眼帯のベテラン冒険者ガゼル
・ガゼル : ベテラン冒険者。主人公♂、赤髪
・ホルン : 駆け出し冒険者。雑用、銀髪
・ジャッカルの牙 : 駆け出し冒険者たち3人。カーツ、ダーツ、バーツ、全員♂茶髪。
「……ちっ、こっちは行き止まりか。おい、ホルン。死にたくなけりゃあ壁を背にしてリュックを盾代わりにしてろ」
T字路を曲がった先は、一方通行の行き止まり。
通路の先からは、人の背丈の倍はある巨体で、丸太のような鉄の棒を持つ、トロールと呼ばれる巨人。
「……ふむ、ガキどもはさっさと逃げたか。……まあ、こっちに来るのなら、都合がいいか」
T字路交差点に差し掛かった際、先行して逃げるチーム「ジャッカルの牙」の3人が罠に引っ掛かり、天井から鉄格子が降ってきて分断され、仕方なく曲がった先は、行き止まり。
トロールが、初級ダンジョン「小鬼の園」に出るという情報はない。
間違いなく、イレギュラーの発生だった。
柔らかくぶ厚い贅肉の鎧が衝撃を逃がし、多少の傷は見る間に回復してしまうというトロールは、炎の魔法で倒すのが定石とされていた。
しかし、ガゼルもホルンも、魔法など使えなかった。
普通なら、絶体絶命のピンチ。
…………しかし、
「…………へへ、久しぶりの大物だな……。食いがいがありそうだ……」
ガゼルは、不敵に嗤い、右目を覆う眼帯を取り払った。
「…………さあ…………死合おうか…………デカブツぅっ!!」
トロールの咆哮が洞窟型ダンジョンに響き渡り、そして…………。
※※※
※※
※
「よう、ガゼルさん。俺たち今日ダンジョンに挑むんだ。よかったら手伝ってくれよ」
冒険者ギルドに併設されている酒場で食事していたガゼルに声をかけた生意気盛りの少年冒険者たち3人は、「ジャッカルの牙」をチーム名にして活動していた。
その勢いは、破竹の……とまではいかないが、順調に功績を積み上げていた。
その理由の一つが、長めのショートヘアでメガネをかけている線の細い少年、ホルンをチームに入れ4人体制となったことだと噂されていた。
事実、3人の時はうだつの上がらない……とまではいかないが、順調とはいえず、その日の宿代も苦労していたくらい。
それが、荷物運びや雑用としてホルンをチームに入れてから、メキメキ……とまではいかないが、少しずつ実力をつけているのだから、誰の目からみても明らかといえた。
もちろん、礼儀より虚勢と実績が大事と思っているジャッカルの牙の3人は、その事実を認めようとしていないが。
冒険者としても先輩で、年齢も10は上のガゼルからしてみれば、ベテラン冒険者を臆することなく誘うオレカッコイイ! な態度の小僧3人のことは、むしろ微笑ましいとすら思えるくらいだった。
「いいぜ。報酬はもめないように、そっちで恐縮してるメガネも含めて5人で山分け。問題ねぇな?」
挑むダンジョンなど詳細を確認してから同意を交わすガゼルと3人。
「おっし、契約成立。じゃあさっそくいこうぜ」
「まあ座れ。食うもん食ってからな。緊急事態でもないのに残したら、食いもん粗末にするな! とマスターからどやされるぞ」
酒場内から笑いが起こる。
冒険者は体が資本。冒険の基本は食事と睡眠と準備。
そう公言する酒場のマスターが出す食事は量が多い。
ガゼルが「遠慮なく食え」と言えば、3人は本当に遠慮なくがっついてあっという間に完食してしまった。
……その間、大きなリュックを背負ったままのホルンは、次々と無くなっていく料理をただ見ているだけで、一人だけ遠慮していた。
「マスター、5人分の食料と水筒」
「ほらよ」
ガゼルが酒場の主人に声をかければ、すぐさま注文の品を寄越す。
料金はガゼルがまとめて支払い、3人に請求しないのも先輩から後輩への支援の一貫として知られていた。
「じゃあ、準備はいいな? 移動しながら軽く自己紹介するぞ……の前に、お前さんはこれを食ってからな」
先ほどから自分用に取っておいた豚の腸詰めと野菜を挟んだ総菜パンをホルンに渡すガゼル。
自分達はしっかりと朝食を摂りながらも、まるでホルンだけひいきしているようにも見えるガゼルに、物欲しそうな視線を向ける3人。
「冒険者の基本は?」
「「「食事と睡眠と準備」」」
「よろしい。……ほら、遠慮しないで食え」
しかしガゼルは取り合わず、線の細いホルンはあまり食事を取れていない……つまり、ジャッカルの牙の3人からきちんと報酬をもらえていないと踏んで、ちゃんと食べさせることを選んだ。
チーム「ジャッカルの牙」の3人は、カーツ、ダーツ、バーツ。
実績を積んでいるとはいえ、まだ駆け出しといえる3人は、厚手の布の服の上から革の胸当てを着けているだけで、防具にあまり頓着していない。
代わりに、扱いやすく威力も充分な片手用の斧を使っている。
それに対しホルンは、服だけで胸当てすら着けていないが、腰に幅広のベルトを巻き、鞘付きの鉈を武器に、採取用のナイフやハサミをベルトに差していた。
背中のリュックが重そうだが、意外にしっかりとした足取りで心配はなさそうだ。
ガゼルは、背中に片刃の大剣を背負っているが、ダンジョンで振り回すには向かない時もあるため、右の腰には投げナイフを、左腰にはショートソードと鉄の棒を1本ずつ差している。
顔以外肌を出さない魔物素材の衣服・手袋・靴は、それだけでも鉄の鎧より堅牢にして軽量。その服の上から、鎧に手甲に脚甲。動きやすさと防御力を兼ね備えた、ベテランらしい堅実な装備といえた。
……その、ガゼルの右目には眼帯が着けられていて、ベテランの戦歴を感じさせていた。
向かう先は、駆け出しの登竜門と言われる初級ダンジョン「小鬼の園」。
後輩たち4人の装備でも、深い階層まで進まなければ危険はないと思われた。
……それも、後輩4人の実力次第といったところだが。
洞窟型のダンジョン内部に入ると、最初に明るい広場があり、そこには魔物は出現しないし地下から追いかけてこないといわれている。
洞窟内であるにもかかわらず、昼間のように明るい広場の奥には地下へ下る階段が。
階段を下りきれば地下1層。魔物が徘徊する危険地帯になる。
ここには、レッサーゴブリンという、獣のように毛が生えた動きが鈍く頭も悪い劣等種のゴブリンが出てくる。
武器があれば子どもでも倒せるとさえいわれるが、その力は人間の大人に匹敵するとも。
レッサーゴブリンが姿を現せば、ジャッカルの牙の3人は、事前の戦闘の打ち合わせを無視してバラバラに動き、それでも問題なく蹴散らしていた。
戦闘が終われば、ホルンが討伐証明部位の左耳をナイフで切り取り、リュックから取り出した袋に入れて袋をベルトにひっかけていた。
目指すは地下3層。
粗末な造りの木や石の武器や、錆びたり刃が欠けたりしている銅や鉄の武器を持ったゴブリンが出現する階層。
そのゴブリンどもが持つ金属製の武器は、そのまま使うこともできるし、町へ持って帰れば金属くずとしてそれなりの値段で引き取られることもあり、ある程度実力の付いた駆け出しには狙い目の場所といわれていた。
中には、革製の鎧や鉄の鎖帷子を着ているゴブリンも確認されており、それらの防具は身長1メートルほどしかない小さい体のゴブリンから得られるにもかかわらず、体格の違う人間の大人でも着ることができるようにサイズの変わる魔法が掛けられているといわれていた。
魔法の武器や防具は、通常の金属製の武器防具よりはるかに高値で取引される。
そのように、魔法が掛けられた武器や防具を求めてダンジョンに挑むものは多い。
しかしながら、魔法の装備はそう簡単に出てくるものでもない。
だんだんに、かかった時間・日数・労力に対しての収益が釣り合わなくなってくる。
そのために、今の時期はライバルはあまり多くはないというのが事前の予測だった。
その事前の予測通りに状況は進むものの、ゴブリンを見つけたら敵が何体であっても突っ込んでいく3バカがあまりに無謀で、ガゼルは休憩を兼ねてベテラン冒険者として3バカに説教を2度するはめになった。
その後は3層で戦闘を続け、ゴブリンが持つ鉄のナイフや鉈、銅のメイスや剣などを確保。
木の棒やこん棒、石の斧や木の盾なども、持ち帰れば冒険者ギルドが引き取ってくれる。
金属製品とは違い値段自体は労力に見合わない安さだが、新たに冒険者となった新人たちに無償で配布するために持ち帰りを推奨されていた。
「ガゼルさん、それが、魔法のバッグなんすね。カッケェー!」
3バカのうち1人が騒ぎ出すと、残りも騒ぎ出したために、ガゼルは低い声で威圧した。
「ダンジョン内では?」
「「「警戒を怠るな」」」
「よろしい。騒ぐなよ。ガキじゃあるまいし」
これからの新人のために、木製石製の武器や盾を、後ろ腰に着けた魔法のバッグに入れながらも、背伸びしたい年頃の少年たちに冒険者の心得を復唱させる。
魔法のバッグとは、見た目より多くの荷物を容れて運ぶことができる便利な道具で、満杯まで容れても重さが増えない優れものだ。
ベテラン冒険者の必須アイテムとされ、いずれ自分達もと興奮を隠せない3バカは、叱られながらもキラキラとした目でガゼルを見るのだった。
……そんな、時だった。
「伏せろ!」
叫ぶガゼルととっさに伏せる4人。
伏せた4人の頭上を高速で通過していく、ゴブリン。
ぐしゃり、と肉の潰れた音が鳴った反対方向から姿を現したのは……。
「……と、トロール……? どうして、こんなところに……?」
ホルンが、震えた声で震えながら言う。
大人の背丈の倍はある巨体で、禿頭にでっぶりと太った腹、丸太のように太い手足、獣の皮のようなものを腰に巻き付けて、片手に丸太のように太い鉄の棒、片手にゴブリンの頭を持ち、見せつけるようにゴブリンの頭を口に入れて音を立てて噛み砕いていた。
「ひいぃぃっ!?」
「冗談じゃねぇっ! どうして!?」
「い、いやだ、死にたくねぇっ!?」
ジャッカルの牙の3人は、それぞれ悲鳴を上げ一目散に逃げ出した。
重い荷物を背負うホルンは立ち上がるのが遅れて、ガゼルに手を引かれてようやく立ち上がり、共に逃げ出す。
ベテラン冒険者のガゼルであっても、トロールが相手では分が悪い。
単純に、パワーが違い過ぎるのが理由だが、他にも、トロールはぶ厚い脂肪の鎧を身に纏い、打撃にはめっぽう強い。その上、多少の傷は見る間に回復してしまうという特性も持ち合わせていた。
同じダンジョン内でも、通路ではなく広い場所でなら、回避しつつ背中の大剣で斬り捨てることはできる。
しかし、それほど広くない通路では、上手く回避ができない場合が多く、いくらガゼルがベテランの冒険者であっても、トロールのパワーで殴りつけられたなら命の危険がある。
だから、今は、
「逃げるぞ。3バカを迷わず脱出させ情報を持ち帰らなきゃならん」
「わ、わかりましたっ!」
逃げる3バカにはすぐに追い付き、道順を指示しながら走るが、トロールは巨体であるがゆえに、1歩1歩が長く大きい。
そのため、充分に引き離すことができず、T字路に差し掛かったところで3バカが罠に引っ掛かり、天井から鉄格子が降ってきて分断されてしまった。
仕方なく、T字路を曲がった先は、一方通行の行き止まり。
「……ちっ、こっちは行き止まりか。おい、ホルン。死にたくなけりゃあ壁を背にしてリュックを盾代わりにしてろ」
通路の奥からは、ニチャリと嗤う、丸太のような鉄の棒を持つ、トロールと呼ばれる巨人。
「……ふむ、ガキどもはさっさと逃げたか。……まあ、こっちに来るのなら、都合がいいか」
トロールは、炎の魔法で倒すのが定石とされていた。
しかし、ガゼルもホルンも、魔法など使えなかった。
普通なら、絶体絶命のピンチ。
…………しかし、
「…………へへ、久しぶりの大物だな……。食いがいがありそうだ……」
ガゼルは、不敵に嗤い、右目を覆う眼帯を取り払った。
「…………さあ…………死合おうか…………デカブツぅっ!!」
トロールの咆哮が洞窟型ダンジョンに響き渡り、そして…………。
ガゼルは背中の大剣を抜刀、一気に距離を詰める。
対するトロールは、意外なほど俊敏な動きで鉄棒……ほとんど鉄柱……を振り下ろす。
離れた位置から見守るホルンにも、ガゼルはトロールの一撃で叩き潰されてしまったように見えた。
しかし、突進の勢いを無視したかのような高速バックステップで振り下ろされた鉄柱を回避したガゼルは、その名の如く強靭な脚力で高く速く飛び上がり、トロールの頭目掛けて大剣を振り下ろした。
「おおおおおぉぉぉっ!!」
トロールもまた首だけを動かし頭への致命傷を避けた。その代償としてガゼルの大剣が右鎖骨を斬り裂き体にめり込む。
……それでも、トロールはニチャリと嗤った。
大剣という最大の武器をもってしても、トロールは死ななかった。
その事実に、勝利を確信し、強敵を捕まえ握りつぶすべく、最大最速で左手を伸ばし、
「《魔眼》、発動」
大剣を蹴って飛び上がり、上下逆さまになりながら腰の魔法のバッグから槍を取り出し、天井を蹴って真下へ加速、発動した右目の《魔眼》によってトロールの急所を正確に見極め一瞬で狙いを定め、
「見えたぞ。お前の《死》が」
心臓を貫き、言い放った。
どすん、と地響きを立てて倒れるトロール。
ホルンには、速すぎて終始訳が分からなかったが……。
「……あ、この眼、ナイショな?」
イタズラが見つかった子どものような表情のガゼルを見て、
「……はい、分かりました」
朝の、総菜パンをもらった時のような、微かな笑顔を見せた。
冒険者は、主にダンジョンで何らかの異変を察知したなら、速やかに帰還して冒険者ギルドに報告する義務がある。
そうすることで、他の冒険者の被害を少しでも減らすために。
しかしながら、仲間を見捨てて逃げることは恥とされていた。
時と場合にもよるが、基本的に1人では死んでしまうことが多いため、ソロは推奨されないし、誰だって死にたくないから、死なないために群れる。
なのに、不利になったとたん仲間を見捨てて逃げるようでは、信用されなくなっても仕方ないとされていた。
情報を持ち帰るにも、逃げた先で1人になり、死んでしまっては意味がない。
だから、信頼し合える者たちとチームを組み、数を補うために他の少人数のチームやソロの冒険者に声をかけて徒党を組み、死なないようにする。
声をかけた側の冒険者には、発起人として責任が発生する。
ベテラン冒険者と荷物持ちを見捨てて自分たちだけ逃げた「ジャッカルの牙」の3人は、評判と勢いを落とすことになる。
また、3人は、これまで引き入れたホルンに充分な報酬を分け与えないことが何度もあったことも発覚。
ある程度貯めていた貯金をホルンに渡すことで犯罪者にはならなかったものの、懲罰としてしばらくの間無償奉仕することとなった。
ガゼルは、ホルンを引き取ることになった。
目立ちはしないものの、ぶれない体幹や足音を小さくする歩き方、罠の発見や敵の察知など、斥候としての才能を見抜いたこともあったが……。
「なあ、ホルン。お前さん、男の姿でいられるのは、どういうカラクリだ?」
ガゼルに問われたホルンは、驚きを隠せず目を大きく見開いて固まった。
……そのまましばらく無言でいたが、観念してため息を吐きポツポツ語り出す。
「……ぼくの母の形見です」
ホルンが左手の指からなにかを引き抜く動作をすると、右手の手のひらに強い魔法が込められた宝玉のはまった指輪が姿を現した。
そして、ホルンは、身長はそのままでも、胸は年齢相応の膨らみに、ショートヘアのくすんだ銀髪は輝くようなロングヘアに。
「悪しき者から守ってくれるようにと、この《反転隠れの指輪》を、ぼくに」
「そうかい。親御さんは?」
無言で首を振るホルンを見て、ばつの悪そうに頭をかくガゼル。
「悪りぃこと聞いちまったな……。よしっ」
ぱんっ、と膝をたたく音にびっくりするホルンを見て、きれいな銀髪をくしゃくしゃっと雑に撫でてやってから、
「これも何かの縁だ。しばらくの間といわず、お前さんが冒険者を引退するまで面倒見てやろう」
「……えっ? ……でも、それは」
大人として、冒険者の先輩として、男として、責任を果たすと宣言するガゼル。
……その意味を曲解して、顔を真っ赤にするホルンが本当の意味を知ってむくれるのは、もう少し後の事だった。
・反転隠れの指輪 : 指にはめることで、男性なら女性に、女性なら男性に、性別を反転させる魔法が込められた指輪。
はめている最中は指輪は他の者から見えなくなるため、偽装する能力が非常に高いといわれている。