81 問題そして問題
数日後、美波たちの仮説の裏付け調査を終えたアフメトから手紙が届き、美波とルークは王宮の外にある彼の邸宅に呼ばれた。褐色の瓦屋根に建材は日干しレンガ。仕上げに漆喰やタイルを使った2階建てで、この地域の一般的な様式だが、その規模といい装飾といい、さすが王族の屋敷といった豪華さだった。
美波は小市民的感覚で『こんな大きな家に一人暮らしって空き部屋ばっかりなんじゃ?』と考える。
官吏の服でドアの前に立った2人はノッカーで訪問を告げると、中から伝統衣装に身を包んだ家礼が出迎えた。屋敷の中は想像したよりもいくらか質素で、中庭に面した廊下からは小さな噴水とこじんまりした花壇が見える。
この家の主人は2階の最奥の部屋にいた。彼は2人に椅子をすすめるなり開口一番で言う。
「第3王子以下、全員がサーディク・ラマダに脅されていたと自白した」
この短時間で自白に導いた方法を、美波はあえて考えないようにした。そもそも、そう簡単に口を割るようなら、今現在こんな事態にはなっていないはずなのだ。いくら自分たちの推理に自信があっても、確たる証拠はなかったのだから。
「俺たちの推測通りではあるが、第3王子までどうやって開戦派に引き入れたんだ?」
さすがAランカーの冒険者ともなれば王族相手でも敬語は使わないらしい。それともルークだからだろうか、と美波は半ば尊敬の眼差しでその横顔を見る。
「そなたも第1王子と第2王子の事件は知っているな?」
「あぁ」
「あれはラマダがやったことだと今の母后が自白した」
母后の自白によると、息子に王位を、と第二夫人が野心を持っていたのは後宮の内外でも知るものは多かった。もちろん大商人であるラマダの耳に入らぬはずもなく、彼はそれを利用した。後宮に出入りする商人を使い毒を渡したのだ。彼女は茶会で毒殺を実行した。
息子を失った第一夫人は泣き暮らす。そこにまたしても商人を使って接触したラマダは、第1王子は第二夫人の持っていた毒によって殺されたと告げる。薄々勘づいていた彼女は報復を考えた。ラマダは彼女を唆した。
中央大陸から渡ってきた『魔法を使って相手を呪い殺す禁書がありますよ』と。
「は!? 呪いの禁書!?」
とんでもないアイテムの登場に、美波は素っ頓狂な声を上げる。
「んなの聞いたこともねぇ」
「そうだ、実際そんなものは存在せぬ。ラマダは適当に書物を作り第一夫人に渡した。そして第二夫人にこう言ったのだ。『第一夫人が報復にあなたの息子を禁書を使い呪い殺そうとしてる』とな」
それを聞いた第二夫人は、第一夫人の部屋から禁書を盗み出した。そして第二夫人は後顧の憂いを断つため、魔力のある第2王子に第一夫人を殺すよう本を持たせた。すると第2王子は苦しみ出し、そして死んだ。
「本に経皮毒でも塗ってあったか」
「そのようだ。本は捨てるに捨てられなかったらしい。未だに第二夫人が持っていた。それを囚人に持たせ確かめたが、本を持ちページをいくらかめくったところで苦しみだし死んだぞ」
恐ろしい話だと美波は身震いする。
「でもラマダはどうしてそんなことを?」
言うことを聞かせるための脅しなら、こんなに回りくどいやり方でなくともいいはずだ。
「ラマダには優秀だった上の王子2人が邪魔だったのだ。だから御しやすい第3王子のアシルを王位につけたかった。そして2人を殺害してみせることで、後宮だろうとどこにいようと邪魔者は殺すと大臣らに示した。どうだ、商人らしい無駄のなさだろう?」
美波とルークも、ラマダのあまりに身勝手さに嫌悪感を覚える。
「これで開戦派の動機の裏付けはできたけど、問題はどうやって早く停戦させるか、ですよね?」
「そうだ。だがラマダ一人殺したとて戦は止まるまい」
宣戦布告をした以上、ただ謝って済む話ではない。ブンガラヤの怒りを収められる『何か』は用意しなくてはならない。
「それと商会を筆頭株主から引きずり下ろさなけりゃ、また同じようなことが起きるかもな」
停戦、そして株を手放させる。この2つの条件をクリアせねばならない。3人は頭を悩ませる。
「とにかくラマダ商会に大損させれば株を売るしかなくなるよね?」
「そうだな。でもどうやって?」
「まずゾルバダからバザンへの魔石の供給を止める。それからアラミサルから魔物製品と、カディスへの輸出を停止して国内で消費してた鉄鋼をバザンに直接輸出販売する。ここまでしたら商会も潰せるんじゃない? あっでも魔石を止めちゃうと国民生活に影響が……」
「この国で魔石使ってんのは金のある一部だけだ。ほっとけ」
「そっか。じゃあいいか」
「なかなかいい手なんじゃねぇの?」
美波は深刻な顔から一転、ニヤニヤと笑う。それを聞いたルークも唇の端を吊り上げた。
2人の様子を見たアフメトは理解できない顔で眉根を寄せた。
「そんな伝手、私は持っておらぬぞ。机上の空論だ」
「大丈夫です。私持ってるので」
信じられないといった顔でアフメトが目を見開き固まる。
「ただ、今からすぐ両国に手紙を出しても1カ月、それからアラミサルは商会を通して魔物製品と鉄鋼を集めてバザンに送る。時間がかかり過ぎか……」
「今回俺はギルドを通した依頼だから、全支部に置いてある通信水晶が使える。あれを使えばアラミサル、ゾルバダともすぐに連絡取れんぞ」
通信水晶はギルドが秘匿する技術で作られた貴重なもので、家族の急を要する連絡か依頼以外のことで使うことは固く禁じられている。
「やった! じゃあすぐに__」
「待て待て!」
今にも走っていきそうな美波をアフメトが引き止める。
「本当にできるのか……? いや私はそれ以上の策は持たぬ。そなたに託そう。だが停戦の方はどうするのだ?」
美波としてはアラミサルから死傷者が出る前に停戦したい。宰相がなんだかんだと理由をつけて参戦を引き延ばすのにも限界がある。
「手っ取り早いのは現国王を殺して次の王を立て、賠償金を差し出して収めてもらうってとこか」
ラマダ商会を弱体化させた後なら文句を言う者はいない。
「だが4番目の兄は体が弱く、5番目は臣籍降下し州知事をしている。6番目の私は王としての教育など受けておらぬ。最悪、誰を王位に据えるか内乱になりかねん」
王位継承で国が乱れるのは避けたいと苦々しい顔でアフメトは言う。
「でも賠償金だけだと相当ふっかけられるんじゃ……? それで国庫が空になったら結局ラマダが株を手放しても国で買い取れませんよ?」
それから、ああでもないこうでもないと議論を戦わせるも、いっこうに妙案は出てこなかった。そこでまずは出来ることから、とラマダ潰しの方から着手することになった。
アフメトの屋敷を出た美波とルークは、官吏の姿では目立つため着替えてからギルドへ向かった。
ルークはいつもの全身黒の冒険者服、美波の服はこれ1着しか持っていない一張羅、元海賊の服だ。
ギルドの外装はバザンの王都に溶け込むものだったが、中はアラミサルとそう変わらず、正面に受付、右側の壁には依頼書、左側にはテーブルと椅子が置かれており、そこにいる冒険者らの粗野な雰囲気も同じで、美波は懐かしくなった。
ルークが受付の前に立つと、中にいた厳しい男が声をかけてきた。
ここの職員もそうだが、街中でも働く女性の姿を見ることはほぼなく、女性の職業は屋敷の女中や子守りなど家の中に限定されるようだ。
「依頼完了か?」
「いや、通信水晶を使いたい」
「緊急事態か?」
「まぁそんなとこだ」
「分かった。ついてこい」
男に続いてルーク、そして美波がその後を追おうとすると男に制止された。
「待て、関係者以外は通せん」
「こいつもパーティメンバーみたいなもんだ。一応Cランカー。問題ない」
Aランカーに強く言われて楯突けるギルド関係者はいない。それくらいAランカーは尊重される存在だ。
男に案内された鍵のかかった奥の部屋は中央の机にポツンと水晶が置いてあるだけで他には何もない。通信に使うためだけの部屋のようだ。
ルークは椅子に腰かけ、水晶に手をかざし魔力を流す。すると水晶が淡く光り始めた。
美波はその様子を斜め後ろから覗き込む。
「アラミサル王都支部へ通信。……王都支部、聞こえるか?」
ルークの声かけに数秒遅れて返答があった。通信状況は現代日本でのテレビの海外中継のようだった。
「こちら王都支部」
「Aランカー、ルーク。バザン聖王国から通信。今から言う内容を王城のシャーウッド宰相に届けてくれ」
「承りました。どうぞ」
「ミナミを無事発見。以下は国王命令。アラミサル王国は魔物素材と鉄鋼をできる限り集め、バザンに直接輸出されたし」
「すぐにお届けいたします」
「あぁ頼む」
ルークが魔力を流していた手を離すと水晶も光を失った。
「次はゾルバダと通信を繋ぐ。水晶はBランカー以上しか使用権限がねぇからこっちも代わりに俺が話すがいいな?」
「もちろん。お願い」
ルークは同じ手順で、今度はゾルバダの帝都支部と通信を繋いだ。
「アラミサル国王、ミナミ・カイべの代理でAランカールークが伝える。ゾルバダ皇帝に至急知らせを頼む。内容は『バザンへの魔石輸出を一時停止するよう要請する』だ」
「承りました」
通信を終えたルークは疲労を顔に滲ませる。通信水晶は短い時間でも相当魔力を消費するようだ。
「魔力を分けてあげられたらよかったのにね」
「そのバカみたいな魔力量も今は持ち腐れだな」
一息ついたのも束の間、廊下から慌ただしい足音がしたかと思うと、ノックもぞんざいにドアが開けられた。
「失礼する! 至急聞いてもらいたいことがある」
入ってきたのは先程の受付係とは違う男だった。
「なんだ?」
「この国では魔物の数を常に観測し続けているんだが、ここ2週間で急増していることが判明した」
「それで狩って欲しいって?」
「今も冒険者総出であたっているがやはり間に合わん。この国で魔物の数が異常に増える時、必ずスタンピードが発生するんだ!」
スタンピード。それは魔物が群れを成し街々を襲う恐ろしい現象だ。
「っ! 被害の予測範囲は?」
「発生地点は王都の隣、バイラミ州西部の大森林。そこから王都全域に向かってくる」
「いつか予測できるか?」
「もってあと2、3週間だろう。常ならば冒険者と王国軍総出で対処するが、今の王国軍はほぼ出陣している……!」
絶望的な状況だ。王都内で一体どれほどの被害が出るのか。
「とにかく今すぐにでも王都の住人を避難させないと……!」
「避難ったってどこにだよ。王都の人口が何十万人いると思ってんだ」
「正確には80万人だ」
男が情報を補足する。
魔物の襲撃から身を守るには頑丈な建物内に避難する以外にない。しかし王都に80万人を収容できるような施設はないだろう。例年であればスタンピードの発生地から近い前線の住民を避難させ、全軍をもって食い止めればよかったが、今回は魔物を食い止める人員の圧倒的不足で王都全域に被害が想定された。
「間に合うか分からないけど、伝書鳩を飛ばして出陣した軍を引き返させるしかないよ」
「あぁ、アフメトにも動いてもらう。ギルド長、作戦はこっちで考える。少し待ってろ」
2人は急ぎアフメトの屋敷に戻った。
アフメトにもスタンピードが起こるであろうことを伝え、作戦を練り直すことになった。
「この事はすぐに王宮にも伝わる。王命で伝書鳩を飛ばし、軍を引き返させることになるだろう」
「王都の半分でも結界で覆えれば万が一バザン軍が間に合わなくても対処できるんだが。ミナミ、できねぇの?」
「ごめん、結界なんて高等魔法習得してない」
「地下水道になら人口の半分は逃げ込めるかもしれぬ」
「なるほどな。あとの半分は王宮に避難させればいけるか?」
「後宮まで使わねば入りきらぬだろう。だが少なくとも後宮を管理する大臣は反対するであろうな」
普段固く閉じられたその門を開放するのは相当にハードルが高い。
「でも国民を守るにはそれしか方法がないと思います。真に国のためを思うなら門は開かれるべきです」
美波は為政者としての考えで言い切った。それにアフメトも心動かされるところがあったらしい。
「そなたの言うとおりだな。主導陣は私が説得しよう」
「そうと決まれば、あとはスタンピードをどうにかするだけだ。だがバザンにいる冒険者の数からいって殲滅はできねぇ。軍が戻るまでの持久戦だな」
ルークが渋い顔で言う。
「持久戦ってそんなに難しい?」
「難しいっつーか、……悲惨だな。物資はどんどん枯渇して戦いにくくなるし、仲間が倒れていくのを横目で見ながら戦い続けなきゃなんねぇ」
これは本物の戦闘だ。ゾルバダの王城に忍び込んだ時とはわけが違う。美波は想像するだけで怖くなった。
(それでもやるしかない。戦う力があるのに逃げるなんて自分が許せない)
覚悟を決めるしかないのだ。
(ここで死んだら……やっぱり心残りだな。アラミサルでもっといろんなことしたかった。それからやっぱり、恋愛とか結婚とか……)
そっと横目でルークを窺う。
(この絶対死ななそうなルークだって無事とは限らない……)
胸が痛くて苦しい。考えただけで泣きそうになる。自分がここまでの気持ちになるなんて思ってもみなかった。
(これってどういう感情? ただ仲間だから? それとも……)
「方針は決まったな。俺たちはギルドに戻るぞ」
「うっ、うん」
美波は一旦思考を中断し、今のことに集中することにした。