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12.二度目の結婚、旦那様が優しすぎます

 

 二ヶ所目も、エレノアにとって納得できる土地ではなかった。そして、三ヶ所目。

 近くには市場や病院、理髪院といった設備が充実していて、立地は申し分ない。しかし、土地の中央に家一つ分くらいありそうな白い獣が佇んでいた。ふわふわの毛並みと尻尾。瞳は切れ長で美しい金色をしている。


(何か……神格に近い気配を感じます。ようし、あの妖魔に聞いてみましょう)


 人見知りのエレノアだが、妖魔見知りはあまりしないタチだ。セインを振り返って言う。


「少し、私から離れていてくださいませんか? 十メートルほど」

「……分かった」


 セインは指示に従って後ろに下がった。エレノアは白い妖魔の前にそっと出た。


「そこの美しい妖魔()……! あの、一つお尋ねしてもよろしいですか?」

『吾輩が視えるとは、珍しき人間。吾輩に何用かね?』

「ここに身寄りのない子どもたちのための施設を建てようと考えている者です。この場所は、子どもたちの安全が守られますか?」

『吾輩は、この土地一帯を長らく守護してきた。ここに住まうというなら、その子らも吾輩の庇護下に置こう』


 優美な白い獣は、神々しさを漂わせていた。エレノアはその妖魔は善性を持つ存在だと理解し、「そのときは、何卒よろしくお願いします」と頭を下げ、セインの方を振り返った。腕で頭の上に大きな丸を作って笑う。


「ここ、とても良い感じがします。凄く!」

「良いのか、磁場が」

「はい。磁場が良いです!」


 満面の笑みで彼の元に駆け寄る。


「ここで決まりだな」

「はい!」


 爽やかな風が優しく頬を撫でる。空気が澄んでいて、息を吸うのが気持ち良い。みずみずしい植物の匂いが鼻腔をくすぐった。エレノアは、未来にこの場所で暮らすであろう子どもたちを想い、両手を組んで祈りを捧げた。


(ここで育つ子どもたちが、健やかに、幸せに過ごせますように)



 ◇◇◇



 三件目の視察にて。エレノアに遠くで立っていてくれと促され、従っていると、彼女は頭上を見上げながら会話を始めた。距離があって話の内容を聞き取ることはできないが、確実に何者かとやり取りをしている様子だった。前回の人生の、何も知らないセインなら、その姿を見て、心配したり妙に思ったりしていたかもしれない。


 こちらを振り返って、手で大きな丸を作って知らせた彼女は、無邪気な子どものようだった。しかし、未来にやってくる子どもたちに想いを馳せながら祈る彼女は、妙に艶やかで大人びていた。


「旦那様は、祈りの力を信じますか」


 悟ったような表情でどこかを眺める彼女がそう尋ねる。


「確信がある訳ではないな」

「普通はそうでしょう。ですが人々は古来から、祈りの力で未来を切り開いてきたのですよ。祈りは病を治し、濁水を清め、枯れた土地を癒します。私は子どもたちに対して、祈ることしかできませんが、ささやかな祈りが力になるのだと確信があります」


 彼女が目を伏せると、長いまつ毛がアメジスト色の瞳に影を落とした。彼女がふいに語る智恵は、セインにも理解できないことがある。エレノアの曇りのない目が見据える、神秘的な世の摂理だ。


 セインは、どこか儚げな妻に言った。


「ならば、俺は君の幸福と平穏を祈ろう」

「…………!」


 自己肯定感が低く、周りに怯えていつも肩を竦めている彼女が、いつか前を向けるように。胸を張って歩けるように。


(また、らしくないと困惑させてしまうだろうか)


 エレノアは、セインが優しさを向ける度、困惑の色を見せる。確かにセインの今の姿は、流布している噂とも、本来の若かりしころとも違う。一度目の長い人生で寛容になり、わびさびの心が少し分かるようになったのだ。繊細すぎる彼女と向き合うために、一度目の人生の長い期間は必要だったのだと思う。


 そして彼女は、人から優しさを受け取ることに慣れていないのだ。すると、エレノアはアメジストの瞳から、涙をほろほろと流した。


「……エレノア嬢?」

「ごめんなさい、急に泣いたりして……。旦那様のお言葉が優しくって、とめどなく涙が零れるのです。ごめんなさい……っ」


 セインは手を伸ばし、彼女の陶器のような頬に手を添えた。涙を親指の腹で拭ってやりながら囁く。


「エレノア嬢。そういうときは――ありがとうと言えばいいんだ。謝られるより、ずっと嬉しい」


 思えば、彼女は何かと謝るくせがあった。前回の人生では、臆病な態度に腹が立つこともしばしば。きっと、彼女は知らないのだ。尽くし尽くされ、感謝の念で人が繋がっているということを。

 彼女の澄んだ瞳が細められる。ぎこちなくて、無垢な笑顔が言った。




「ありがとうございます、旦那様。私、とても幸せな気持ちです」


 彼女の微笑みに、胸の奥がつつかれる。甘美で温かな感覚――。今ならそういうのを"愛情"というのだと理解できる。


(本当に、俺の妻は不器用で純粋で……愛おしい女性だ。無垢な子どものようだったり、達観した大人のようだったり……幾つもの顔を見せる彼女から――目が離せない)

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