後編
男子バスケ部のアイドル的な存在だったマネージャーに告白された。けれど、彼女は僕の好みのタイプとは真逆のテキパキと事を運べる人だったので、僕に恋愛感情が湧く事は無かった。
やはり僕は、藤木さんが好きなのだ。
「真中、お前なんでフったんだよ」
「いつも感謝してるけど、僕のタイプじゃなかったから」
「ムカつくわー。モテる奴の断る理由、ムカつくわー。うちのアイドルだぞ」
チームメイトから非難の声が飛ぶ。
「お前、中学の頃からそのスタンスらしいな」
「ずっと好きなタイプは一貫してるかな」
「例えば?」
「……あ、うん、例えば……同じクラスの藤木さんみたいな人」
僕は照れながら答える。
「藤木さんって、藤木先輩の妹だろ?」
「え?」
僕は驚いた。
強豪校であるうちの部は、とにかく部員数も多い。レギュラーである一軍とその他の二軍では練習メニューも分かれており、同じ部活の先輩後輩であっても交流のない人達がたくさん存在する。
藤木先輩は三年生だが、恐らく一度も一軍チームに入っていた事がない。あまり会話をした事が無いせいか、僕は藤木さんが先輩の妹だとは全く知らなかった。
*
「藤木先輩。お疲れ様です! 僕、同じクラスの藤木さんが先輩の妹だって、今日はじめて知りました」
僕はさっそく練習終わりに、藤木先輩を探して声をかけた。
「真中、お疲れ! ああ、俺の妹だよ。俺が言うのもアレなんだけど……、あいつお前のファンなんだよ」
「え?」
僕の心臓は跳ねた。
まさか藤木さんが僕のファンだったなんて。
「中学の頃、部活の練習試合に来ていたお前を見て一目惚れしたらしくてさ。高校に入ってからは、俺にお前の事ばっかり聞いてくるんだよ」
そんなに前から藤木さんが僕を思ってくれていたとは意外だった。中学や、高校一年のクラスは違ったので、僕は全く藤木さんの存在を認識していなかったのだ。
明日、藤木さんに話し掛けてみよう。僕はそう決心する。話し下手な僕でも、彼女のお兄さんである先輩の話題を出せばきっと会話も弾むだろう。
*
「わ、私は……あくまで隠れファンなので、陰ながら、隅の方から、応援しているだけなので、その、兄が……変な事を言ってたら、ごめんなさひぃ!」
昨日の先輩との出来事を話す僕に、藤木さんは土下座しそうな勢いで頭を下げる。
「や、全然! その、すごく嬉しかったから……。むしろ有り難う! それに、僕も藤木さんの隠れファンなんだ」
僕がそう言うと、驚いたように顔を上げる藤木さん。肩で揺れるサラサラの髪の隙間から、ほんのり赤く染まった耳が見えた。
藤木さんが恥ずかしそうに微笑む。僕の柔な心臓が微熱を越えて、くらくらと幸せの目眩がした。
* *
今日はバレンタインデーだ。
朝から藤木さんがソワソワしている。当然、僕もソワソワしていた。そして、昼休みに藤木さんに呼び出された僕は屋上にいる。赤い顔で、僕にチョコを差し出す藤木さん。
「どうぞ、お納め下さい」
まるで時代劇の越後屋が悪代官に何か横流しする時のように、チョコを差し出してくる藤木さん。このバレンタインとは程遠い雰囲気が僕は好きだ。
僕も今日、藤木さんにちゃんとした言葉で気持ちを伝えると決めている。
「有り難う。僕からも、伝えたい事があるんだ。……藤木さんのことが好きです。僕と付き合って下さい」
高校二年の冬の昼下がり。
僕に初めて彼女ができた。
*
「藤木さん、遅くなってごめんね。お待たせ」
その日の放課後。
教室で、僕の部活が終わるのを待ってくれていた藤木さんは、すやすやと居眠りをしていた。
可愛いなと、しみじみ思って寝顔を見つめる。しばらくして、藤木さんの机に置かれたノートの文字が目に入った。
え?
僕は固まる。
そこには『真中くん攻略ノート』と、藤木さんの丸い文字で小さく書かれていた。見てはいけないような気がする。きっと、僕が傷つく事になる。そんな嫌な予感ばかりが頭を過ぎる中で、それでも僕は、そのノートに手を伸ばしていた。
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真中くんは、
・とにかく天然が好き
・できる女子よりダメ女子が良い
・愛犬にべた惚れ
・恋愛には消極的
・グイグイ来られると引くタイプ
まずは、さりげなく視界に入ること。根気強く、天然アピール。(これは、日々、実践あるのみ)
こちらから視線は送らないこと。好きな素振りは一切見せないこと。大事なのは焦らないこと。時間をかけてじっくりやり切ること。
近頃の真中くんはいつも私を見ている。
兄の情報がこんなに役立つなんて。
高校からキャラ変して大成功!
私の天然キャラ演技は完璧だ!
この長い前振りは、今日この日のため。
決戦はバレンタイン。
大好きな真中くん。
私は彼を必ず、手に入れるんだ。
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僕は息を飲んだ。
驚愕して、この恋の結末から彼女の行動を遡っていく。
あれも?
それに、あれも?
『うん』
掃除中に頷く藤木さん。
あれはそっちの意味だったのか。
全部、全部、全部、騙されていた。
僕はその場に崩れ落ちそうになるのをなんとかこらえる。そして、自分が受けたこの衝撃を少しでも藤木さんにも味わってもらいたいと思った。だってこのままでは、僕の初恋が悲し過ぎるじゃないか。
僕は『真中くん攻略ノート』の最後の行に、赤ペンを使って追記する。
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・天然は好きだが天然キャラは嫌いである
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そしてノートをそっと机に戻し、僕は彼女に無言の別れを告げたのだった。
初恋は実らないものらしい。それにしたって、あんまりじゃないかと思う。
僕は自宅で愛犬のお腹に顔を埋めて、人生はじめての失恋に涙した。
その五年後、僕は再び藤木さんに驚愕することになる
*
あれから、三年のクラス替えで藤木さんとは別のクラスになり、その後、僕はバスケの名門であるアメリカの大学に留学した。
バスケットの本場アメリカで努力を重ねる日々を過ごす中で、同じく日本から留学していた可愛い彼女もできた。バスケ部のマネージャーをしている彼女は、キャラではなく正真正銘・本物の天然さんだ。
僕はようやく、天然の女神と巡り会えたのだ。
そして日本のBリーグに在籍する事になり、久しぶりの帰国で僕が目にしたのは、とある映画で『最優秀新人賞』を受賞しているテレビの中の藤木さんの姿だった。
【脇役ではあるが、この映画のキーパーソンとなる天然で少し残念な女子・マチコの演技には目を見張るものがあった】
との事らしい。
でしょうねー。と、僕は思う。
天然を演じさせたら彼女の右に出るものはいない。
「自分には演じる事が向いているのではないか。そう私に気付かせてくれたのは、高校のクラスメートへの叶わぬ恋がきっかけでした。失恋の悲しみに暮れる中で、私は女優という道を歩んでみようと決意したのです」
ハキハキと、つまるこなく受賞の挨拶をする藤木さん。そうか、この話し方が素の彼女なのか。
それにしても……。
見事な程に、僕の初恋が踏み台になっている。
ここまでくると、僕はなんだかもう笑ってしまい、僕が騙された事により誕生したこの新人女優に、テレビ画面のこちら側から盛大な拍手を送ったのだった。
了
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