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09.二度目の結婚、旦那様の執務室に初めてお邪魔しました

 

 公爵邸で暮らし始めて四週間が経った。不審な言動や行動を取っても、一度目のときと違って使用人たちはなぜか寛容だった。一度目は常に奇異の目を向けられていたのに、今回はむしろ、女主人に対する礼節を弁えた態度。理解がある彼らの様子には、拍子抜けしている。


 セインも、輿入れの日の調子で、やけにエレノアに親切だった。仕事で忙しい彼とは、夕食の際に話す程度だが、エレノアを見る眼差しはいつも温かい。


 そして今日。なんと、セインの執務室にお邪魔することになっている。なぜこんなことになったかというと、時は昨夜の夕食まで遡り……。



 ◇◇◇



「わ……このババロア。凄く美味しいです」


 デザートはババロアだった。皿には果物や花が装飾として添えられ、ソースがお洒落にかかっている。ババロアは口溶けなめらかで濃厚。オレンジの風味が鼻の奥に広がる爽やかな一品だ。


「君は、甘いものが好きなのか?」

「はい、とても。こんなに美味しいものが作れるだなんて、魔法みたいですね。私も作ってみたい……なんて」

「なら、やってみたらいい。料理人に話をつけておくから」

「え、よろしいのですか?」

「ああ。完成したら俺にも食べさせてくれ」

「は、はいっ」


 うっかり頷いた後で後悔する。


(そ、それは初心者の私にはハードルが高すぎるのでは……)



 ◇◇◇



 ――かくして。完成したババロアをワゴンに載せたエレノアは、執務室の前で立ち竦んでいるのである。昨夜食べたのはオレンジ風味だったが、今日はベリー味。……作ったといっても、シェフに言われるがまま混ぜるのを手伝っただけだ。工程が多く、もはや何がどうなって材料から完成品ができたのかもよく覚えていない。無から有を生み出す職人は、やっぱり魔法使いみたいだ。


『おっ。うまそーな匂い! オレっちにも食わせろ!』

「わっ、ロロ……!」


 ワゴンの奥からひょっこりと姿を現したのはロロ。もふもふの愛らしい妖魔で友好的だが、今日に限っては天敵だ。ロロは物体に作用できるレアな存在。つまり、セインのために作ったババロアを食べることが可能なのだ。なんとしてでも死守しなければならない。


 エレノアはフードカバーを上から抑えた。


「だめですよロロ。これは旦那様のために用意したんですから。ロロの分は、後で私のをあげます」

『嫌だ嫌だっ! オレっちはこれがいい!』

「聞き分けが悪い妖魔()ですね。だめと言ったらだめです!」

『エレノアのケチ! アホ!』

「アホで結構です!」


 エレノアは存外、妖魔に対しては強気だ。幼い子どもを窘めるような口ぶりで、ぎゃあつく言い合っていると、扉が開いた。


「ここで何をしている? 喧嘩しているような声がしたが」

「だ、旦那様……。えっと……その……」


 口ごもっていると、ロロがセインに訴える。


『オマエがエレノアの主人か! オイ、この薄情でアホのエレノアをなんとかしてくれ!』


 エレノアはロロをきつく睨みつけ、セインにたどたどしく言った。


「申し訳ありません。私の独り言です。……お騒がせしてしまいました」

「……そうか。いや、謝らなくていい。それで、そのワゴンは?」


 セインは、エレノアの苦しすぎる言い訳をあっさり受け入れて深追いしなかった。不快な顔一つせずに。


「昨晩お約束したババロアです」

「君が作ってくれたのか?」

「えっと……は、はいっ(※八割がシェフ)」


 またうっかり頷いて、勢いで大見得を切る形になってしまったエレノアだったが、セインは歓迎して部屋に促してくれた。エレノアは、咄嗟についてしまった嘘に深く反省する。


(後で正直に言わなくては。私はほとんど作っていないのです……と)


 部屋に入る前、ロロを室外へ追い出すよう、しっしっと手で払うが、彼は我関せず。セインの机の上でふんぞり返っている。ふてぶてしい妖魔だ。


 執務室には既に来客がいた。きっちりした身なりで、高級そうな宝飾品を身につけている。彼は、人好きのする笑顔を浮かべてこちらに会釈した。


「初めまして。僕はジフリード・ラージル。会いたかったよ、エレノアちゃん」


(エレノア……ちゃん?)


 ジフリード・ラージルは、この国の第三王子だ。王位継承順位は下位だが、公爵位を叙爵されている。エレノアは社交的に一礼する。


「お初にお目にかかります、ジフリード殿下。エレノア・エーヴァルトです」

「ご丁寧にどうも。そのワゴンは? へぇ、ババロアか。君が作ったの? よく出来てるじゃない。盛り付けのセンスがいいから、お店のものみたいだ」

「あっいや、シェフの方が――」


 店のものみたいも何も、その道のプロが作っているのだ。正直に申し上げようとするも、それを遮ってセインがジフリードに言う。


「おい。なぜ君が先に勝手に見ている。それは妻が俺に作ってくれたものだ」

「あの、私は少し手伝っただけで――」


 弱々しい声は、今度はジフリードの声にかき消される。


「えー、そんなムキにならないでよ。それにしても、美人な上に料理上手で献身的……? なんて、いい奥さんじゃない」

(…………もう、そういうことにしておきましょう)


 エレノアは諦めた。


 ジフリードは、値踏みでもするかのようにこちらを上から下に眺めた。エレノアが困惑し、汗を滲ませていると、セインが彼を諌めた。


「ジフリード殿。そんなに妻のことを凝視しないでくれ。怖がっているだろう」

「はは、ごめんごめん。つい反応が可愛くってさ」


 先程から、美人だの可愛いだのと、賛辞をいとも簡単に口にするジフリード。女性にはさぞウケがいいだろう。――などと思ったそのとき。


『隙ありっ! いっただきーーっ!』


 パクっ。

 目を炯々と光らせたロロが、ババロアにかぶりつく。反射で叱りつけそうになるのを耐え、睨むだけに留める。ロロはしたり顔でこちらを一瞥した後、満足気にひと口を味わった。他方、ジフリードが吃驚する。


「えっ、い、今、ババロアがひと口減ったんだけど……!?」

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