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01.二度目の結婚、旦那様の様子が違いすぎでは??

 

 二度目に訪れた公爵邸は、一度目のときと変わらず絢爛豪華だった。


 敷地は広大。色調豊かな花々が花壇に植えられ、精巧な白亜の彫刻がいくつも佇んでいる。石畳の道の脇には、丸く整えられた木の茂みがずらりと並ぶ。


 屋敷に入ると、大勢の使用人たちが恭しく礼をして出迎えてくれた。磨きぬかれた大理石の床に、頭上高くに輝くシャンデリア。――全て、()()()()()で見ていたものと同じだ。


「――待っていた。エレノア・ファーナー嬢」


 低く艶のある声が鼓膜を揺らす。同時に、エントランス奥の螺旋階段を歩く靴音がする。その声の主が誰なのか、エレノアはすぐに理解して顔を上げた。


(お久しぶりです。……旦那様)


 心の中でそう挨拶する。初めて会う相手に『久しぶり』だなんて、口に出したら不審に思われてしまうだろう。しかし、エレノアにとっては、彼と久々の再会だった。なぜなら、エレノアはセインの妻として一度死に、同じ人生をやり直しているのだから……。


 セイン・エーヴァルト。これが目の前に立つ男の名前だ。年齢はエレノアより七つ上の二十四歳で、若くして先代から公爵位を継いでいる。貴族の中では珍しく、自らが率先して領地経営に取り組んでいる彼。部下たちからは有能さを高く評価され、領民には慕われている。


 センターパートにセットした爽やかな黒髪に、長いまつ毛が縁取る青い瞳と形の良い唇。全てのパーツが整い、完璧な位置に配置されている。


 片足を引き、淑女の礼を執る。


「お初にお目にかかります。ファーナー侯爵家より参りました、エレノアです。どうぞよろしくお願いいたします」


 スカートを摘む指先も、声も震える。エレノアは人並み以上に気が小さいのだ。深く腰を折って反応を待っていると、彼がすぐ近くまで歩んできた。


「顔を上げてくれ、エレノア嬢」

「は、はい……旦那様」

「はるばる御苦労だった。長旅で疲れただろう、部屋でゆっくり休んでくるといい。詳しい話は夕食の際にしよう」

「へっ?」


 驚きのあまり、淑女らしからぬ間の抜けた声を漏らす。すぐに口元を両手で覆い隠すが、零した声を取り消すことはできない。


(一度目のときは、「君を愛するつもりはない」と開口一番おっしゃったはずです。……それに、もっと冷たいお顔をされていました)


 たった今対峙しているセインは、柔らかな眼差しでこちらを見下ろしている。表情だけではなく、こちらを労るような口ぶりだ。前回は、エレノアのことを突き放す態度を取っていたはずの彼が、随分様子がおかしい。


「何か気になることでも?」

「い、いえ。お言葉に甘えさせていただきます」


(何はともあれ、馬車に酔ってしまっていたので、休めるのはとてもありがたいです)


 エレノアは酔いやすい体質だった。一度目のときは、セインに迷惑をかけないようにいつも我慢していたのを覚えている。具合が悪いのに無理をしすぎて、出先で吐いてしまうこともしばしば。


 内心でほっと安堵していると、彼が穏やかに微笑んで言った。


「本当に……よく来てくれたな。――君を歓迎する」

「えぇっ!?」


(あの無表情な旦那様がお笑いになった!? 私のことを歓迎!?)


 ぎょっとして一歩後退する。エレノアの記憶では、セインはいつも鉄面皮で笑うような人ではなかった。そんな彼が笑顔を向け、あろうことか"歓迎する"などとのたまっている。


 ――これはもしやと思い、恐る恐る尋ねる。


「あ、あの、旦那様……。もしや、何か悪い物でもお食べになったのではありませんか? 例えば――道端に生えているきのこを(つま)んだとか」

「そんな意地汚い真似はしない」

「で、では、どこかで頭を打ったとか……。ほら、思い出してくださいませ。今朝はちゃんと寝台の上で目覚められたのですか? 寝台から落ちた拍子に頭をぶつけたのでは」

「今までに一度もそのような粗相をしたことはない」


 そう言われても、あまりの変貌ぶりに戸惑いを隠せない。何か良からぬ病にでも罹っているのではと思案を巡らせていると、彼がため息をついた。


「俺が親切にすることが、そんなにおかしいか?」


 セインは、気難しくて愛想のない変わり者と社交界で噂されている。エレノアの場合、前回の人生で、噂通りの彼を目の当たりにしているので、尚更今の態度が意外だった。


 しかし、今回の彼は何かのきっかけで、自分の振る舞いを省みたのかもしれない。何事に対しても疑いから入ってしまうのは、悪い癖だ。エレノアは首を横に振り、俯いた。せっかくの善意を疑い、きっと不愉快になっているだろう。


「失礼な態度を取ってしまい、ごめんなさい。お噂と違うご様子に、少し驚いてしまったのです。お気を悪くしてしまい、本当に申し訳ございません……」

「エレノア嬢、そう萎縮しないでくれ。君を責めている訳ではないから」


 おずおずと視線を上げると、彼は優しげな表情をしている。前回の人生では、何をしても彼から返ってくるのは凍えるような表情ばかりだったというのに。


 エレノアは安心して、頬を弛めた。


「お心遣い、ありがたく頂戴させていただきます」

「ああ。これからよろしく頼む」

「は、はい。どうぞお手柔らかに……」

「ふ。対戦でも挑まれているようだな?」


 くすりと微笑ましげに笑った彼を見て、やっぱりぎょっとして数歩後ずさる。そんな臆病で猜疑心の強いエレノアを、「取って食ったりしないから、そう怖がらなくていい」と、彼は懲りずに優しく宥めてくれた。


 ――こうして、エレノアとセインはと二度目の"初対面"を果たしたのだった。


(二度目の結婚、旦那様の様子が違いすぎでは??)

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