15.二度目の結婚、惚気けてもいいですか?
午後三時。ちょうどお腹も空いてきたので、応接間でエリザベートとティータイムにした。
芳醇な香りの紅茶を飲み、ラムレーズンのスコーンを食べる。スコーンは、外はさくさくで中はしっとり。ラムレーズンの酸味が、生地のほのかな甘みとよく合う。
「エリザベート先生。今日もありがとうございました。お疲れではありませんか?」
「お陰様でね」
「うっ……」
エリザベートが皮肉を込めて片眉を上げるので、苦々しく顔をしかめた。彼女は洗練された所作でカップを手に取り、一口口に含む。エリザベートはマナーや礼儀作法の講師として引く手あまただった。四歳になる子どももいて忙しいのに、エレノアのために時間を割いて来てくれている。
「わたくしはね、ただあなたに一人前の淑女としての嗜みを覚えてほしいだけですのよ。セイン様は名家中の名家のご当主。それに、見てくれだけは無駄に良いから注目の的になるのです。あなたに恥をかいてほしくないから、心を鬼にして厳しくしておりますの」
「先生のお心は、理解しております」
実家にいたころは、貴族令嬢でありながらまともな教育を受けさせてはもらえなかった。本の中に描かれる師弟の固い絆に憧れていたが、厳しさの中にある愛とは、こういうのをいうのだろうか。本番の夜会は、一ヶ月後。それまでに必要最低限の礼儀作法を身につけなければならないので、エリザベートの指導に熱が入るのは当然だ。
「それにしても、あの朴念仁に嫁がなくてはならないなんて、とんだ不運でしたわね。女性の繊細な心が分からないお方ですから、気苦労はお察しいたしますわ」
仮にも公爵であるセインを、朴念仁呼ばわりするとは、腹が据わっているというかなんというか。前回の人生のエレノアなら、納得して心の奥で頷いていたかもしれないが……。
エリザベートは、セインよりも二つ年が上。商業で財を築き叙爵された、最近飛ぶ鳥を落とす勢いの伯爵と結婚している。紫色のストレートヘアに、切れ長の美しい瞳。夜空に佇む月のような美貌を持つ彼女は、昔からセインを弟のように可愛がってきたという。親しい関係だからこそ、鋭い批判を言っても許されるのだろう。彼女は結構、豪胆で毒舌だ。
「……旦那様は、お優しい方です。先代公爵様の圧政で疲弊した民のために寝る間も惜しんで奔走し、時に私財を投げ打って貧しい者に施しをお与えになる。領民を愛する素晴らしいご当主です」
彼の情熱も愛情も、前回の人生で妻のエレノアに向けられることはなかった。夫の心はいつだって領民だけのものだった。
「領主としていくら素晴らしいとはいっても、家庭と仕事を両立してこそいい男というのでは? 政略結婚だろうとなんだろうと、妻を蔑ろにする男はろくでなしですわ。あなたたち、寝室も別、二人で外出もろくにしない、話すのは夕食のときだけなのでしょう? 彼は気の利いた贈り物の一つもできる人ではないでしょうし。それでは、不満が溜まりますわよねぇ」
かなり辛辣な評価だ。エリザベートは、セインがエレノアのことを蔑ろにしていると思っているようだが、そんなことはない。前回はエリザベートの想像するセインのままだったが、今のセインは、違う。
「……そんなことは、ありません。当然、政務を第一にされていますが、私にも心配りをしてくださいます。普通のご夫婦が、日頃どのように交流なさるのか分かりかねますが、私は旦那様と過ごせる日々の僅かな時間を、幸福に思っています。私はそれを、蔑ろにされているとは思いません」
「へぇ……」
彼女は頬杖を着いて、口の端を持ち上げた。
「あなた、セイン様のことがお好きなのね?」
「……!」
エレノアは目をまん丸に見開いた。エリザベートには、エレノアがセインのことを特別に想っているように見えているというのだから。
「まだ、分かりません」
「ふふ、そう。でも、だとしたらこの上なく厄介な相手ですわね。あの朴念仁、頭の固さと察しの悪さは天下一ですもの」
「……はい。分かっています」
「というか、セイン様、女性を好きになった経験なんておありなのかしら。あの堅物が女性に愛を語る姿なんて、全く想像できませんわ」
エレノアも同じことを思っていた。貴族の多くは、正妻の他に愛妾を作るが、セインは妾どころか女性の影一つなかった。
しかし、今は……。
エレノアは真っ赤に顔を染めて、ぼそぼそしながら呟く。
「……その……。最近旦那様に……あ、愛していると、言っていただき……ました」
「ブッ」
エリザベートは紅茶を吹き出し、喫驚した。
「――今なんと?」
つい惚気を口にしてしまったのは、迂闊だった。それからというもの、他人の色恋沙汰に興味津々な彼女に、根掘り葉掘りセインとの関係を尋ねられたエレノアだった。