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02.一度目の結婚は、失敗ばかりでした

 

 エレノアがなぜ、二度目の人生を生きているのか。

 二度目の公爵邸を訪れるまでに、こんな経緯がある。


「エレノア。あんたに縁談が決まったわ。一ヶ月したら、この家を出ていってもらうから」


 一度目の婚姻が決まったとき、義母からこう告げられた。エレノアの実母は早くに他界しており、ファーナー侯爵は後妻を迎えた。後妻には、エレノアより年上の連れ子がいた。幼少時代から共に暮らす義母と義姉マーガレットは、エレノアに執拗に冷たく当たった。


 召使いのようにこき使い、古びた離れに住まわせ、物を投げつけ罵声を浴びせた。特にエレノアのトラウマになっているのは、幼いころに煙突を度々掃除させられ、転落して酷い怪我をしたことだ。未だに、骨折した右足が疼くときがある。


「お相手はどなたでしょうか」

「聞いて喜びなさい! エーヴァルト公爵家の若き当主、セイン様よ。良かったわねぇ、あんたにぴったり。――"変わり者"同士」


 マーガレットがそう言ってせせら笑う。

 エーヴァルト公爵家といえば、王家の分家で名門中の名門。広大な領地を治め、莫大な財を持つという。しかし、セインは気難しい変わり者だと揶揄されている。癇癪持ちで女に手を上げる暴虐非道な男だという恐ろしい噂も。


 しかし、エレノアは後に知ることになる。確かに取っ付きにくいところはあるが、彼は悪人ではないのだと。当時出回っていた噂は造り話や事実が湾曲されたものばかりだった。社交界に滅多に顔を出さないので、憶測だけで吹聴されていたのだ。


 マーガレットはエレノアの小さな顎を指で持ち上げ、蔑むように見下ろした。エレノアの陶器のような白い肌に、わざとらしく爪を立てる。


「本当、あんたが出ていってくれてせいせいするわ。気味が悪くって仕方がないんだもの。何もないところで喋っていたり、突然悲鳴を上げたり。極めつけに虚言癖まで」

「…………」


 挑発するような嫌な言い方だが、彼女の指摘は全て――真実だ。エレノアがそのような行動を取ってしまうのは、人ならざる異形の存在が視えるから。


 ――異界の生命体。

 エレノアは普通の人には視えない彼らを、便宜上"妖魔"と呼んでいる。その特殊能力は生まれつきだった。ごく自然に視ていたエレノアは、誰にでも備わっている力だと思っていたが、周囲に不審がられて初めて、視えることは普通ではないのだと自覚した。


「ま、あんたを虐めて憂さ晴らしできないのも退屈だけど」

「いいじゃない。我が家の面汚しがいなくなって、ようやく肩の荷が下りるわ」

「ふふ、間違いないわ」


 エレノアを嘲笑する義母とマーガレットの後ろでそのとき、黒い影が蠢いた。ぎょろっとした丸い目と視線がかち合う。おどろおどろしい妖魔の姿に、悲鳴を上げてマーガレットを突き飛ばした。


「きゃあっ!」

「――痛っ! ちょっと、なにすんのよ!」

「ご、ごめんなさい……お義姉様」


 尻もちを着いた彼女が、こちらを睨みつけて声を張り上げる。彼女の背後を浮遊する妖魔が、にやりと口角を上げた。


『アナタ、アタシノコトガミエルノ?』

「視えませんっ! 髪の長い白装束の女性なんて視えていませんから……!」

『……ハッキリミエテルジャナイ』

「はっ」


(つい返事をしてしまいました……)


 返事をしたらバレバレだということに気づき、はっとする。目の前の妖魔は、なかなか邪悪な気を漂わせている。妖魔にも、善性と悪性の存在があるが、目の前のソレは確実に後者だと直感した。底意地の悪い義姉と義母は、こういう邪悪な存在に好まれるのだ。


 逃げるようにその場を離れ、部屋に戻った。


 その日からちょうど一ヶ月後。義家族から虐げられる日々は終わり、公爵家に嫁いだ。



 ◇◇◇



「君を愛するつもりはない」


 出会い頭にそう告げたセイン。宣言通り彼はエレノアに一切の関心を示さず、仕事にばかり熱中していた。夫婦仲は希薄。寝室も別。交流といえば、たまに夕食を一緒に摂るくらいだ。しかし、二人のような冷えた関係は珍しいものではなく、政略結婚に愛がないのは、よくあることだ。


 公爵邸に来てからも、エレノアの不審な行動は使用人たちを困惑させた。誰もいないところで会話し、叫び声を上げたりした。


 しかし、セインだけは、気味悪がることはなかった。いつも冷静で、心の病なら適切な治療をと、その手の有名な医者を何人も招いた。もちろん、エレノアに効果はなかったのだが……。


 そんなある日のこと。


「わっ……!」

(花瓶が動いたかと思ったら、小人の妖魔でした)


 食堂でセインと食事しているとき。花が活けられた白い花瓶の横から、小人型の妖魔がひょっこりと顔を出した。言語能力はなく、ぽっぽ、という変わった鳴き声をしている。


 突然声を上げて不審がられていないかと、セインの顔色を窺う。彼は、他の人たちと違って怪訝そうにすることなく、淡々と言った。


「そこに、何かあるのか?」

(しまった……見すぎてしまったようです。それにしても、旦那様は私の行動を疑わないのでしょうか)


 セインは、エレノアが注視していた花瓶の辺りを確認している。そんな彼の反応が意外だった。


「いいえ。なんでもありません」

「……」


 セインは物言いたげにこちらを一瞥してから、「そうか」とだけ言って食事を再開した。彼はいつも、エレノアが不審な行動を取る度、嫌な顔をせず「どうしたのか」と尋ねてくれた。しかし、気味悪がられるのが怖くて、曖昧にはぐらかすことしかできなかった。


 秘密だらけで、形式のみの結婚生活。彼との関係はさることながら、夫人としての最低限の務めも上手く果たせずに失敗ばかりだった。体裁を守るため、時々夫婦揃って社交の場に出ることもあったが――


「なぁにあの人、さっきから挙動不審じゃない?」

「エーヴァルト公爵夫人でございましょう。気のおかしな方だと有名ですわ。家格は素晴らしいのに、夫婦揃って変わり者とは惜しいですわね」


 不思議なものが視え、時に彼らに絡まれるエレノアは、どこに行っても奇異の目が向けられた。


 公爵家の屋敷内でも敬遠され、実家を出てもエレノアの居場所はどこにもなかった。

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