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25.二度目の結婚、旦那様が甘やかしてきます!

 

 体調を崩している間の、セインの献身ぶりに、エレノアも屋敷の使用人たちも驚かされた。朝起きて一番にエレノアの様子を見に行き、仕事の合間も度々顔を出した。更に、風邪に効く漢方や食べ物を必要以上に取り寄せた。


「だ、旦那様……っ。さすがに旦那様にそこまでしていただくわけには!」


 エレノアは熱で火照った顔を横に振った。


 セインは、オートミールを温かい湯でふやかしたポリッジをスプーンですくい、こちらに差し出している。手ずから食べさせてくれようとしているのだが、さすがに恐れ多い。


「病人はこういうとき大人しく甘えておけばいいんだ。ほら、口を開けろ」

「……むぐ」


 スプーンの先を口に押し付けられる。これではまるで、幼鳥の餌やりだ。いわゆる"あーん"は、もっとふわふわした感じで、恋人たちがじゃれあいの延長で行うものだと思っていたが、セインは眉間に皺を寄せて難しい顔を浮かべ、エレノアは恐縮して震えている。


(きっと旦那様は親切でやっておられるのでしょうが……。その難しいお顔で見られていると、食べられません)


 しかし、彼は全く引き下がらないので、観念して口を開いた。ほんのりと蜂蜜の甘みがしていて美味しい。エレノアは餌付けされる気分で、なんとか嚥下した。一口を飲み込んだのを確認し、セインは満足気な様子だった。「もっと食え」と促され、エレノアはたどたどしく一杯分のポリッジを完食したのだった。


 セインは空の食器をサイドテーブルに片付けて言った。


「食欲はだいぶ戻ってきたようだな。いい傾向だ」

「は、はい。旦那様が世話をしてくださいましたので」

「夫として当然のことをしたまでだ」

「まぁ……」


 前回の人生では、考えられない言葉に苦笑する。


「こんなに甘やかしていただいて、いいのでしょうか」

「君はもっと、他人に寄りかかってもいいくらいだ」

「あの……旦那様は、他の人にもこんな風に親切にされるのですか?」


 ふいに尋ねた問いに、彼が大真面目に答えた。


「――君は特別だ」


 セインが自分だけに尽くしてくれていることに、なぜか安堵する。また、特別という言葉に、顔が熱くなる。体温が高くてすでに顔が赤いのは不幸中の幸いだ。


「そうだ。今日はこんなものを持ってきた」


 おもむろに分厚い本を取り出して言う彼。それは花の図鑑だった。先日ガゼボで話したことを覚えていてくれたようだ。


「寝てばかりで退屈だろうと思ってな。起きれるなら、少し一緒に見るか?」

「ぜひ……!」


 エレノアは寝台で身を起こした。セインはエレノアが見やすいように、上掛けの上に図鑑を開いて置いた。ページがめくられる度に、わくわくしながら描かれるイラストを追う。エレノアは、不思議な花のイラストを指で指した。


「このお花、凄く変わった形をしています。フードみたいです」

「花弁がフードのようになっているのは、蓄えた蜜を保護するためだそうだ。実は三大有毒植物の一つで、根は非常に強い毒性がある。しかし茎は鎮痛剤として利用されている。確か、実際にロドール山脈で見たことがあったな。青空と山の稜線を背景に広がる花畑は、とても綺麗だった」

「図鑑に記載されていないことまで……。旦那様は博識ですね」

「伊達に長く生きていないからな」

「私も七年したら、旦那様に追いつけるでしょうか」


 するとなぜか、セインは苦笑していた。


「旦那様旦那様、こっちの花はご存知ですか? ポポルヌチルス……? 変わった響の名前です」

「それは南方の原住民族の言語の響きを採用しているからだ。ポポルヌは大きな山、という意味がある」

「……大きな山?」

「ああ。標高が高い場所に自生することに由来する」


 エレノアは、へぇと感心した。セインの話を夢中になって聞きながら、図鑑を読んだ。セインの知識は、図鑑に書いてあるものより実用的だったりして、とても面白かった。


「あの、旦那様」

「どうした?」

「これからの季節で、育てやすい花を何かご存知でしょうか。……私、お花を育ててみたいです」

「春に咲く花は、秋に種を撒くものが多い。君の知っているチューリップなんかも、球根を秋に植えるんだ。確か、後ろのページに秋に植える植物の一覧があったな」


 図鑑のページをめくり、秋植えの花の一覧を見て、エレノアは思案した。


「私、育てた花を花束にして、最初に旦那様に贈りたいです」

「いいのか? 俺がもらってしまって」

「私がそうしたいんです。旦那様にいただいた幸せな気持ちを、少しでも何かの形でお届けしたくて」


 しかしそれは、花束ひとつではとても届けきれないほど、大きな気持ちだ。エレノアがふっと柔らかく微笑むと、彼もまた目を細めた。


「その気持ちを嬉しく思う。さ、そろそろ君は休みなさい」

「はい。おやすみなさい」

「ああ。――おやすみ、良い夢を」


 セインの大きな手が、エレノアの頭を優しく撫でた。彼がいなくなるのを寂しく感じながら、その後ろ姿を見送った。

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