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08.使用人たちから見た女主人エレノア

 

「それでね、奥様ったらまた天気をお当てになったのよ。最近は奥様のおかげで洗濯物を濡らすことがなくなって大助かりだわ」


 屋敷の広い廊下を歩きながら、ルージュが言う。彼女はリゼの同期だ。もう一人の同期、アイリーンはいぶかしげな様子。


「でも、ちょっと怖くない? 天気を当てられるなんて、普通じゃないもん。それに……昨日奥様が廊下の花瓶に向かって話しかけてるところを見たの。こんなの変だよ」

「あー、それならあたしも。庭園で、何かに追いかけられるように走っているのをお見かけしたわ。血相変えていらっしゃったから、どうしたのか聞いたら、"なんでもない"って……。ちょっと気味が悪いわよね」


 近ごろ使用人たちの間では、三週間前に嫁いできた夫人の話題で持ち切りだった。変わり者という噂通り、妙な行動を取って皆を驚かせる。ルージュとアイリーンの会話に、リゼは苦言を呈した。


「二人とも。奥様に対する不敬な発言は控えてください。首が飛びますよ」

「……そ、そうね」


 エレノアが屋敷に来る前、普段は使用人たちの前に一切顔を出さないセインが、全員を呼び出して指示した。「――これから来る妻は、少々風変わりに見えるかもしれないが、精神病の類いではない。個性だと理解し女主人に対する礼儀を持って接するように」と。


 エレノアの悪口を言っていたメイド三人が、既にクビになっている。セインは妻への欠礼には容赦がなかった。


 使用人たちは驚愕した。社交嫌い、人間嫌いの主人が、女性を気にかけている様子に。政略結婚と聞いていたので、てっきり彼も煩わしく思っているのだと考えていたが、まさかのまさかだった。更に彼は、エレノアが快適に過ごせるようにと家を改築させ、住まいを整えた。自分の身の回りには無頓着な彼が、そのときは異様なこだわりを見せた。

 エレノアの寝室に防音を施せと言ったときは、きっと夜のためだと皆で噂したが、結婚後二人は寝室を共にはしていない。


 エレノアは現在、女主人としての勉強に勤しんでいる。しかし、物覚えは悪く、特別頭がいい訳ではなかった。外見は儚げな美貌を持っているが、セインが彼女の見せかけだけを好きになったとは考えられない。一体彼女の何が、堅物公爵の心を動かしたのか、はなはだ疑問である。


 すると、アイリーンが言った。


「確かに変わってはおられるけど、付き合ってみると奥様はとても――」

「「優しい方だよね」」


 アイリーンとルージュの声が重なる。アイリーンが続けた。


「ついこの間ね、厨房に籠いっぱいの卵を運んでたら、手を滑らせて落としたんだ。そしたら奥様が、片付けを手伝ってくださったの。私、卵をだめにして苛立ってたんだけど、奥様はにこにこして手を汚しながら手伝ってくださって。なんだか、怒ってるのが馬鹿らしくなっちゃったよ」


 確かに、エレノアは何かに苛立ったりせず、おっとりしている。気が弱いところがあるが、静かに佇む姿は、凛としていて美しい。


「私もさ、仕事さぼってお客様用のお菓子をつまんでたら、奥様に見つかってね」

「ルージュちゃん、また仕事さぼったんだ……」


 ルージュはきまり悪そうに咳払いする。


「と、とにかく。お叱りを受けるかと思ったら、人差し指を唇の前に立てて「内緒ですね」って笑ってくださったの。同性なのに惚れかけたわ」

「お茶目なところが素敵だよね。何に対しても寛大で朗らかなところも好ましいし」


 アイリーンたちはエレノアを賞賛した。


 リゼは、エレノアの専属侍女として傍で過ごすことが多い。脈略のないことを言うし、妙な行動を取ったりする。しかし、そこに目を瞑れば、人畜無害で優しい女性だった。


 リゼは、二人の会話を聞いて、呟いた。


「……私、旦那様が奥様を心にかけている理由が少し、分かる気がします」


 儚げな美を持ち、物静かなエレノア。何を考えているか分からない捉えどころのなさと、ある種の危うさ。セインはそんな彼女を、放っておけないのだろう。

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