切り取られた風景
僕は今、どんな顔をすればいいのだろう?
シャッターが切られる。
皆で撮った集合写真。彼女を見送るために集まった空港。
皆それぞれの言葉を今日の主役にかけている。がんばってね。元気でね。
涙ぐむ友達を、そっと抱きしめる彼女。ありがとう。
僕は、少し離れたところで、その光景を見ていた。
二年前の初夏に僕らは出会い、恋に落ちた。
僕らはよく将来の話をし、夢を語った。彼女はダンサー、僕は写真家。
彼女は踊り、僕は撮る。
彼女はカメラに撮られるのが好きだった。カメラをむけると、ポーズを作る。どうって。
僕は、彼女の寝顔もよく撮った。とても自然だったし、その写真を見せたときの、彼女の少し恥ずかしいそうにする顔が好きだったから。
ある時、彼女はいった。私、ダンスで世界一になるの。それが、紛れもない事実だというように。
言葉は続く。そのときは、世界一の写真家に写真を撮ってもらうの。
僕は、写真に撮られるのは苦手だった。顔に自信なんかないし、どういう顔をすればいいのか分からないから。数少ない僕が写っている写真は、いつも困ったなって顔をしている。
彼女は面白がって、僕を撮りたがった。
「かってに撮るなよ」と怒った僕に、彼女は「いつも撮られるだけじゃ嫌なの」と子供の様な笑顔で答えた。
かってに撮られた僕の写真は、彼女が持っていった。いったいどんな顔をしているのだろう。
あきらめて僕は言う。
「捨ててくれよ」その言葉に彼女は笑うだけだった。
気がつくと彼女は僕の前に立っていた。小さくつぶやく。元気でね。そして、言った。いつか写真を撮りに来てよね。
彼女は夢の世界に旅立った。
僕らをつなぐものは一本の電話のみ。
分かっていたことだった。日に日に減っていく電話の回数。薄れゆく数々の思いで。
僕も写真では食べていけず、幾つか始めたアルバイトに忙殺される日々。
いつしか二人をつなぐものは無くなり、アルバイトの一つが本職になり、時間が流れた。
そんなとき、彼女のうわさを聞いた。結婚したということだった。
「………」
会社に辞表を出し、わずかばかりの金をかき集め、僕はカメラを持って海外に飛び出した。
ただ、無性に写真が撮りたかった。自分がいいと思うものだけを。
あらゆるものを撮って歩いた。流れる時間はあらゆるものを移ろわせる。
雲、砂漠、太陽、そして人を。それらを写真におさめた。
そのうちの幾つかは本になり、わずかばかりの金に変わった。それを元手に、また、旅に出る。そんな時間が流れた。
でも、僕の本当に撮りたいものは、まだ出会ってなかった。
突然現れる奇跡。
沈む赤い太陽がみえる、だだっ広い地平線。それを拝むよう建っている洋館風の家。
ドアの横に据え付けられたベンチに腰掛けている、女性。その目の前で、芝生を舞台にし、華麗の舞う幼い少女。
僕は夢中でシャッターを切った。踊る少女に、そして、その少女に優しい眼差しをむける女性に。
女性は僕に気づき、訝しげに眉をひそめる。
「すいません。とても、素敵な光景だったので」と僕は言った。「写真、撮らして貰えませんか?」
僕の言葉に、女性は何かを感じたようだった。女性は僕の構えたカメラを、そっと取り、慣れた感じでカメラを僕にむけた。
「あなたも素敵よ」女性は優しく言った。シャッターが切られた。
女性の娘が、首を傾げてこっちを見ている。娘は昔の彼女の面影をもっていた。
僕は今、どんな顔をしているのだろう?
また、困った顔をしているのだろうか?
それは……
彼女だけが知っている。
End
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