コミックス1巻発売記念SS
時系列は1巻6話、南部都市セルゥが封鎖され、外出制限が出されている間のお話です。
「ルーク、ちょっと聞いてください! 私、ぼったくられてたみたい!!」
ルークの部屋をノックし、返事も聞かずに突入した美波は叫んだ。
ここ南部都市セルゥではインフルエンザっぽい流行り病『時の気』が流行しており、領主によって外出制限が出されている。
今は制限開始から2週間が経っていた。
「まだ入っていいとは言ってねぇ。……でぼったくりってなんだ?」
「ここの市場って値札がないじゃないですか。だから買う時は『いくらですか?』って聞いて言われた値段を払ってたんです。でも今日他のお客さんの買い物を見てたらお店の人は最初から私の時より安い値段を言ってるし、しかもお客さんは値切ってさらに安くしてるし!」
美波はハンカチでも引きちぎりそうな勢いで悔しがっている。
『ここの市場』とは、滞在しているこの宿から一番近いところにある市場のことだ。
ここの宿は比較的安い割には綺麗で美波は気に入っているが、欠点は提供されるご飯のレパートリーが少ないことだった。
美波は滞在2週間を過ぎたあたりから宿のご飯に飽き始め、市場で食材を買って日に一度は自分で料理をしていた。これは節約も兼ねている。
ちなみに、なるべく外出せずに済むように、食材は魔法で作った氷を木箱に入れ、そこに保管している。
「あー、ここらの市場はそういう昔ながらのやり方で商売してるな」
ルークは美波の剣幕をよそにさらりと言った。
「昔ながら?」
「30年くらい前まではどこの市場でも買いもんってのはそういうふうにしてたらしい。店主は相手を見て売値を言う。客は品物の質と相場を踏まえて買値を言う。で、交渉の末に値段が決まる。お前は見た目が外国人だから相場も知らなさそうだって吹っかけられたんだろ」
ルークにバッサリ切り捨てられた美波は白目を剥いた。
「……私、お金ないのに……。外出制限で冒険者ギルドの依頼が受けられないから疫学調査でもらった報酬を切り崩して生活してるのにぃぃ!」
美波は泣き崩れた。涙は出ていないが。
「……そんなに金ねぇの?」
「このままいけば、あと5日でご飯抜き生活です……。いつまでこの制限が続くか分からないし……」
「UNO買わなきゃよかったんじゃねぇの?」
「それは言わないお約束! あぁぁどうしよぉぉ」
「ったく。宿で皿洗いの手伝いとかで雇ってもらえば?」
「それだ! さすがルーク。さっそく頼んでみる!」
美波はバタバタと階下に下りて宿の店主を探した。
しかし階下の食堂や受付に姿はなく、歩き回って探したところ、3階__美波達が宿泊する部屋の上の階の廊下で掃除をしていた。
「あの、店主さん」
「おぉ? なんだ?」
美波が声をかけると箒で床を掃いていた店主が顔を上げた。
「ここで働かせてください!」
「おぉ?」
「ここで働きたいんです!!」
美波はイエスと言われるまで粘るつもりだった。しかし、
「助かる!」
厳つい顔の店主は二カリと笑って二つ返事で了承した。
「いいんですか?」
「あぁ、外出制限と港湾の閉鎖でこの街に閉じ込められた商人や旅人でどこの宿も満員御礼。ウチも客を受け入れられるだけ入れたから手が回らなくてな。ホントに助かるよ!」
こうして魔法で口チャックされることも、名前を奪われることもなく、すんなり働き口が見つかった。
時間は昼食終わり。まだ手をつけられていない使用済みの食器が炊事場にたんまりあるということで、美波はそこに派遣された。
洗い場には水に漬けられた洗っていない食器がギッチリ詰まっていた。
美波は置いてあった固形石鹸をスポンジにつけて食器を洗い始める。
しかし天然素材で作られた石鹸は洗浄力が弱く、油汚れや食器のぬめりが取れない。
(食器洗い用洗剤ってすごかったんだなぁ。お皿も多いし、食洗機が欲しい!)
そこで美波は魔法でなんとかできないだろうかと考えた。
(とりあえず魔法で洗ってみる?)
「水球!」
左手に皿を持ち、右手から水の塊を出してぶつけた。
がしゃん!
水球の威力が強すぎて皿が割れた。
(やっ、やっちゃった……)
あとで店主に謝ろうと今は心の中で詫び、反省点を考える。
(水球だと威力の調整が難しい。威力がないと油汚れは落ちないし、上手く調整できるようになるまでお皿が何枚犠牲になるか分からない……。そうだ!)
今度は右手を水の中に沈め、髪を乾かす時のように風を起こして水流を作った。
食器同士がぶつかって割れないように左手で一皿ずつ固定しながら水流を当てる。ついでに水の中で小さな水球を作って当ててみた。
水から上げてぬめりや汚れをチェックしたら気にならないまでになっていた。
(いけそう!)
勢いづいた美波は、水の中で魔法を使い次々と皿を洗い、終わったら水道の水でまとめて濯ぎ洗いをした。
仕上げに、これは普通に布巾で水気を取ったらおしまい。
(やった! 早く終わった!)
美波は店主に報告に行った。
店主は3階廊下の掃き掃除を終え、隣の調理場で夕食の仕込みを始めていた。
「終わりました!」
「む? 早いな……雑な仕事したんじゃないだろうな?」
店主のチェックが入った。
「……綺麗になってるな。ありがとよ! じゃあ次は庭の水やりを頼む」
「了解しました!」
新兵訓練のクセがまだ抜けない美波は騎士団仕込みのピシッとした敬礼をして庭に向かった。
「なんだありゃ。『黒の騎士』一緒にいたが冒険者じゃないのか?」
店主は美波の背中を怪訝な顔で見送った。
「完了しました!」
美波はものの15分くらいで庭の水やりを終え戻ってきた。
「はや!? いやいや、正面だけじゃないんだぞ? ウチには裏庭もあってだな。もう夏だししっかり水をやってくれないと……」
店主は言いながら窓から裏庭を見た。
草木は水の滴を反射してキラキラ光っていた。
美波にとって水やりは楽で簡単だった。
魔法で水球を出し、威力や着地位置なども考えず重力のままに落とすだけ。
鼻歌を歌いながら仕事を終えた。
「終わってる……。じゃ、じゃあ1階の食堂の掃除を頼む。いつもは夕食前にやるんだが……」
「了解です!」
キビキビした動きで回れ右し、美波は食堂へ向かった。
食堂にはホウキとモップ、バケツが置いてあった。
床には砂やホコリの他にも朝食の時に出たらしい食べこぼしや汚れがあった。
(まずはホウキでゴミを集めて、それからモップで水拭きかな)
美波は椅子を一つ一つ机の上にひっくり返して置いて、それから床を掃いた。
それなりに広い食堂は掃き掃除だけで一苦労だ。
(モップ掛けは水が汚れたらいちいち交換しに行かないといけないし、手間だなぁ)
美波はどうにか効率よく楽に出来ないか考え始めた。
(床に水球で水をかけたら……? 床上浸水になっちゃうか)
まだ魔法を習って3カ月も経っていない美波は初心者マークが外れていない。難しいことはできないのだった。
(うーーん、そうだ。これならいけるかも? 使える物があるか聞いてみよう)
美波は一旦調理場に戻って店主に話しかけた。
「あの、もう捨てるような大きな布ってありますか?」
「おん? 汚れたり破れたりしてもう使えない客室用のシーツは隣の物置き部屋に突っ込んであるが……」
「もう捨てちゃうやつですか?」
某テレビ番組のように念入りに確かめる。
「あぁ、もう使えねぇから雑巾にでもして捨てようかと……」
「じゃあ雑巾として使わせてもらいます!」
「おぉ。いいけどデカいから切ってから使えー?」
店主の話を聞き終わるよりも先に美波は物置きへ向かっていた。
物置きには普段使いの掃除用具やメンテナンス用の工具、使っていない椅子や小さめのテーブル、客が忘れていったと思われる服や小物などが詰め込まれていた。その奥の方に使っていないリネン類も雑に置いてあった。
美波はそのリネンの山からシーツを3枚引っ張り出して食堂に持って戻った。
そしてその3枚を細長い筒状に丸めて端に置いた。
(よし、これでやってみよう)
美波はリネンを置いたのとは逆側の壁際に立ち、手のひらを床に向けた。
「いけ! ケ◯ヒャー!」
手から斜め下方向に水が出るように調整し、魔法を使った。
勢いよく水が噴射される。
美波はそのまま逆の壁際、リネンを置いた方へとゆっくり歩く。
床板を抉らない程度に噴出された水は汚れを落としていく。
高圧洗浄機ケル◯ャーからヒントを得た美波オリジナル魔法がまたしても誕生した。
床全面に水を噴射したあとはモップで水を集めリネンに吸わせる。
(これでちょっと時短になったし楽だったし、ゴシゴシモップで汚れを落とすより綺麗になったんじゃない?)
美波は物置きから一番大きなタライを持ってきてその中に水を吸わせたリネンを入れ、大きいものを洗うための外の洗い場にそれを持ってきた。
(布なら多少乱暴にしても大丈夫だよね?)
タライを洗い場に置き、リネンの上からどんどん水球を叩きつけ洗う。
最後は手で絞って終了だ。
美波は店主を食堂に連れてきて仕事の出来を確認してもらった。
「いつもより綺麗になってるような……。一体どうやったんだ?」
「こう、(魔法で)ゴシゴシっと」
美波の掃除の仕方は再現性がなかったのでテキトウに誤魔化した。
「じゃあ最後は料理の手伝いをしてもらおうかな」
2人は炊事場に戻った。
「あんた、ジャガイモの皮もまともに剥けないのか。そんなに厚く剥いたら身がなくなる」
「うぅぅ、ピーラーがないと……。動物の解体だったら出来るようになったんですけど」
「いや、肉で仕入れてるから必要ないな」
料理ではあまり役に立たなかった美波だが、今日の働きにはいたく感動され、聞いていたよりも多い給金を貰えた。
しかしバイトをすると自分で料理をする時間と体力がなくなったため、4日で辞めた。
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