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07.二度目の結婚、使用人の皆様の様子が違うのは旦那様の指示だそうです

 

 輿入れした日の翌朝。

 カーテンの隙間から差し込む光が瞼を刺激し、目が覚める。寝台の上で半身を起こして、ぐっと伸びをした。


(珍しく昨夜は妖魔に起こされませんでした。ベッドもふかふかで、とても寝心地が良かったです)


 ファーナー侯爵家にいたころは、万年寝不足だった。夜中に妖魔が騒ぐので、エレノアの仕業と思った家族が迷惑がって離れで暮らすように命じられた。古くから残る離れは粗末な作りな上、至る所が経年劣化していた。夏は暑いわ、冬は隙間風で凍えそうになるわ、本邸より妖魔がわんさか来るわで散々であった。


 コンコンコンコン。

 すると、ちょうど目が覚めたタイミングで扉がノックされる。中へ促すと、朝からきっちりお仕着せを着こなしたリゼがワゴンを押して来た。


「おはようございます、奥様。朝食をお持ちしました」

「ありがとうございます」


 フードカバーを外し中を確認する。美味しそうな野菜スープに、豆を煮込んだ料理とライ麦パン。エレノアは目を瞬いた。


「まぁ。残飯ではないのですね」

「残飯……? うちのシェフをどんな野蛮人とお思いになっているんですか」


 前回の人生では、公爵邸にはリゼの言う"野蛮人"が大勢いた。屋敷の者たちは、変わり者のエレノアを仕えるべき女主人とは認めず、馬鹿にして蔑んでいた。毎食、家畜の餌と見間違うような食事が運ばれてきて、時に砂利などの異物が混入していることも。

 そんな幼稚な嫌がらせをするのが、シェフだけの仕業とは限らない。


「私、皆様に養豚場の豚か何かと思われているのだとばかり」

「さすがに奥様を家畜と見間違う人はいないのでは」

「ですよね。似て非なるものです」

「似ても似つかないと思いますが」

「わ……泥も虫も入っていないようです。凄い……!」

「凄くないです普通です、そんなきらきらの笑顔で感動しないでください!」


 リゼはどん引きしている。かくいうエレノアは、これでお腹を壊すこともないと安堵していた。


「……恐れながら奥様。ご実家ではどのような食生活を送られてきたのかお尋ねしても? 肉が苦手だとお伺いしたのですが、もしや腐った肉を食べていたのでは」

「いいえ、普通の食事ですよ」


 いたずらされた食事を食べていたのは、前回の公爵邸暮らしのときだ。


 しかし、実家で摂っていた食事も、貴族の水準からは外れていた。上流階級の食卓には、一度の食事でいくつものコース料理が所狭しと並ぶ。当然、食べきれずに残飯が出るのだが、そういう残り物は下々の使用人たちが売り買いして食べるのが一般的だ。エレノアも、侯爵令嬢でありながら、そのおこぼれを頂戴していた。


 エレノアが静かに答えると、リゼが肩を竦めた。


「念の為、奥様に食事を運ぶ前に、異物混入等の不都合がないか私が確認しますので、どうぞご安心を。もし、悪意を持ってそのようないたずらをする者がいれば、旦那様に報告しますから」

「旦那様に? なぜ?」

「そのように指示されていますので」


 一度目の結婚で、そういう気配りはなかった。彼がエレノアの屋敷内の立場まで気にしてくれるなんて、信じられない。


「旦那様は、奥様が快適に暮らせるよう最善を尽くせと全ての使用人に命じられました」

「ま、まぁ……。そうだったのですね」


 かつて、エレノアは使用人に舐められっぱなしだったが、セインは皆から絶対的な尊敬と忠誠心を向けられていた。セインの命令なら忠実に遂行する使用人たちの姿勢は、前回と同じなようだ。


 朝食を済ませ、庭園を散策することにした。春光うららかで清々しい朝。花壇に植えられた花は手入れが行き届いていて、美しく咲き誇っている。

 真紅のバラ園で、羽の生えた愛らしい妖魔が飛んでいるのを見つけた。妖魔の中には、美しい自然を好む者もいる。


『おはよう、人間の女の子!』

「おはよう妖魔さん。今日はとてもよいお天気ですね」

『今はね。でも昼から大雨が降るから気をつけてね』

「あら、そうですか。雲一つない晴天なのに、よく予想できますね」

『あたいたちは、人間より感覚が敏感なのよ』


 妖魔に感心しつつ、空を見上げる。高く澄み切っていて、これから雨が降ることを予感させない気候だ。


(そういえば、メイドの方がお洗濯をされていましたね。雨が降るなら、せっかく干したものが駄目になってしまいます)


 思い立ったエレノアは、使用人が洗濯をしていた場所に行く。物干し竿にシーツを干していた女性二人が、こちらの姿に気づき、慎ましくお辞儀をした。


「おはようございます、奥様」

「お仕事ご苦労さまです。あ、あの……」

「……? はい、なんでしょう」


 過去のエレノアは、妖魔に対してはあけすけで心置きなく話すが、人に対して自分の意思や考えを発言することが苦手だった。こうして使用人と挨拶を交わすことすら億劫だった。

 けれど、臆病な自分のままではいたくないと思い、勇気を出して言ってみる。


「あの……昼から雨が降るので、今日は外に干さない方がいいかと、思います」

「――雨ですか? こんなに良いお天気なのに……」

「ええ。せっかく洗ったものが濡れては大変ですから、お知らせした次第です。……お忙しいところお邪魔してごめんなさい。失礼します」


 緊張していたエレノアは、逃げるようにその場を離れた。メイドたちは、妙にわたわたしている主人に不思議そうに首を傾げていた。しかし――


(なんとか頑張りました。上手く、振る舞えていたでしょうか)


 胸に手を当てて、ほっと息をつく。エレノア的には満足の出来だった。小さな小さな一歩、されど一歩だ。いつもより足取りは軽く、胸を張って歩けるような気がした。


 そしてその日。――昼からは予想外の大雨が降った。

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