04.二度目の結婚、なぜか至れり尽くせりです
エントランスで夫との二度目の"初対面"を済まし、お仕着せ姿のメイドリゼに部屋を案内してもらった。赤髪につり目がちな瞳をした彼女は、前回と同様――専属侍女としてエレノアに付けられた。
「奥様のお部屋はこちらでございます」
「はい。案内ありがとうございました」
案内されたのは、二階の角部屋。場所は前回と同じだが、内装がかなり異なっている。
四柱に天蓋付きの寝台。
毛先の長いカーペット。
ふわふわのクッションが並んだ皮のソファに、精巧なテーブル。それから――大きな本棚が二つ。
本棚は前回来たときにはなかったずだ。棚の前まで歩んで、指先で一冊を引き出してみると、エレノアの好きな本が収められていた。世界中の神話に古典文学、歴史書など、どれも好奇心をくすぐるものばかり。
「あら……あの窓。他の部屋と違いますね」
「奥様が来る前に、旦那様の指示で新たに改修したものです。特殊な遮音ガラスが用いられております。また、壁にも高密度の防音が施されていますので、ある程度の音は吸音され外に漏れません」
「まぁ……旦那様がそのような手配を?」
「はい。はっきりとした事情は分かりませんが、奥様のための配慮だとお伺いしました」
防音されているなら、妖魔の来訪で騒いでも屋敷の人に迷惑がかからなくて安心だ。
防音対策だけではない。前回、夜中に妖魔が入ってきて困っていた大きな窓は、小さな格子窓に付け替えられている。内側には鍵もあつらえてあった。いたずら好きの妖魔が落として割ったシャンデリアは、床に立てる間接型の照明に。極めつけに、枕の高さまでちょうどいい。
(なんてありがたいのでしょう……!)
至れり尽くせりで、エレノアは感極まった。普通なら、細すぎる気遣いに違和感を感じてもおかしくはないが、エレノアは能天気なので疑いなど微塵も持たない。
「では、どうぞごゆるりとお過ごしください。ご夕食の際にまた呼びに参りますので」
『オウ! オレっちは百人前食うから、しっかり用意しとけよ!』
返事をしたのはエレノアの声ではなく、子どものような声だった。その声は、リゼには聞こえていない。エレノアは、リゼから視線を逸らし、現れた妖魔に向かって、静かに、と人差し指を立てた。
「あの……奥様?」
リゼはいぶかしげに眉を寄せた。エレノアは妖魔から視線を戻し、彼女に言う。
「なんでもありません、ごめんなさい」
「……? では、私はこれで失礼しますので、何かご用があればそちらのベルでお知らせください」
「分かりました」
リゼは不思議そうに首を傾げてから、慎ましくお辞儀をして部屋を出ていった。ドアが閉まるのを確認し、ゆっくりと息を吐く。そして、子どもを叱るように妖魔に注意する。
「ロロ、いいですか? 誰かがいるときは話しかけてこないでください。怪しまれてしまいますから。……それから、この家でいたずらをしてはだめですよ」
『オマエ、オレっちのことが視えるのか? それに、なんでオレっちの名前を知って……』
ロロは、先端がハートになった尻尾を振った。全身が桃色の羽毛に包まれ、手のひらサイズ。まんまるの毛玉のような愛らしい姿をしている。エレノアはロロの体を指先でつつく仕草を取って笑った。
「ええ。そのチャーミングな尻尾もしっかり視えていますよ」
『ホントか!? オレっち、人間の下僕は初めてだ!』
「ふふ。下僕は無理ですけど、お友だちにならなれますよ」
『トモ……ダチ……』
ロロはもふもふの体を揺すって喜びを顕にした。彼は、前回の人生でエレノアの友だちだった。妖魔の中にも、無害で友好的な存在もいるのだ。ロロは紫の羽を羽ばたいて、エレノアの周りをくるりと旋回した。
(相変わらずふわっふわの毛並み……。触れないのが残念です)
妖魔は、人間の肉体に干渉することができない。そもそも、人間が普通肉眼で捉えられないということは、彼らは物質次元の存在ではないのだ。例外として、彼らの姿が視えるエレノアであっても、触れ合うことはできない。
しかし、力の強い妖魔は、稀に物体に作用できる。ロロは、小さいながらそのタイプで、シャンデリアを落として危うく家を火事にしかけた犯人でもある。そのときはセインにこっぴどく叱られ、妖魔のせいとは言えず、平謝りすることしかできなかった。
『オ?? コレはなんだ?』
――チリン。
ロロは、サイドテーブルに置かれた呼び出し用のベルを鳴らした。
「こらロロ! いたずらしないでと言ったばかりでしょう」
『う、うるせぇ! こんなとこ置いとく方が悪いだろ!』
「まぁ、他人のせいにするなんてずるい妖魔ですね。反省しなさい!」
ロロを叱っていると、部屋の扉が開いた。
「だいたい、前回もロロがシャンデリアに登ったせいでお屋敷に火が――」
「奥様、お呼びでしょうか」
エレノアがロロに苦言を呈す声と、リゼの声が重なる。
ベルを誤って鳴らしてしまったと詫び、リゼに帰ってもらった。しかし、ロロはその後も五度もベルを鳴らして遊んだ。五回も無意味な呼び出しを食らったリゼは、さぞ腹が立っただろう。