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異世界に召喚されて私が国王!? そんなのムリです!【コミックス2巻5/2発売予定】  作者: キシバマユ
四幕 即位3年目ー4年目

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84 この世界で生きていく

 商品を売り尽くして帰路に着こうとしていたアラミサルの商船に便乗させてもらい、美波とルーク、そして使節団一行は東方大陸の地をあとにした。


 (ウェイもすっごく喜んでくれたなぁ)


 帰国前に正式な手順を踏んで王宮に入った美波はウェイと面会し、アラミサルから連れ去られた国民を救出できたこと、自らも帰国できることになったことを報告した。そして困ったことがあったら頼って欲しい、と白紙の手紙と住所、少しの郵便代を渡して、これまでの感謝を伝えた。

 彼は美波の頑張りを讃え、前途を祝福してくれた。


 (奉公期間が終わったら訪ねるかもって言ってくれたし、また会えたらいいなぁ)


 バザンの砂漠の大地を眺めながら感慨に耽った。


 「なに黄昏れてんだ」

 「いいでしょ、ちょっとくらい。色々あったんだから」

 「まぁな」


 隣に立ってルークも景色を眺め、2人ともがこの地で起きた出来事に心の整理をつけていく。


 「ありがとう。ここまで助けに来てくれて」

 「今回は過去一番に骨が折れたな」

 「そうだよね……私、ルークには出会った時からずっと迷惑かけ通しで」

 「否定できないな」

 「だから、迷惑ついでに結婚してくれない?」

 「……は? ……聞き間違いか?」


 外を見ていたルークが美波を振り返って呆然としている。


 「好き。結婚して?」


 美波はずいっと彼に迫った。


 「はあぁぁ……。どうしてお前はいつもこう唐突なんだ!?」

 「ダメ? 好きになってもらえる努力はするから!」

 「いや、ダメとは言ってねぇけど」

 「えっ、じゃあいいの!? ホントに? でもルークって私のこと好きなの?」

 「……ったく、うるせぇ」


 ルークは右手を美波の頬に添え、左手を後頭部に回し上を向かせ、強引な口付けをした。

 美波は驚き彷徨わせた両手を、逡巡ののちに彼の背中に回す。

 ややして酸欠になる前に解放された美波は、ぼんやりとルークの顔を見つめた。


 「ルークも同じ気持ち……?」

 「どうしてだかな。もう目の届かない場所にはやりたくねぇ」

 「好き?」


 彼の顔を覗き込む。


 「っ! ……なんでかこんなのを可愛いと、愛しいと思っちまうんだよなぁ」


 ルークは諦めたように両手を上げた。

 美波はその首に両腕を巻きつけ、引き寄せるように今度は自分からキスをした。




 1カ月の船旅と5日間の馬車の旅を終えた美波は、車窓から懐かしい王城を見上げた。

 春に旅立ってから季節は移ろい10月になっていた。

 美波の到着を待ちわびていた王城の人々は、馬車を見るなり一斉に外へと出てきて、前庭は人で溢れかえる。

 馬車が停止したのを確認して、美波は地に降り立った。


 「陛下! おかえりなさいませ……」

 「宰相……心配かけて、迷惑もかけてごめんね」

 「えぇ、えぇ! 本当に! ご無事で本当に__」


 彼は言葉を詰まらせる。美波はその人の涙を初めて見た。


 「あぁ陛下! よくぞご無事で!」


 ケリーが頬を涙で濡らして、美波の両手を押し包んだ。


 「ケリーもごめんね」


 両手をゆっくりと離し、代わりにしっかりと抱きしめた。


 「陛下を守りきれず申し訳ない。無事に帰ってきてくれてホントによかった!」


 傍に立ったマクティアが肩を叩き、その隣のクライヴやスコット、ウォードとジョナサンが微笑んでいる。


 「ミナ! ホントに心配したんだからぁ!!」


 ケリーを抱きしめる美波に、訓練を抜け出してきたらしい訓練着のアンが飛びついた。

 慌ててそちらを見ると、後ろにはジャック、ロビン、ナイジェルたちも立っている。


 「ホントにな」

 「もう少し国王の自覚を持った方がいいな」

 「耳が痛いです……」


 美波は泣き笑いの顔になる。


 「いっそのことバザンへ進軍しようかと思いましたぞ!」

 「陛下がいなければ政務が捗りません。明日からはしっかり働いてもらいますよ」


 見ればハリスやニコルスら四部の長官も集まっていた。


 「……ミナミ。無事でよかった。本当に」


 フォスターとはブンガラヤの森で別れて以来の再会だった。

 彼は心底安堵した表情で美波を見つめた。


 「ダニエルも。生きててよかった……」


 しばし2人は言葉もなく視線を交わす。それから美波がフォスターにだけ聞こえるように呟いた。


 「それから、ごめんなさい」


 それは一人置いていったこと、そして彼の気持ちに応えられないこと対しての謝罪だった。

 本当は時も場所も選んでの返答が望ましかったが、ずっと心に引っかかっていたがゆえに顔を見た瞬間、思わずこぼれてしまった。

 明言はしなかったが伝わったのだろう。フォスターは仕方ないというように微苦笑した。

 それからも美波はもみくちゃにされて王城の人々の出迎えを受けた。




 美波はバザンでの出来事を話すため、そして自分がいない間に溜まった執務がどれほどあるのかを確認しに、宰相とルーク、護衛騎士とともに執務室の扉を潜った。

 机の上には書類の山が一つだけできていた。


 「思ったより少ない、かも?」

 「日々の政務を滞らせるわけにはいきませんからね。ここにあるのは陛下にご判断いただきたい今後の施策に関しての書類です。それ以外のものは長官らと手分けして処理しておりました」


 美波は宰相らの気遣いに感謝する。

 それから美波は自分が後宮から解放された経緯を話した。


 「というわけで、ブンガラヤとバザンの終戦処理の取りなしもしないといけなくて」

 「承知いたしました。……そういえば、ブンガラヤの王太后陛下は亡くなられたようですよ」

 「えっなんで? 病気?」

 「いえ、バザンが攻めてくると聞いた王太后陛下は海に近い王宮から離宮に逃げようとして、その道中に賊の手にかかったそうですよ。ふっ、ざまあないですね」


 美波を陥れたと思われる王太后にいい感情がない宰相は鼻を鳴らす。

 美波とて思うところがないではなかったが、殺されたと聞いては喜べない。


 「その賊も本当にただの賊だったのか。実は国王の差し金なんじゃないか、とブンガラヤ国内では噂もあるようですよ。私も詳しいところまでは調べておりませんが」


 ずっと目の上のたんこぶだった王太后をフィリップが殺す。彼はそこまで非情な行いをする男だっただろうかと考えたが、分かるはずもなかった。

 さて、と宰相は手を叩き、室内に流れた重苦しい空気を払拭するように明るい声で話題を切り替える。


 「明日から休みなく働いてもらいますからね! それとルーク、あなたはもう帰ってもいいのでは?」

 「宰相、それなんだけどね。私たち結婚することにしたから」

 「は!?」

 「小規模でいいから結婚式とかしたいなーって」

 「結婚式……」

 「執務と結婚式の準備、忙しいだろうけど頑張るから!」

 「執務……結婚、準備……ひょぉーーーー」


 忙しさを想像した宰相は倒れた。




 宰相をソファに寝かせて、その向かいに美波とルークが座る。


 「実際、結婚後ってどうなるんだ? 俺は王配として美波の仕事を手伝うことになんのか?」

 「ううん、ルークは今のまま冒険者続けたらいいよ。好きでしょ? 冒険者の仕事」


 美波はあっけらかん言う。


 「まぁそうだが……。でもなんか困るんじゃねぇの? 外交の時とかさ」


 国内外の舞踏会や会談など、配偶者がいれば同伴する慣習がある。


 「今まで1人だったんだし、大丈夫。それよりもAランカーを失う方が世界の損失だよ」

 「依頼によっては2、3カ月帰れねぇけどいいのか?」

 「冒険者はそういう仕事だからね。その代わり王都にいる間は私と一緒に王城に住んでね」

 「肩が凝りそうだな」

 「大丈夫、案外すぐに慣れるよ」


 美波がにっこり笑い、ルークもつられるように相好を崩した。



 美波がこの世界に来てから5度目の春。今日は結婚式が執り行われる。場所は冒険者時代にルークに案内されて訪問したアラミサル大聖堂。神に選ばれ国王となった美波は、在位期間に婚姻する国王の慣例に従って、ここで神に結婚の報告をする。

 聖堂にはすでに参列客が着席し、主役の登場を今か今かと待ち侘びている。参列客は美波のこだわりで、日頃親しくしている人たちしか招待していない。その中にはフォスターはもちろんのこと、侍女長のソフィーや侍女筆頭のケリー、国王付きの侍女たちに新兵訓練からの友達4人、近衛兵に各部署の長官や文官、マーガレットとメアリー、行きつけの酒場の女将からルークの親族までを呼んだ、この国でも異例の式となった。

 さすがに周辺各国の君主らに報告をしないのは国の体面に関わるため、後日に披露宴も予定している。

 そして本日に主役である美波は準備を終え、控え室で鏡の前に座り花婿の迎えを待っていた。その中で響いたノックの音にドキリとする。ケリーが開けた扉の向こうにいたのは宰相だった。


 「あぁ陛下、準備は万全のようですね。本日は誠におめでとうございます。選んだのが(ルーク)だというのは驚きましたが、お幸せそうでなによりです」

 「なんだ宰相か。いや、お義兄様? ありがとうございます」

 「やめてください。調子が狂う。もうすぐルークが来ると知らせに来たんですよ」


 話しているとすぐに扉が叩かれた。ケリーがすかさず対応する


 「陛下、開けますね」

 「うん、お願い」


 開け放たれた扉の向こうに、アラミサル伝統の婚礼衣装に身を包んだルークがいた。白い詰襟のシャツにズボン、上には袖の長い黒の長衣を合わせ金色の刺繍が目に鮮やかな一着だ。


 「やっぱりイケメンって得だよね。こんなにばっちり似合っちゃうんだから」

 「なに言ってんだ」


 ルークは呆れた顔をする。それから美波の姿を上から下までじっくり検分した。

 美波の衣装は白のIラインドレスの上にスカイブルーのドレスガウンを合わせたものだった。ドレスとガウンの刺繍には金糸、首飾りには大粒の宝石がいくつも縫い付けられた煌びやかなものだった。衣装の色に決まりはなく、美波はお互いの瞳の色に合わせて作らせていた。


 「どう? アラミサルの伝統衣装にドレスの要素も取り入れてみたんだけど」


 美波は得意げに、くるっと回ったり長い袖を持ち上げたりして見せびらかす。


 「似合ってる。綺麗だな」

 「そうでしょ? ホントにこの刺繍、細かくて職人技が光ってるよね」

 「そうじゃない。綺麗っつったのはお前にだ」


 不意のストレートな褒め言葉に、美波の顔が朱に染まる。


 「あっ、ありがと」

 「どういたしまして。それじゃあ行くか。皆待ってる」

 「ちょっと待ってください。陛下、仕上げが残ってますよ」


 ケリーが引き留め、紗のベールを美波の頭に被せた。端には飾りがついており、歩くたびに揺れるさまが美しい。この衣装は今後アラミサルの婚礼衣装の定番になるだろう。そして最後に頭上に王冠を載せた。美波は着用を最後まで悩んだが、王冠もまた自分の一部だと考えた。すぐにでも外してしまいたいくらい重たいが、そんなことはしない。


 (どんなに大変でも、人生を捧げたいと思える仕事に就けるのは幸せだよね)


 「ミナミ、手を」


 ルークが左腕を差し出し、美波はそこに腕を通した。2人は視線を交わし微笑み合い、そして前を向いて歩き出す。




 聖堂の扉が開く。招待客は一斉に入口を振り返った。オーケストラの奏でる優美な音楽が鳴り響き、美波はルークとともにウェディングロードを歩く。


 (人生って分からないものだなぁ。最初にルークを見た時は、イケメンだから隣を歩きたくないなんて思ってたのに、これからはずっと一緒に生きていくんだ)


 左右に立つ一人一人と視線を合わせながら、最奥に立会人として立つ教皇のサイモンの元まで歩いた。

 キリスト教式ではないので讃美歌の斉唱も聖書の朗読もない。ただ愛し合う2人が神の前で誓いを立てるのだ。

 美波は祭壇の前に立って、これまでのことを振り返りながら宣誓を始めた。


 「突然この世界に召喚されて、家族や友人、積み上げてきた全てを失って(あなた)を恨んだこともありました。けど失ったものの代わりに多くのものもこの世界で得ました。人生を賭けたい仕事、私を慕う家族のような国民、そして人生を共にしたいと思える人。ありがとう、神様。私は幸せです」


 続けてルークが言う。


 「俺はミナミを愛し、見守り、助ける。誓うのはそれだけだ」


 宣誓が終わり、2階の側廊から撒かれた花びらが降り注ぐ。2人は見つめ合い、額をコツンと合わせて微笑んだ。


 「さぁ、皆外で出てくるの待ってるよ! 行こ!」

 「ちょっ、おい!」


 美波がルーク手を取って走り出す。


 「陛下、待ってください! 勝手に行かれては警備が!」

 「あはは! ミナミちゃんってば」


 宰相が悲鳴を上げマクティアが大笑いする。フォスターは参列者席から素早く立ち上がりあとを追った。

 外には国王の結婚式という一大イベントを一目見ようと大勢の国民が詰めかけていた。

 主役の2人が出てくると大歓声が上がる。


 「陛下! こちらに目線を!」


 いつから出待ちしていたのだろう。群衆の最前列を確保した新聞記者がカメラを構えている。


 「はーい! 綺麗に撮ってね!」


 美波はルークと腕を組んで寄り添い、満面の笑みで答えた。

 その写真は翌日の新聞の1面を飾る。四都市視察に向かう時に王都で馬車からお披露目をして以降、露出のなかった美波の顔を大半の国民は見たことがない。それゆえに国中の人々がこぞって買い求め、この新聞社は過去最高の売り上げを叩き出した。そしてこれは国内での新聞普及に大きな役割を果たしたという。

 これまで美波が無意識に避けてきた『国王として顔を認識される』こと。それを自ら打ち破ったのは、真に国王としての自覚と責任を受け入れたからだ。




 美波の治世晩年は、震災や代替わりしたカディス皇帝による侵略など厄災にも見舞われたが、優秀な閣僚に恵まれ、またこれまでの外交努力が実り、周辺国の援助を得て乗り越えた。

 後年の研究家の間では、平和を愛し福祉政策に力を入れた国王として評価されている。

長くお付き合いいただき、ありがとうございました!

また、ポイント評価、いいね、ブクマなどで応援してくださった読者の皆様には物語を書き続ける力をいただきました。深く感謝申し上げます。

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