20.義姉マーガレットの悪巧み
王宮の夜会にて、マーガレットは過去に類を見ないほどの屈辱を味わわされた。それも、これまで散々馬鹿にしてきた――義妹、エレノアに。
「あーっ! 本当、思い出しただけで腸が煮えくり返りそうだわ。エレノアのくせに、あんな生意気な態度はなんなのよ。ね、ママ!」
「ええ、マーガレットの言う通りだわ。きっと、公爵夫人になって自分が偉くなったと勘違いしてるのよ」
マーガレットは母に賛同を求めた。
夜会の日、初めてエレノアの夫であるセインを見た。社交嫌いで、気難しい変わり者と聞いていたので、下っ腹がたるんだ地味で冴えない男を想像していたが、全く違った。
背は高く、体躯は鍛え抜かれて引き締まっていた。それから、彫刻のように整った顔立ちに峻厳たる佇まい……。人を寄せつけない雰囲気があるが、エレノアにだけ見せる柔らかな表情とのギャップに、マーガレットの心はときめいた。
――なんて、素敵な殿方なのだろう、と。
そう思った途端、エレノアが憎らしくなった。なぜ、気味が悪くなんの取り柄もないような彼女が、あんな素敵な男の隣に並んでいるのか。ずっと俯いて弱気でいればいいのに、堂々と振る舞う姿も腹が立った。
ここ最近、一度怒りのスイッチが入ると、自分でも制御できないことがある。マーガレットは沸き立つ衝動のまま、エレノアに意地悪を言ってセインとの仲を引き裂き、あわよくばセインの気を引こうと企んだ。しかし。
「君と話すことはない。それから、金輪際妻への無礼な発言は慎むように。非常に不愉快だ」
セインは凍えるような目つきでマーガレットに言い放った。マーガレットは、美しい容姿をしているので、一度笑いかければ大抵の男は落ちる。しかし、セインはマーガレットの誘惑に揺らぎもせず、むしろ侮蔑するような態度だった。
「きっと、エレノアはセイン様に気に入られたくて猫を被ってるのよ。そんなに賢い子じゃないから、そのうちボロが出て、愛想を尽かされるわ」
きっとそうに違いない。エレノアのおかしな行動を見て、それでもなお好きになるような物好きはいないだろう。母の慰めに、マーガレットは頷いた。
「セイン様が、エレノアとの離婚を考え出したら、あなたとエレノアを入れ替えることを打診しましょう。だって、君命では、エーヴァルト公爵家がファーナー侯爵家の娘を妻として迎えることが課されたのだもの。あなたも、侯爵家の娘よ。エレノアは家で、召使いとしてタダ働きさせちゃえばいいわ」
母の提案に、マーガレットは首を横に振った。どうやら母は、マーガレットがセインに岡惚れしていると思っているらしいが、恋心を抱いたのはほんの一瞬のことだ。今はむしろ――
「嫌よ。たった一度でも、私に恥をかかせた男に嫁ぐなんて。私はね、蝶よ花よともてはやしてくれる人じゃなきゃ嫌。仲を引き裂くだけでは面白くないわ。……私のプライドを傷つけたこと、絶対に後悔させてやる」
「そ、そうね。マーガレットが正しいわ」
マーガレットは氷のような嘲笑を唇に浮かべた。母さえ、恐ろしい彼女の執念に圧倒されている。
マーガレットは、人一倍プライドが高い。何事においても自分が一番でなければ納得できなかった。自分より優れた者には異常な対抗心と嫉妬を、そして自分より劣った者はとことん見下して蔑んだ。エレノアは後者だった。
「ごめんなさい、お義姉様、もう許してください……」
「駄目よ。許してあげない。朝までこの小屋で過ごしなさい。これは、今日の夕御飯が冷めていた罰なんだから。私、スープは出来たてじゃないと食べたくないって言ってるでしょ」
「そういうことは、料理人の方におっしゃったら――」
「お黙り! 呼びに来る係はあんたなんだから、あんたが責任を取るのよ。それとも、料理人にこの馬小屋で凍える夜を過ごせとでも?」
「……」
エレノアが侯爵家にいたころは、こうやって執拗に嫌がらせをした。馬小屋に閉じ込めたり、鞭で打ったり、汚水を頭からかけたりした。誰もそれを咎めない。皆巻き込まれないように見て見ぬふりをするのだ。だからマーガレットは、好き放題自分の加虐心を満たした。主人が下々の使用人や奴隷をいじめるなんて、よくある話だ。マーガレットは、使用人の代わりに、生意気な義妹にそういう仕打ちを施しているだけ。
透き通るような美貌を切なげに歪め、こちらを見上げるエレノア。彼女の麗しい容姿も憎らしかった。
「冷たっ……」
「ほら、あなたのせいで冷たくなったスープよ。よーく味わいなさい?」
「ひどい。こんなの、あんまりです……っ」
罵倒を浴びせ、おどおどする様子を見て、優越に浸った。誰かをいたぶり、支配下に置くときは、どんな享楽より快楽物質を放出させる。
(絶対に認めない。幸せになんかさせないわ、エレノア)
自分以外の幸福を認められないマーガレットは、ある画策をした。




