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23.二度目の結婚、旦那様と急接近です

 

 ミッシェル伯爵邸を訪れて二週間が経ったころ、エレノアに伯爵から手紙が届いた。ルーカスは無事に回復し、元気になったそうだ。しかし、金輪際妻や息子とは関わらないでほしい――と念押しされてしまった。ルーカスの回復も、エレノアの浄化とは無関係だと判断したようだ。


(これでいいのです。視える人には視える人の世界が。視えない人には視えない人の世界がある。自分の智恵を押し付けるつもりはありません)


 ルーカスの回復を報告すべく、セインの執務室を訪れると、彼の元にも伯爵から手紙が届いていた。しかし、何やら相当気に障る内容だったらしく、破り捨てたらしい。凡そ、エレノアの手紙と似たり寄ったりな内容だろう。


「伯爵家との縁もこれまでだ。恩知らずな男め」

「まぁ……。どうぞ怒りをお鎮めください。私はもう、気にしていませんから。それに、感謝されたくてやったのではありません」


 ふと、手を繋いで帰宅した馬車を思い出し、顔が赤くなる。彼が励ましてくれた言葉も、未だに何度も頭の中で反芻し、心に大切にしまっている。伯爵に酷いことを言われたことが、どうでもよくなってしまうくらい幸せな時間だった。


「君はむしろもっと怒っていい。あの子どもは本当なら――」

「本当なら?」

「いや、なんでもない。だが、ルーカスを救ったのは紛れもなく君の力のおかげだろう」


 エレノアは首を横に振った。


「まさか。私は何もしていません。見事病気に打ち勝ったのは、ルーカスさんですよ」

「君はまたそうやって、自分を過小評価するんだな」

「……?」


 セインはまさか、あの訳の分からないような浄化に効果があると信じているのだろうか。


(そんなはずはありませんよね。旦那様はお優しいから、寛大な心で私の奇妙な行動にも目を瞑ってくださっているだけです)


 エレノアがあっけらかんと微笑むと、彼は釈然としない様子でため息をついた。


「そうだ、旦那様。もう一つよろしいですか?」

「なんだ?」

「今日の昼食、外のガゼボで食べませんか? 今日は涼しくて、天気もとても良いですよ」

「君から誘ってくれるのは珍しいな。ああ、ちょうど一段落ついたところだ。今からにしようか」


 少しずつではあるが、セインに気を許し始めているエレノア。彼の愛情を受け取ることへの抵抗も手放しつつあり、こうして食事の誘いもできるようになった。前回のエレノアでは、信じられない進歩だ。



 ◇◇◇



 二人は、ガゼボに昼食を用意してもらった。


 彫刻が施された六つの柱に、ドーム状の屋根。大理石が彫刻された石造りのガゼボは、白いテーブルとベンチが備えられている。こちらも曲線を描く繊細な彫刻の、格式高い品だ。


 セインと向かい合って座り、小鳥のさえずりに耳を傾けながら昼食を食べた。エレノアは野菜の冷製パスタを、セインはロース豚のグリルを食べた。パスタは、トマトの酸味に、ガーリックと香辛料の辛味が絶妙なバランスで美味しい。


「あそこの花壇のお花、綺麗に咲いていますね。名前はなんというのでしょう」

「ゼラニウムと……あっちはサフィニアだな」

「まぁ、お詳しいのですね。私なんて、チューリップくらいしか思いつきません」

「興味があるなら、図鑑を読むといい」

「庭園のお花と照らし合わせたら面白そうですね。沢山名前を覚えて、旦那様に解説できるようになりたいです」

「ふ。それは待ち遠しいな」


 エレノアとセインは微笑み合った。エレノアはそっとフォークを置き、「ご馳走様でした」と手を合わせた。


「……もういいのか? まだほとんど食べていないだろう」

「今日は少し、食欲がなくて」

「よく見ると顔色も悪いようだが。無理してるんじゃないだろうな」

 

 ギクッ。エレノアは"ズバリそうです"と言わんばかりに苦い顔をした。実は数日前から倦怠感があり食欲不振だ。そして――悪夢にうなされている。原因には心当たりしかない。エレノアは彼を心配させたくなくて、黙っていた。


 彼は心配そうに立ち上がり、こちらに歩んできた。


「熱を測る」

「お、おおおお構いなく! 元気なので!」

「元気なら、測っても平気だろう」

「うっ……」


 大人しく、彼の手を受け入れる。彼はエレノアの前髪の間に手をしのばせ、額に触れた。


「旦那様の手……ひんやりしていて気持ちいいです」

「それは君に熱があるからだ。結構高いぞ。今日は部屋で休め。夏風邪は拗らせると――」


 そこで、セインははっとした。


「まさか、この前の伯爵邸に行ったせいじゃないだろうな?」

「!」


 ギグギクッ。エレノアは顔に"おっしゃる通りです"という文字を貼り付けて、空々しく首を横に振った。


 最近見る悪夢に、ルーカスに取り憑いていた妖魔が出てくる。浄化は、払い手にも危険が伴うものだ。今回は動揺しながら行ったので、弱い心に付け込まれて障りをもらってしまった。相当弱体化しているので、ルーカスのときほどの影響はないだろうが、しばらく体調不良は続くと予想している。浄化による反動なので、風邪ではないのだが……。


(どうしましょうどうしましょう。なんだか旦那様が怖いお顔をされています。風邪が移るかもしれないのにお見舞いに行った無用心さを怒っていらっしゃるのですね……!)


 エレノアは真っ青になりながら立ち上がった。


「申し訳ありません旦那様!」

「……なぜ謝る?」

「風邪を引いた上、旦那様に移しては大変なのに、お誘いしてしまって、何もかも配慮に欠けていました」

「お、おい何を勘違いして――」

「すぐに離れますので! 部屋にすぐ戻りますから……!」


 ぺこぺこと謝り、背を向けると、セインに手を掴まれる。


「待て、エレノア嬢。人の話は最後まで聞け。俺はただ、浄化による影響を受けていないか君を心配しているだけだ」

「へ……? だ、旦那様……まさか、"浄化"を信じてくださっているのですか? 私の妄想だと思っていないのですか?」


 セインは呆れたようにため息をついた。


「何を今更。当然、信じている」

「…………」


 初めてだ。誰かが目に見えない事象を信じてくれたのは。セインは、エレノアの奇行に寛容なのではなく、本当に信じてくれていたのだ。


(それなら、浄化による障りを受けたことを説明しませんと)

「実は――」


 言いかけたとき、体がふらりと揺らめく。少し無理をしすぎてしまったようだ。エレノアはセインに抱きとめられながら、気を失った。

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