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10.公爵邸にお客様がいらっしゃいました

 

 この窮地、どう乗り切ればいいのだろうか。


 頭をフル回転させて考えた。突然一口分だけ減って、歯型が残っているババロアの言い訳を。怪奇現象が起こる不気味な館として、王子に誤解させてしまうのは公爵家の不名誉だと考え、そっと手を挙げる。


「……私が食べてしまいました」

「いやいや、嘘だよね。君も見たでしょ? 今、突然一口分欠けたの。この家、もしかしているんじゃ――」


 悪しきモノはどこにでもいる。しかし、公爵邸が不気味な場所として噂されたら、公爵家の品位に傷がついてしまうかもしれない。万事休すか――


「――ねずみ」

「へっ?」

「早く駆除した方がいいよ? 奴らはすぐに繁殖するから」


 エレノアは思わぬ反応に目を瞬かせた。


(そうでした。普通の人は、何かおかしなことが起きても、人ならざるもののせいだとは考えないのですね)


 世の中には、妖魔やそれ以外の人ならざるものの影響を受けて起こる事象が存在する。しかし、ジフリードはすっかりねずみの仕業だと思っているようで、辺りをきょろきょろ見渡している。見渡したところで犯人は見つからない。――なぜなら、犯人はジフリードの頭の上に座っているのだから……。


(ロロったら、殿下の頭に座るだなんて、とんだ無礼を……。もし人間だったら、大逆罪で断頭台送りになりますよ)


 ロロは素知らぬ顔を浮かべている。エレノアはつい、ジフリードの頭上にばかり視線が向いてしまった。やたら見ては不審がられると分かっていても、何をしでかすか分からないロロが気になって仕方がなかった。


「何、エレノアちゃん。僕の頭に何かいるの?」

「はい……。――っではなく、いえ! 何もありません」

「……」


 すると、セインがババロアにフードカバーをかけ直して言った。


「……これは後ほどいただく。ねずみについては、近く屋敷の者に申し付けておくとしよう」

「えっ、それ食べるの? やめときなよ、ねずみの口内は病原菌だらけだよ」


 それを聞いて、ジフリードの頭上のロロが怒る。


『失礼な人間め。オレっちの口内に菌はいない。人間と違って、肉体がないからな!』


 ロロがジフリードに代弁しろとぎゃあぎゃあ騒いだが、エレノアは無視した。


「……私、これで失礼させていただきます。お取り込み中のところ、お邪魔してすみませんでした」

「えー、もう帰っちゃうの? 若公爵の仕事、見ていったらいいのに」

「!」


(旦那様の、お仕事……!)


 貴族は、部下に領地経営や政務のほとんどを丸投げし、政治に関わらないのが普通だ。しかしセインは、自分が中心になって政治に取り組み、その有能ぶりも高く評価されている。前回の人生で、『君を愛することはない』と宣言した背景には、先代の悪政で疲弊した領地を改革することに躍起になっていたことがある。――自分のことも、家庭のことも省みないほどに。


 そんな有能公爵の仕事を見学させてもらえるなんて、滅多にない機会だと、エレノアは目を輝かせる。セインは嫌がらず、執務机の前に来るように促した。机の上には、難しそうな書類が山積みになっている。


「……公国の地図に、孤児院設立の嘆願書……?」

「ああ。今は認可を行っている最中だ」


 有志団体の寄付で新たに設立される孤児院。運営を行う組織の認可を行っているようだ。地図の中に、赤い印が付けられている。恐らくここが建設予定地だろう。すると、上からロロが覗き込んで言った。


『ここに孤児院を建てるなんて、イイ趣味してるな、旦那サマ』


 それはどういうことだと目で尋ねると、ロロがふんと鼻を鳴らす。


『そこらはオレっちのお散歩ルートだが、陰気で、悪いモンがうじゃうじゃいるのさ! 捨てられたガキの負の感情は、奴らの大好物なんだぜ?』

「……!」


(まぁ……大変!)


 エレノアの体から、さーっと血の気が引いていく。悪い妖魔が集まっている場所では、子どもたちの健全な成長の妨げになってしまうかもしれない。それは絶対に駄目だ。


「旦那様、なりません!」


 机に両手を着き、身を乗り出して懇願する。セインは困惑した。


「どうした、急に」

「その赤い印の場所は、物凄く磁場が悪いです。子どもたちにとってよろしくない臭いがむんむんします!」

「……むんむん?」

「はい」

「その根拠は」


 エレノアは押し黙った。目の前にいる妖魔が教えてくれたと言っても、信じてもらえるはずがないだろう。エレノアは逡巡に逡巡を重ね、枯れた声を絞り出すように、自信なさげに言った。


「……私の十七年の人生の勘です」


 全く信ぴょう性のない根拠だ。ロロが上で、「なんだそりゃ、あひゃひゃ!」と、小馬鹿にしたように笑っている。エレノアは弁が立たないので、こういうときは困りものだ。ジフリードも笑いかけているが、セインは真摯だった。


「それを信じるとして。他に三つ、土地の候補がある。君はどこならいいと思う?」


 セインは地図の中に三つのレ点を入れた。エレノアはロロに答えを求めたが、彼はつまらなそうに返した。


『その場所は知ーらね。オレっち、もう飽きたから帰るぞ』


(もう……肝心なときに役に立たないんですから……!)


 姿を消したロロに、心の中で抗議する。


「ごめんなさい。判断しかねます。……直接その場所に行けば、何か分かるかもしれませんが」


 どの場所にも妖魔は存在する。そこにいる彼らの気質を調べれば、土地の善し悪しも判断できる。


 突拍子もない話だったが、信じてくれたのか、ジフリードは楽しそうに口角を上げた。


「じゃ、二人でデート(※視察)でもしてきたらいいんじゃない?」

「!? そ、そそそんな……旦那様とデート(※視察)だなんて、恐れ多くてできません……」

「君ら、夫婦なんだよね?」

「そうでした……」


 エレノアはあわあわしながらセインの顔色を窺った。彼は無表情のまま、淡々と言った。


()()、共に来てくれるか、エレノア嬢」

「……! はい。ご迷惑でなければ」

「迷惑なはずがないだろう。何しろ、君が十七年の人生で培ってきた、熟練の勘とやらをあてにさせてもらうのだからな」

「……からかわないでください、旦那様」


 セインは、片眉を上げて意地悪な表情を浮かべた。その横で、ジフリードが笑いを耐えている。


(孤児院建設地選び……。重大任務です、頑張らなくては)

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