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28.構ってほしいロロの心

 

 ロロには、半年くらい前に人間の友だちができた。名前をエレノア・エーヴァルト。人間なのに、ロロの姿が視えるという変わった女だ。いたずらすると厳しく叱ってくるが、基本的にはおっとりしていて優しい。しかしなぜか、同じ人間に対してはいつも弱気だった。


 そんなエレノアは、この半年で随分変わった。人前で笑顔を見せるようになり、特に"旦那様"と呼ぶセインの前では、甘ったるい表情をしたり、頬を朱に染める。


「旦那様、それでリゼさんが――」

「――なのか。よしてくれ、俺は違う」


 よく晴れた日。エレノアとセインはテラスで仲良く談笑していた。遠くからでは、話の内容まで聞きとれないが、エレノアは花が咲くような笑顔を浮かべて楽しそうだ。


(ちぇっ、面白くないぜ。最近、あの男ばっかり構って、オレっちのこと忘れてるんじゃねーか?)


 ロロは、大変不服だった。


 こちらだって暇人ではない。散歩や散歩や散歩など、忙しいスケジュールの合間を縫って会いに来てやっているというのに。……このままだとそのうち彼女は、「旦那様がいるのでもうロロは要りません」などと言い出すのではないか。そんな不安が頭をよぎった。


(オレっちはもう、用済みなのか? 薄情なエレノアめ〜!)


 ロロは、急いで飛んで、二人が向かい合って座っているテーブルの上に降りた。


『エレノア! 遊びに来てやったぞ〜!』


 しかしそこではたと気づく。エレノアに、人前では話しかけるなと口酸っぱく言われていることを。エレノアは、視えることを周りに不審がられていて、それをひどく気にしていた。


(またやっちまった。……エレノア、怒るか?)


 しゅんと尻尾を下げて、お叱り待ちしていると、彼女は怒らずに柔らかく微笑んだ。


「あら、こんにちは。会いに来てくれてありがとうございます」

『あ、ああ! 喜べ!』


 エレノアが笑ってくれたので、ロロは嬉しくなって舞い上がった。尻尾を振りながら話しかける。セインもなぜか不審がらずに、ロロに語りかけるエレノアを受け入れていた。


『この家の西門に、変わった植物が生えてたんだ。一緒に見に行こう!』

「……ごめんなさい、今から旦那様とお茶を飲むのです。また今度にしてくれませんか?」

『……! い、嫌だ! 今がいい!』


 先に仲良くなったのはロロなのに、セインを優先するというのだろうか。ロロはテーブルの上で転がり駄々を捏ねた。すると、それまで沈黙していたセインが口を開く。


「今日はどんな客人だ?」

「ロロです。ほら、あのいたずら好きの。遊んでほしいみたいで……」

「ああ。燭台を倒した妖魔か。……その節は――どうも」


 威圧的な彼と、一瞬目線がかち合ったような気がして、体が竦む。エレノアは一体、この無骨な男のどこが良くて一緒にいるのだろう。ぶっきらぼうで、そこはかとなく怖い雰囲気がある。すると、セインが睨むように目を細めた。ロロはびっくりして体を跳ねさせる。


「……やはり、俺には何も見えないな」

(まさか、今の睨んだんじゃなくて、目を凝らしてたのか!? ひ〜おっかねぇ。鍋で茹でて食われるかと思ったぜ)


 エレノアはしばらく思案して言った。


「あの……旦那様さえ良ければ、お茶ついでにロロの絵を描いてもよろしいでしょうか。そうしたら、ロロとも遊んであげられるし、旦那様に姿をお見せすることができます」

『面白そうじゃねーか! 賛成だ!』


 ロロは尻尾を振りながら、「描いて、描いて」と懇願した。セインが構わないと答えると、エレノアはこちらに言った。


「頑張って描きますね。私、これでも絵は結構得意なんです」


 まもなく、侍女が紙と筆を用意した。エレノアは、ロロとイーゼルの上のキャンパスを交互に眺めて、筆を走らせた。ものの三十分程で、絵が完成する。


 丸みを帯びたしたしなやかな体に、神々しい羽。長い尻尾は優美さそのものだ。ロロは、大満足だった。


『うお〜っ! なかなか上手いじゃねーか。オレっちの雄大さがよく表現できてる。最高にイカしててかっこいいぜ』

「そ、そうでしょうか」

『そうでしょうかとはなんだ!』


 出来上がった絵を、セインがエレノアの肩から覗き込んだ。


「……珍妙な風貌だな。出来損ないの子リスのようだ」

「しっ、旦那様、ロロのプライドが傷ついてしまいますから!」


(もうオレっちのプライドはズタズタだぞ……)


 ぎゃあぎゃあと声を上げて抗議するが、セインの耳には届かなかった。


「エレノア嬢は、絵を描くのが上手いんだな」

「恐縮です。実家にいたころ、やることもなくて絵や刺繍ばかりしていたので」

「意外な特技だ。君の刺繍もぜひ見てみたいな」


 彼がエレノアの顔のすぐ傍で囁くと、彼女は熟れた林檎のように顔を紅潮させて俯いた。


「……あの、お顔が……近いです、旦那様」

「す、すまない」

「……刺繍、近いうちにやってみようと思います」

「ああ」


 セインもなぜか複雑そうな顔をして、一歩後ろに下がる。二人の間になんとも言えない空気が漂った。ロロは、顔が近づくことの何が問題なのか分からなかった。


『なーなー、エレノア。顔が近いとなんで駄目なんだ〜?』


 彼女は気まずそうな顔をして、ロロの質問を無視する。ロロは小さな頭で熟考し、ぴんと思いついた。


『分かったぞ! オマエ、さてはそのオスに惚れてるんだろ!』

「……!」

『やっぱり! あひゃひゃ、顔が真っ赤だ! やーいやーい、赤りんご〜!』


 つい反応が面白くなって、彼女のことを散々茶化すと、今度は本当に機嫌を損ねてしまった。ねじろに帰った後、ちょっとだけ反省したロロだった。

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