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26.二度目の結婚、私の視える世界を旦那様にお話しします

 

 それから数日して、エレノアはすっかり回復した。


 エレノアは療養期間にガーデニングに興味を持ち、さっそく庭園の花壇の一角を借りた。軍手をし、動きやすい服に着替え、冬に咲くスイートアリッサム、パンジーにビオラの種を撒いた。せっかちなエレノアは、早く芽が出ないものかと、一時間に一度花を覗きに行った。庭師の初老の男性に、「そんなに早く発芽しませんよ」と苦笑されてしまうのだった。


 花の種を植えた翌日、公爵邸に来客があった。


 もう二度と会えないだろうと思っていた、エリザベートとルーカスがやって来た。……お礼と詫びの品を抱えて。セインとエレノア二人で、応接室に彼らを迎えた。


「本当に、本当にありがとうございました。エレノア夫人、このご恩は一生忘れませんわ」

「!?」

「ありがとう、エレノアお姉さんっ!」

「!?!?」


 二人に頭を下げられ、困惑する。


「お、お二人とも、顔をお上げになってください。私は何もしていません」


 向かいのソファに座るエリザベートとルーカスは、エレノアが言ってもしばらく深々と頭を下げたまま、何度も感謝を口にしたのだった。すると、ルーカスが顔を上げ、無邪気な笑顔を湛えた。


「僕ね、ずっと怖い夢を見てたんだ。真っ暗な闇に吸い込まれていって、パパとママが止めようとしても、僕は吸い込まれ続けていた。でもね、夢の中にお姉さんが現れて、闇の中から光に連れ出してくれたんだよ。それから僕ね、だんだん、元気になったんだ」

「そうでしたか……」


 エレノアは、浄化の効果はあったのだと安堵した。


「お姉さんが、悪いやつを倒してくれたんでしょう? お姉さんは、強い人なの?」

「私は……」


 口ごもってしまった。エレノアは、臆病で弱い人間だと思って生きてきた。強くなんて、ない。すると、セインが代わりに答えた。


「ああ。妻はとても強い人だ」


 そう断言した彼に、鼻の奥がつんと痛んだ。ルーカスは目をきらきらと輝かせて、エレノアの座るソファの傍らに来て、手を握った。


「綺麗で強いエレノアお姉さん。僕ね、お姉さんに会いたくてここに来たんだよ? 大きくなったらさ、僕とずっと一緒にいよう!」

「え……それはどういう――」

「僕のお嫁さんになって!」

「……!」


 あまりにも可愛らしいお願いに、ずきゅんと胸が撃ち抜かれた。気恥しそうにこちらを見上げる澄んだ瞳も、もじもじとくねらせている足元も、何もかもいじらしい。子どもというのは、なんて純粋な生き物なのだろう。


 エレノアは頬を弛めて頷いた。


「はい。いいですよ」

「いい訳がないだろう」


 ぴしゃり。ルーカスが喜ぶより前に、間髪を容れずにセインが拒否する。


「そう安請け合いするな。真に受けたらどうする」

「で、ですがルーカスさんはまだ子どもですし……」

「大人になって本当に攫いに来るかもしれないだろう?」


 セインの真剣ぶりに、エレノアとエリザベートは呆気に取られた。すると、セインは全く愛想のない鉄面皮で、ルーカスに冷たく言い放った。


「エレノア嬢は俺の妻だ。諦めろ」

「…………大人気なさすぎます、旦那様」


 純粋な憧れを木っ端微塵に打ち砕かれたルーカスは、声を上げて大泣きしはじめた。本当に可哀想に。セインの無表情は、大人のエレノアでさえも威圧的に見えるのに、子どもにとってはもっと怖いだろう。ぐすぐす泣きながらエリザベートに縋り付くルーカスを見て、ようやく失態に気づいたセインは、申し訳なさそうに「すまない」と言った。彼にはまだ、繊細な子ども心を理解するには早いようだ。


 泣きじゃくる哀れな子どもをあやしながら、エリザベートが言った。


「わたくし、ルーカスに話を聞くまで、半信半疑だったのです。あなたの家庭教師をしていて、妙な行動を見る度、変わった人なのだと……失礼ながらそう思っておりました」

「……」

「ですが、どう考えても、エレノア夫人があの浄化を行ってくださったのを境に息子は回復しているのです。夫は全く信じようとしていませんが……あるのですね、あなたには特別な力が」


 エレノアは沈黙した。


「夫が失礼を重ね、本当にお詫びのしようもありませんわ」

「いえ、どうかお気になさらず」

「わたくしは、あなたが周りにどう言われようと、エレノア夫人を信じ味方でいます。どうかあなたも、周囲の言葉に負けないでくださいまし」

「……」


 エリザベートが、理解を示してくれたことは嬉しかった。

 エレノアを不審がる人は大勢いる。この公爵邸も、未だに半数以上がエレノアのことを懐疑的に見ている。そんな中で、理解をしてくれた彼女は、本当に貴重な存在だ。彼女の言葉は、飛び上がるくらい嬉しい言葉だったが、隣にいるセインにどう思われるのだろうと気にしてしまい、何も答えられなかった。



 ◇◇◇



 その日の夕食。いつものようにセインと食卓を囲う中、エレノアは食べ物がろくに喉を通らなかった。体調が悪いという訳ではない。ただ、気がかりだった。


(もうこれ以上、黙っている訳には参りません。旦那様が何も言わずに待ってくださっている好意に、甘え続けていたくないです。……話すことが、誠意ではないのですか、私)


 エリザベートがエレノアの力について触れても、その後彼の口からその話が出ることはなかった。気を遣われているのだろう。


 ……全てを打ち明けて、何を言われるのか、どう思われるのか考えるのは怖い。もし嫌われてしまったら、エレノアは立ち直れないかもしれない。しかし、これ以上ひた隠しにするのは、薄情だと思った。


 エレノアは、今が打ち明けるタイミングだと、恐る恐る口を開いた。


「旦那様、お話ししなければならないことが――」

『エレノアーっ! 遊びに来てやったぞ、喜べ!』

「…………」


 なんと間の悪いことか。エレノアの目の前に姿を現したのは、ロロだった。ロロを目で追って妙な視線の動きをしていると、セインに「どうしたのか」と尋ねられたが、ロロに気を取られて答えられない。


『うほー随分豪華なメシ食ってんだな。贅沢な奴め。オ、このきらきらしたのはなんだ? 食えるのか?』


 好奇心旺盛なロロの意識が向いたのは、銀の燭台。三箇所に火が灯っており、倒したら大変――と思った矢先に、ロロが突進して、見事に倒した。


「きゃっ、火が……!」


 蝋燭の火がテーブルクロスに燃え移る。セインが咄嗟に、ピッチャーをひっくり返して消火したので、事なきを得た。


「ロロ! どうして私の前だと悪ふざけばっかりするんですか! 火は危ないから絶対に近づかないこと。いいですね!」

『わ、悪かったよぉ……分かった。もうしない』


 ロロはしゅんと肩を落とし、珍しく反省の色を見せた。


「エレノア嬢。……そこに、何かあるのか?」

「……」

「……いや、なんでもないならそれでいい」


 つい声を出して叱りつけてしまったが、ロロが見えないセインには奇妙に見えただろう。というか、誰が見てもこのエレノアの姿は奇妙だ。

 いつもなら、"なんでもない"、"ごめんなさい"と口癖を言って、その場を凌ぐ(※凌げてはいない)エレノアだが、今日はぎゅっと拳を握って違う答えをした。


「今、私の目の前で……燭台を倒したいたずらっ子が、浮遊しています」

「……!」

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