どうするつもりだい?もうダグラスのとこに弟子入りしちまったんだろう?」


「……いずれ、王都の大神殿に行こうかと。そのためにも夜に働いて、お金を貯めます。」


「金なら貸してやるよ?あたしも若くないからね、早く弟子を取りたいし。なんなら、知り合いの行商人に頼んで王都に連れて行ってもらえるよう話をつけてやるよ。」


「……ありがたい話だけど、それは…。」


「………あのジジイの引退を待つつもりかい?確か、任期は来年までだったね」


「………」


「………善意の塊みたいなジジイが傷つくのは嫌か。お人よしだね。あんた、自分の人生がかかっているのに」


「………パウロ爺さんは責任感が強い人だから、きっと死ぬまで自分の間違いを後悔すると思う」


「………たく、しょうがないね。夜働くのは14歳まではやめときな。あと、ダグラスにはちゃんと言うのだよ?昼間は薬師、夜は精霊術師の勉強をしな」


「……ではっ」


「弟子にしてやる。ダグラスを連れてきな。話し合いはそれからさ」


 それからは目紛しい日々だった。


 ダグラスさんに事情を説明したら、たいそう驚いていた。そりゃあそうだ。婿養子兼弟子をとったら適正間違いでしたじゃ、困惑するわ。


 精霊術師になれば精霊のほうが優先になるから、リルアとは結婚できないと謝ったが、何故か婚約解消は出来なかった。何故なら、リルアが婚約してたら変な虫が寄ってこないからと言うよくわからない理由らしい。将来クズの俺は変な虫だろ十分。



 昼間は薬師の勉強しながら店の手伝い、夜は精霊術の習得。毎日、薬草の辞典をぼろぼろにしながら時には鼻血をだして頭に叩き込み、精霊術では、精霊語の習得、難関の大学受験をもろにやらされている感じだ。



 世話焼きタイプのリルアは絶えず構ってきたが、俺は余裕がなかった。夜食や何かしてくれるのはかろうじて礼は言うが、基本話しかけない。人との会話を楽しむ余裕が全く無かった。



 翌年、リルアが洗礼式で薬師の才能を取得し、俺と肩を並べてダグラスさんと勉強を始めた。知識面では俺が一日の長があるが、調合がマジで天才的だ。いずれ差は縮み俺を簡単に乗り越えていくだろう。


 ジェシカ婆さんに聞いたが、この年は俺みたいな読み間違いはなかったらしい。それとなく新しい老眼鏡を爺さんに俺から誕生日の祝いにと贈った甲斐はあったかな。多分、ルーベル孤児院の先生が眼鏡屋に対応してくれたのだろう。パウロ爺さんは無事に勇退して故郷でのんびり過ごしているようだ。


 それを聴いて俺は心底ホッとした。本当は爺さんの老眼を指摘しないと俺の二の舞になる子がいただろう。だが、パウロ爺さんが読み間違いをしたのは先にも後にも俺だけだと聞いて良かったと思う。


 確かに爺さんに指摘しないのは悪いことだとは思う。だけど、負い目を背負ったままの人生をあの人に背負って貰いたくないと思うぐらい世話になったのだ。あの優しい老人を責める事は俺には出来なかった。


 14歳になると俺は繁華街にあるニクスキ亭で雑用バイトを始めた。時給は1時間850シル。夕方5時から深夜12時まで。


 週2日のバイトと週3の精霊術師の授業はさらに過酷さを増した。


「ジラルド、あの。…」


「リルア、なんで起きてんだ。」


「ごめんなさい、でも遅いし心配で…。」


「…俺は大丈夫だ。ただの皿洗いだし…それよりお前も身体を冷やすぞ、早く寝ろ。」


「ジラルド…」


「ん?」


「…ジラルドのお家はここなんだからね。」


「え。」


「………ここなんだから。わかった?」


「??あ、ああ。」


 逃げた飼い犬か俺は。女の子の心のうちなんざわからん。


 次第に、リルアは不安そうな顔で玄関で俺を待つようになった。俺の顔を見ると安堵したのかそそくさと皿洗いで傷んだ俺の手に軟膏を塗るようになった。


 はっきり言って、こそばゆい。


 正直、冬も近いし寒い夜中に俺を待つのをやめてほしい。風邪でも引かれたら親父さんに俺が殺される。どうするか考えた結果、炎と風の精霊と契約することにした。


 何故、そこで精霊が出てくるかと言うと、俺がいない間ダグラスさんやリルアを守る存在が欲しいと単純に考えた結果だ。


 適正が発覚した年に俺はまず基礎の基礎で、代々の精霊術師が契約してきたアルカイースの土地の精霊と水の精霊と契約をした。精霊契約ははっきり言ってめちゃくちゃ痛い。精霊と結び着くように魂に刻む儀式をするのだが、外から内部にいきなりパイプを繋ぐのだ。腹を鋭いナイフで貫通するような痛みに苦しむ。この痛みこそ精霊術師が必ず通る道だと言う。


 だが、あまりに痛いのでジェシカ婆さんも10代で契約するのは2体にしておけと言っていた。だが契約した土地の精霊も基本は動かない。精霊にも領土があるらしく動かないのだ。力は貸してくれるがあくまで精霊術師本人だけと言うのが、この土地の精霊イーストラの意向だ。もう一柱の水の精霊アルマも管理している近くの水源の湖から出てこない引っ込み思案な精霊だ。


 風の精霊なら自由に動けるし、術師の眼と耳となる。また、風の力で空を飛んだと言う術師もいる。ジェシカ婆さんも契約しているのだが、気まぐれな風の精霊と契約を交わすのは非常に難しい。


 逆に炎の精霊は契約するのは簡単だ。火があるところに必ずいるからだ。ランプに精油を入れておけば持ち運びもできるし、釜戸や暖炉があれば住処にすることができる。しかし扱いを間違えれば火事の原因になりかねない。寒さを和らげたり魔獣避けにするには持ってこいなのだ。


 契約した炎の精霊エレシカは灯火の精霊でランプにいるのが好きな大人しい精霊だった。俺が帰るまでリルアを寒さから守って欲しいとお願いしたら了解してくれた。素直な性格らしく、ニコニコとランプな中で笑う姿はいやされる。反対に風の精霊との契約は案の定難航したが、どうにか西風の精霊ヴァルハを捕まえて交渉しまくった。正直、強烈な精霊で後で婆さんに聴いたら風の精霊王の第四王子らしく、かなり高位の精霊だったらしい。


 何で契約したいのかって聞かれて俺はヤケクソになって「大事な女の子を守りたいからだよ!悪いかっ!」と言ったら爆笑された。彼女に危険があれば知らせてくれるぐらいはしても良いよ。なんなら痴漢ぐらいは吹き飛ばしてあげると譲歩された。契約してくれたが、本格的な使役はまだまだ先になりそうだ。婆さんも良く殺されなかったと溜息をつかれた。


 そうこうしているうちに、俺は19歳、リルアが18歳なった。ダグラスさんが病を発症する時期になったが…なぜかダグラスさんはピンピンしていた。


 何故だ?たしか、肺を病む病気だったはずだが?


『ますたー、おうじちゃまがましょーをふきとばしちゃよ?』


「え?」


『えれしか、じょうかしゅるっていっちゃけど、おうじちゃまが、えれしかはまだ、よわいからって…』


 あぁ〜忘れていたっ!!?


 魔障とはこの世界でいう、魔物から派生した病原菌だ。死んだ魔物の死骸から発生し、動物やヒトの衣服に付着し、鼻や口、目から侵入する。



 精霊は魔障を不浄のものだと嫌う性質がある!だから精霊術師は定期的に街の検問所に行き浄化していたし、外からきた荷物や人に浄化液を散布していた。

 ダグラスさんが病気になったのは足を悪くしたジェシカ婆さんが検問所にいけなくなった時期だったはずだ。ダグラスさんは婆さんが動けない時に魔障に感染、肺病にかかったのだ。


 この魔障は人体に入ったらまず助からない。作中のリルアはこの魔障の特効薬を作ることで、聖女と言われるようになるのだ。


「ダグラス死亡フラグって…知らないうちに折れてたのかよ…」


 この街には精霊術師は二人いる。婆さんと俺だ。俺と契約している精霊が気が付かないうちに、一緒に住むダグラスさんに感染するはずだった魔障を浄化していたのか。思わず脱力するとコロコロと笑う西風の精霊の声が頭に響いた。


『やあ、主くん。そろそろ暖かくなってきたけど旅にでるのかい?』



「………ああ。リルア達を頼めるか?」


『気が向いたらね。』


 ヴァルハは嫌だと思ったら嫌だと言うから、これは了解してくれたのだと思う。付き合い方は難しいが、悪い奴じゃないから信頼はできる。


「ありがとう。」


『ところで、君に熱い視線を送っている娘はどうするんだい?』


 ちらりと、後ろを見れば原作だとジラルドの浮気相手のロザリーがこちらを物陰から見つめてくる。


 一年前から付き纏ってくるようになり、夜間のバイトに行く時も執念深く俺をデートに誘ってきたが、全部スルー。告白もされたが、キッパリとフッたが最近どうもストーカーじみているのだ。もはや生理的に無理だ。


「…ヴァルハ、支度が済みしだい隣町まで俺を飛ばしてくれないか?」


『ヤダよ。なんで僕が…』


「エレシカ…頼める?」


『おうじちゃま、おねがい』


『いいとも〜!』


 今の俺の魔力量は多い方だが、精霊を介して移動する場合は隣町ぐらいが限度だ。もっと増やせば大陸移動もできるだろう。


 ヴァルハはエレシカに甘々だ。風の精霊だからか、火の精霊に弱いのは当たり前だが、女の子のエレシカにはとことん甘い。孫を可愛がる爺さんみたいに甘い。


 こうしてその日の夜、ダグラスさんとリルアに事情を話し、俺は王都へと旅立った。あのストーカー女に着いてこられたら迷惑だからな。


 王都への旅ははっきり言って楽ちんだった。低級の魔物とかは精霊魔術でなんとかなったし、途中の乗り合い馬車にSランク冒険者パーティが偶然同乗していたので、比較的に安全だった。野盗もその冒険者パーティが捕まえてくれたので帰りの心配もしなくて済む。


 王都につくと大神殿で適正審査の再審査をさっそく受けて、正式に精霊術師と名乗れるようになった。大神殿の神官長に王都で働かないかと勧誘されたが、すでにアルカイースの土地精霊と契約していると言うとすごく残念そうだった。

 精霊術師の適正者は少ないからしかたない。だが、王都なら適正者はちらほら居るだろうし問題ない。


 そんな中、順風満帆に王都の旅を終えて帰ると店の前に人だかりができていた。


「何ごと?」


「あ!ジラルド帰ってきたのか!?」


 向かいの金物屋のおっさんの声に、俺はキョトンとする。


「今、店の中がすごい修羅場になってんだよ!怒鳴り声が酷いんだが、中に入れなくてな。」


「は?修羅場?」


「数日前に、リルアが怪我人を保護したんだよ。それがべら棒に面の良い兄ちゃんでよ。それでダグラスとリルアは救護所に付き添っただけなんだがどうも、リルアに一目惚れしたらしくってついさっきリルアにプロポーズしたんだよ。」


「はっ?」


  まさか、面が良いってクリフォードかっ!?確かに原作じゃジラルドが出奔した時期に、入れ違いで登場していたな。だが、おかしい。リルアは救護所じゃなくて家に連れてきて怪我の治療をしたはずだ。


 あっ、ダグラスさんがいるからだ。たしか、原作のリルアはこの時はパニックになって家に連れてきてしまったが、ダグラスさんが冷静に応急処置をして救護所に連れて行ったのだろう。


「まあ、リルアは困惑してたがキッパリその兄ちゃんをフッたんだよ?。そしたら、居合わせたロザリーがブチ切れてよ。なぜかすげぇ剣幕で巻くしたてて、今、店の中がやべえ事になってんだよ。」


「はああ!?なんで!?」


 ヴァルハ!どうなってんだよ!とツッコミをいれたが、確かヴァルハの力の行使はあくまで外だ。貴重な薬品があるし室内の力の行使はしない契約になっている。だが、この状況を知らせないあたり、たぶんだが俺の反応を見て楽しむつもりだろう。


 これだから風の精霊は気まぐれで困る。


「そりゃあ、お前。当事者に聞くしかねぇだろう。それよかお前どこに行ってたんだよ。」


「王都。おっさんありがとう。俺行くよ。」


「おまっ!ちょいま」


 俺はおっさんの制止をふりきり、店の中に入るとそこはカオスな状況になっていた。


「なんであんたばっかり!!狡いわっ!昔から気に食わなかったのよ!ジラルドの側にずっといて!私のほうがずっと好きだったのに、」


「わ、私だって、ジラルドのことずっと」


「なら、なんでジラルドがいないの?!あんたどこに隠したのよっ!ああ、ジラルドがいなくなってそこのイケメンに鞍替えしたからわからないのね。可哀想なジラルドっ!この浮気女っ汚らわしいっ」


「違う!浮気なんてしてない。だってこの人助けただけだし!」


  捲し立てるロザリーに、リルアは果敢にも立ち向かっている。肝心のクリフォードと、ダグラスさんはオロオロとふたりの剣幕に入れないようだ。


「っうるせぇな。店で変ないちゃもんつけてんじゃねーよ」


「ジラルド!?」


「ジラルドっ」


「ただいま」


 すると、ロザリーがすかさず俺に抱きついてきたから思わず避ける。盛大にズッコケる形になったロザリーは涙目で俺を見上げる。


「酷いっ!」


「酷くねぇ。ウチの店で何やってんだ」


「だって酷いのよ!このアバズレ!ジラルドがいない時に、他所の男と浮気してたのよ!」


「してない!」


「取り敢えず黙れロザリー」


「ジラルド!」


 黙らない様子にうんざりして、俺は右手を挙げる。


「イーストラ、あの馬鹿に沈黙の行を」


『…心得た』


「………っ!っ!」


  突如声が出なくなり、ロザリーは喉元を押さえている。因みに沈黙の行は精霊の付与魔術の一種だ。


 そして、いつのまにか俺の後ろに佇む茶褐色の偉丈夫が姿を表し、クリフォード達はギョッと身構える。


 そう、この筋肉ムキムキでギリシャ神話に出てきそうなマッチョがこの地の大精霊イーストラである。無口で基本土地から動かない。この街アルカイースと近辺の山と森が領地で、領地内なら自由に呼び出しができる。


「精霊!?」


「失礼、貴族いやそれ以上の高貴な方とお見受けいたします。俺はこの街アルカイースの精霊術師になる者で、ジラルド・ルーベルと申します。こちらは私と契約しているこの地の守護精霊イーストラと申します」


「精霊術師っ!?」


 第二王子のほうが身分が上だが、王族でも手が出せない人間がいる。それは神官と街付きの精霊術師だ。


 神官は神の目と耳であり、神の声を届ける存在である。因みに神の声とはステータスや鑑定、解呪、浄化など神聖魔法のこと。過去に女性神官を手込めにしようとした男は、股間のブツが文字通り腐り落ちたと言う史実がある。故に、王族でも神官には余程の事がなければ手が出せない。


 もう一つが街つきの精霊術師である。街がある地の大精霊と契約した精霊術師を王族であっても害そうとすれば、その地の恩恵は全て無くされ、王族は精霊の怒りを買う。イーストラは薬草の群生地の精霊だ。もし、ジェシカ婆さんと俺を害せば一生薬草の加護を失くすと言っても良い。


 俺はクリフォードに精霊術師であることを名乗る事で、「王族だろうが、引き下がらんぞ」と牽制して釘をさしたのだ。クリフォードもそれを察したのか眉を顰める。


「話が進まないからロザリー、最初に言っておく。俺は精霊術師の適正があったから大神殿に行って職業変更してきたところだ。だから、リルア達に喚き散らすな。あと、俺はお前に随分前から言っているよな?お前の事、好きじゃないし付き纏うな。正直、迷惑だ」


「っっ!」


  ドキッパリ言うとロザリーはボロボロと涙をこぼし泣き出した。漸く自分がフラれたと理解したらしい。女性に対してこんな冷たい事を言うのは嫌だが、はっきり言わなくてはいけないことだった。


「ほら、立てよ。たく、お前美人なんだから俺に拘るなよ。もっと良い男捕まえろよ」


  そう言ってロザリーの手をとり、立たせると店の外に強制的に出す。こちらをチラチラ振り返る姿が面倒くせえ。


『…若、あれでは逆効果かと』


「は?なんで?」


  無口なイーストラが珍しくロザリーに同情的だ。何故だ?


「うぅ〜…ジラルド優しいから」


「昔からジルはモテるよなぁ」


 わけわからんが、ロザリーにストーカーされていたあたりヤンデレくさい女によく付き纏われるが、正直、うれしくない。


「ダグラスさん、リルア、ただいま」


「おかえりなさい!」


「二人には土産があるんだよ。まずダグラスさん、これ、王都に出ていた珍しい、ダッカマリアの薬酒」


「お!上物じゃないか!ありがとう」


 にこやかなダグラスさんに目を細める。原作だとこの時点で死んでるひとだ…とにかく原作とは違い元気な姿が変わってなくてホッとする。


 ここからが正念場だ。


 俺は懐から小さな袋を取り出す。


「リルア、これを受け取ってくれないか?」


 リルアはおずおずと受け取り、袋の中身をみて目を見開く。


「これ、スターアズールの種?」


そう、これこそ原作の要である、対魔障用の薬草スターアズール草の種だ。一見、宝石みたいな見た目だが、浄化の力が強く王都に行く途中のアズール湖のみしか咲かない希少な花の種。原作のリルアは出奔したジラルドを追いかけて王都にいく途中にアズール湖に立ち寄り、偶然、怪我をしていた湖の精霊の眷族であるユニコーンを助けたことで栽培を許された重要なアイテムだ。


 実は、この街に帰る道中に偶然立ち寄って案の定、ユニコーンが怪我をしていたので、俺が手当した。腐っても薬師の弟子だからな、それぐらいはできる。これは湖の精霊に交渉して分けてもらったものだ。


「………どうしたのこれ、高かったんじゃ」


「………アズール湖の精霊に分けてもらった。やる。あと、これ…」


 柄にもないが女の子へ贈る装飾品を選んだのは初めてで勝手がわからなかった。指輪はサイズわからないし、薬づくりに邪魔にならないようにネックレスを買った。


 薄紅の珊瑚を桜の花のように加工した可愛らしいネックレスだ。小さめで、シンプルだから普段使いに良いだろう。柄にもなく宝石商ですごく悩んだ一品だ。かなり恥ずかしかったが、買えて良かったと思う。


「…くれるの?」


「ああ」


「本当に?」


「本当だって、じゃなきゃ最初から買って来てねーよ。…悪いな予算的に花束は買えなかった」


「いいの?」


「ああ、良いさ」


「………つけても良い?」


「だあああ!まどろっこしいな!つけてやるから、髪上げろっ」


幼女みたいに聞き返してくるリルアとの会話に、恥ずかしさが優って顔が熱くなる。さっきからダグラスさんとイーストラがニヤニヤ見てくるのが居た堪れない。


リルアはおずおずと髪を掻き上げたので、手早くネックレスのチェーンをかける。


 うん、イメージ通り。よく似合う。


「………あ、あのね、ジラルド」


「おう」


「ジラルドはいつも無口だし、ぶっきらぼうだけど…優しくて、すごく努力していて…私、ずっと、尊敬していたの。ジラルドみたいに頑張ろうって」


「………」


「はじめて、この店に来たとき…ちょっぴり怖かったの。ぶっきらぼうだし、素っ気ないし…でもいつも側にいてくれた。見守ってくれていた…たくさん助けてくれた。あなたが優しいひとだって直ぐにわかった。だから、夜に仕事に行くたびに、いつか居なくなるんじゃないかって、この店から、私達から離れていくんじゃないかって不安だった」


「………うん」


ポロポロと涙をこぼすリルアに頷くと、リルアは手の甲で涙を拭っているが、一向に治らない。


「………ずっと、私、ジラルドのことが好きだったから不安だった」


「………っ」


「………おかえり、ジラルド。お土産ありがとう!すごく、私、嬉しい!!」


「………土産じゃねぇよ」


「え?」


「土産じゃねぇよ!土産は種で、それは求婚宝飾具(プロポーズジュエリー)だ!」


 真っ赤になって顔を押さえながらそう言うと、リルアの瞳がさらに大きく見開く。


 プロポーズジュエリーとは、前世の言うところの婚約指輪だ。こちらの世界では大雑把で装身具だったらなんでも良いのだ。プロポーズする時に贈るのは共通している。宝石に伴侶への祈りを込めて手渡すのが常識だ。珊瑚の石言葉は「幸福」と「長寿」だ。


「てか、サラッと好きとか言うな!そう言うとこやぞ、お前ぇえ!!プロポーズの言葉考えてきたのに、全部吹っ飛んだわ!!」


「え?ええっ?」


「………まあ、どっちみち、プロポーズの雰囲気じゃなかったしな」


 チラリとクリフォードはを見やれば居心地が悪そうな顔をしていた。そりゃあそうだろう、俺も同じ立場だったらめちゃくちゃ居心地悪い。だが、恋敵に塩を贈ってやる度量は俺にはない。完璧な原作ブレイクだろうが関係ねぇ。惚れたら負けなゲームにはなから負けてんだ。うだうだ考えるなんざ時間の無駄だ。


「リルア、俺は口が悪いし目つきも悪いし、柄も悪い。正直、精霊術師のひよっこも良いところだ。王都に行ってきたから金の蓄えもねぇ。」


「ジラルド…」


「………それでも良いなら…俺の嫁になってくれないか?」


 結局、好きだとは言えずに絞りだした言葉に、リルアは再び涙をこぼしながら「ゔんっ」と鼻を詰まらせた声で頷いた。


「ゔん、なるうぅ」


鼻水を垂らしながらヒロインは俺の懐に飛び込んできた。


 この先の未来はわからない。原作が変われば、さまざまな事が変わる。でも、大切になったものを手放すことは俺には出来なかった。ただ、それだけの話だ。


 結局俺はドクズになれなかった。


 いや、性格的に無理だった。クズになれといきなり言われてもなれるはずもなく、前世の知識を活かして婚約解消しようにも、ヒロインに絆されてしまったので出来なかった。イケメンの王子が陥落するヒロインだぞ?10年以上側にいたんだ。惚れないわけない。


 原作?知ったことか!ブレイク上等じゃ、ボケェ!


 これが、婚約破棄するクズに転生した俺の答えだった。


 情けなっ、実に情けなさすぎるプロポーズだ。本当はもっと良い感じの場所で二人っきりの時にやるべきだとはわかっている。でも、好きな子に好きだと言われたら、返さないやついるか?もう、良い雰囲気とか知らん。


………あとで、プロポーズのやり直しできっかな。


 そんな情けない俺の事情を窓の外でヴァルハ達、精霊達が笑っている気がした。























ヴァルハ「ブハハっ!なんつう情けないプロポーズしてるんだい!あのお馬鹿!!げはっ!ごほっ!ぷくくっ暫く、弄るネタができたよ!」


たぶんこんな感じ。



男目線のファンタジー恋愛ものが書きたかったので、書いてみたら思いの外難しかった。


 今回の被害者は間違いなくクリフォード。原作ヒーローがまさかの当て馬ポジに降格したからね。たぶん、あっさり諦めるタイプだけど、苦い思い出になるのは不可避。幸せになってほしい。


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― 新着の感想 ―
爺さん神官、悪い人じゃないし周りからも大事にされてるけど、トラックトリッパー並みの導入部の元凶だし、ちょっとだけモヤっと。
読んでいると、たくさんの「?」が出てきて、いちいちひっかります。 ・爺さん傷つけないのはいいけど、任期は来年まで(つまり主人公7才?)なんだから、退官したらとっとと王都に行けばいいのに、行かないのは…
精霊さん達の気持ちが分るよ こんなの目の前で見せられたら一生推せるし、ついでに偶に思い出したように呟いて一生弄りたくなるよね
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