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24.妖魔の囁きには負けません

 

「なーなー、あいつ。何もないところで喋るんだぜ? 気持ち悪いよなあ」

「お母様が言ってたわ。ああいう人と付き合うと変わり者が伝染るって」


 長い夢を見ていた。幼少のころの自分は、不思議なものが視えるせいで周りの子どもたちに邪険にされていた。夢の中のエレノアはまだ幼くて、うずくまりながら泣いている。


「うっ……ひく……」


(どうして誰も信じてくれないの? どうしてあの変なモノはわたしにしか見えないのかなぁ)


 エレノアは、楽しそうに駆け回る子どもたちを遠目に見ることしかできなかった。


 最愛の母が亡くなるのと入れ替わりに、義母とマーガレットがやってきた。


「ちょっと! 昨日の夜ずっと騒いでたでしょ! あんたのせいで寝れなかったわ。あんた、今日から離れで寝なさいよ。皆に迷惑だから」

「本当に気味が悪い子ね。さっさと家を出てってくれないかしら。まぁ、エレノアを引き取ってくれる物好きなんて、滅多にいないでしょうけど」


 毎日毎日怒鳴られ、こき使われた。

 少女のエレノアは、またうずくまり泣いている。


(お願いだから、私のことを叱らないで……っ。私を責めないで……)


 そして。次に目の前に現れたのは、冷たい眼差しでこちらを見据えるセイン。


「……旦那、様」


 縋るように手を伸ばし駆け寄ると、その手を雑に弾かれる。


「俺は君が嫌いだ」

「……!」

「人に見えないものが視えるだと? 気味の悪い女だ。そうやって嘘をついて、俺の気を引きたいのだろう。失望した。早く俺の前から消えてくれ」

「私のことを……愛していると言ってくださったのは……?」

「自惚れるな。俺は君なんかを愛していない」


 何もかもが打ち砕かれ、打ちのめされ、底なしの闇に吸い込まれていく感覚がした。エレノアが俯いて泣きじゃくっていると、黒い影が囁いた。


『ほうら。どうせお前は皆に嫌われてるのさ。どうせ、誰にも愛されたりしない。価値のない存在だ』

「やめて」

『過去も未来も永遠に孤独。惨めでみっともないなぁ。可哀想に』

「やめて……! それ以上言わないで……っ!」


 どんなに耳を塞いでも、妖魔の声は頭に入ってくる。エレノアはイヤイヤと頭を振って、必死に抵抗した。



 ◇◇◇



「――嬢。エレノア嬢。……エレノア!」


 セインの声がして、意識が現実に引き戻される。エレノアは重い瞼をそっと持ち上げた。泣いていたらしく、頬に涙が伝った。


「……旦那様」

「気づいたか。ひどくうなされていたぞ」


 エレノアは寝室に寝かされていた。セインは寝台の傍らの椅子に腰掛け、心配そうにこちらを見下ろしている。エレノアが半身を起こすと、彼が言った。


「高熱があるんだ。起き上がらない方がいい」

「夢を……見ました」

「夢?」

「はい。とても怖い夢を」


 人々に奇異の目を向けられ、疎まれる夢。エレノアの辛い記憶が何度も繰り返される悪夢だ。セインはエレノアの手を握る。


「夢は夢だ。もし君を脅かす者がいたら、俺が守る」

(そうです。夢は夢。今目の前の現実とは切り離して考えなくては。惑わされてはなりません、私)


 妖魔はああして、人の心を揺さぶるのが得意だ。人の恐怖心や不安を煽って、そこから生まれる負の感情が好物だから、不安に囚われていては彼らの思うツボ。妖魔の力より、生きている人間の方が強い。自分が強い意志を持てば、どんな妖魔もそれに屈するしかないということを、エレノアは知っている。


 労わるようにこちらを見ているセインを見て考えた。


(旦那様は、あの夢のようなことはおっしゃいません。私の不審な点に気づいていらっしゃるのに、気味悪がるどころか、受け入れるつもりで待ってくださっている……)


 彼は、ルーカスに施した浄化を、疑いようもなく信じている様子だった。エレノアはついさっきの会話で伝え忘れていたことを思い出した。


「旦那様……あの浄化を行った際に、悪いモノをもらってしまったのです。数日は寝込むかもしれませんが、よくあることなのでご心配なさらず」

「よくあること……なのか?」


 邪悪な妖魔と干渉すると、どんなに気を遣っていても多少なりとも影響を受ける。


「はい。でも本当に平気なので」

「……そうか。俺は君に何をしてやれる? あの浄化の儀式を、もう一度行うことは効果がないのか?」


 浄化をなんの知恵もない素人に行わせるのは非常に危険だ。セインは見たところ、普通より妖力は強いが、万が一危険があっては大変だ。


「そのお気持ちだけ、ありがたく頂戴させていただきますね」


 セインは目を伏せた。


「歯がゆいな。何もしてやれないというのは」

「いいえ。そんなことはありません。旦那様は、悪夢から私を連れ出してくださいました。それがどんなに救いになったか分かりません」


 実際の夢だけではなく、悪夢のような人生を生きていたエレノアを、引き上げてくれたのも彼だ。セインは、ずっとエレノアの力になってくれている。

 彼は物言いたげな顔をして、しばらく考えた後で言った。


「浄化が君に危険が伴うのなら、言ってほしかった。もう無茶はしないでくれ。俺の心臓がいくつあっても足りない」


 心配してくれているのだと、はっきり伝わる。好奇心でエレノアのことを聞きたがっているのではなく、理解したくて言っているのだと。

 エレノアは反省した。辛いことを黙っている方が、相手を心配させてしまうこともあるのだと。身を守るために嘘ばかりついてきたが、セインにはもっと本当の気持ちを話せるようになりたいと思った。


「……はい、旦那様」

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