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17/32

17.二度目の結婚、公爵夫人として振る舞います

 

 馬車に揺られ到着した王宮は、荘厳豪華だった。


 曲線の多いバロック風建築で、職人の熟練の技術が惜しみなく注がれている。細かなところまで装飾が施され、一つ一つが緻密だ。彫刻が並ぶ広い廊下は、歩くだけで目がくらむくらい華やかだった。


 広間の入り口となる扉が視界に入る。奥からオーケストラの生演奏が漏れ聞こえた。衛兵が扉を開き、公爵夫妻を中へと促す。


(お腹の下に力を入れて、真っ直ぐ立つ……。目線は下ではなく前に。それから顎は引いて……)


 頭の中でエリザベートの教えを反芻し、セインの腕に手をかけて広間に入った。


「見て。エーヴァルト公爵夫妻がお見えだわ」

「確か、公爵は最近夫人を迎えられたんだよな。社交嫌いで有名だが、あれほどの美丈夫だったのか」

「ご夫人の方もよ。ですが……見た目だけは良くても、内面の品格が備わっているかは――別ですわ」


 二人の登場に、人々がざわめく。こちらをちらちらと観察して内緒話をしているようだ。品定めされているようで、あまり良い気分ではない。まとわりつくような視線に萎縮していると、セインが耳打ちした。


「エレノア嬢。息はちゃんとしろ。窒息するぞ」

「ぷはっ」


 緊張しすぎて、呼吸をするのを忘れていた。セインに促され、大きく息を吸って吐く。酸欠で赤くなっていた顔から、赤みが引いていく。


 息を整え、背筋を伸ばす。指先も、歩くときのつま先も、抜かりなく所作は優美に。


「ま、まままま参りましょうか、旦那様!」

「……本当に大丈夫か?」


 足と手が同時に前に出るエレノアに、セインは小さく息を吐いた。後ろの大扉が閉められ、逃げ場はどこにもない。二人の姿を見かけた参集者たちが、興味津々で挨拶をしに来た。値踏みされるような視線にも笑顔で応じ、相槌を打った。どんなにひょうきんな見た目の妖魔が出ても、無視し続けて、完璧な夫人を演じ抜いた。これも、エリザベートの甲斐甲斐しい稽古のお陰だ。


「やぁ、二人とも。随分人気者だね」


 軽薄そうな笑みを浮かべて、声をかけてきたのはジフリードだった。白のテールコートに身を包み、髪を後ろに撫で付けている。彼は身を屈め、なぜか自らの頭部を指差して、エレノアに尋ねた。


「僕の頭、今日は大丈夫そう?」

「――頭?」


 はて、何のことやら。エレノアはきょとんと首を傾げた。しかしすぐに、髪型が似合うかどうか聞かれているのだと解釈した。


「はい! とてもお似合いなので、大丈夫だと思います」

「似合うとかある!?」


 ジフリードはぎょっとして、頭上を確認した。頭の上を見て、何があるのだろうか。そんな彼に対し、セインが苦言を呈す。


「妻にくだらないことを聞くな。その、君はまだ若いから、大丈夫だろう……恐らく、きっと」

「違うから! 僕が聞いたのは髪がどうかじゃないから!」


 確か、今の国王も先代も、先々代も、毛根の悩みを抱えていたというが。


 ジフリードは大変不服そうに口を曲げた。彼と取るに足らない話をしていると、オーケストラのワルツの演奏が始まった。ジフリードに、「踊ってきたらどうか」と提案される。


(つ、遂にこのときが来てしまいました。レッスンの成果を披露するときが……!)


 ごくんと喉の奥を鳴らす。前回の人生では、それはもう酷い有り様だった。セインの足を何度も踏むし、終いには、足がもつれて転んだ。俯いてばかりで、公爵夫人らしからぬみっともない姿を世に晒した。


 セインがこちらに手を差し伸べ、「俺と踊ってくれるか」と尋ねる。洗練されて落ち着いた所作に、一瞬どきりとしつつ、手を重ねた。


「はい、旦那様」


 ゆったりとした三拍子のリズムに合わせて、ステップを踏む。つま先を意識し、姿勢は良く。パートナーと呼吸を合わせて、ステップは軽やかに、ターンは柔らかく優美に。


「いい調子だ、エレノア嬢」

「ありがとうございます。旦那様のリードがお上手なおかげです」


 褒め言葉に照れくさくなって目を伏せると、セインは微笑ましげに笑った。堅物で気難しいと話題の公爵が、妻と仲睦まじげにしている姿は、皆に衝撃を与えた。


「見ました? 今、あの氷のような公爵様がお笑いに……。笑うと、凄く素敵ね……」

「夫人も、変わり者と聞いていたけれど、別に普通じゃない? 少し内気なようだけど」


 他方、周囲の噂が耳に入らないほど、エレノアはダンスに集中していた。あれほど練習を頑張ったのに、緊張していたせいか、二度もセインの足を踏んでしまい、その度に真っ青になった。しかし、エレノアの踊りが覚束なくなると、セインがさりげなく軌道修正してくれた。ようやく一曲が終わり、肩の力が抜ける。二人に惜しみない拍手が注がれた。


(なんとか一曲、完走できました)


 しかし。安心したのも束の間、聞き覚えのある高い声が鼓膜を揺らした。


「エレノア。あんたも来ていたのねぇ。久しぶり」

「……!」


 鼻を刺すような甘ったるい香水の香り。

 身体のラインを主張する細身のドレスと大ぶりな宝飾品。

 つり目がちな瞳を更に際立たせるアイラインと、真っ赤なルージュ……。こちらにつかつかと歩んできた彼女は、マーガレット・ファーナー。エレノアを虐げていた義姉だ。


(……お義姉様)

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