序話 希代の悪女メリッサ(6)
頭がぼーっとして身体が重い。
昨日からずっとアリシアはこんな調子だ。
午後になって末の弟のレオが、侍女の一人を伴って、「僕の部屋でお茶しませんか?」とやって来た。
断る理由もないし、昨日の一件でアリシアは、自分の部屋がある階から、他に出る事を禁じられてしまい、やることもなかったので、レオの誘いを承諾した。
だが、立ち上がった瞬間、身体がふわりとして、よろめいた。
その様子を見たレオは、連れてきた侍女にお茶の道具一式をワゴンに乗せて持って来るよう命じた。
急遽お茶は、アリシアの部屋で取る事になった。
レオは、結構紅茶に煩い。
「自分でやるから」と言って、お茶をサーブしながら、独り言のように喋り始めた。
「知ってる?姉様。レモンバームは初夏に小さな白い花を咲かせて、香りもいいから人気のあるハーブだけど、地下茎を伸ばして、こぼれた種でも増えていくから、気づいた時には、庭一面がレモンバームに侵食されてしまうんだ。
…そうそうレモンバームってね」
と言うと、並々と注がれた紅茶のカップをアリシアの前に置き
「別名メリッサっていうんだ」
と小声で囁いた。
それは、レモンバーム(メリッサ)を揶揄しながら、聖女メリッサの事を言ってるのか?
メリッサに侵食される
この宮殿が?
「レオそれは」
とレオの顔を見た瞬間、レオの手が紅茶ポットにあたりポットがひっくり返った。
テーブルだけでなく床まで紅茶まみれになり、部屋にいた侍女達が大急ぎで後始末をする為の道具を取りに出ていった。
その隙を待ち構えてたように、レオが紙切れをアリシアに手渡して目配せした。
「ああ、ごめんなさい。お茶を台無しにしてしまったね。それじゃあもう僕は部屋に戻るよ。又今度ね、姉様」