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異世界に召喚されて私が国王!? そんなのムリです!【コミックス2巻5/2発売予定】  作者: キシバマユ
四幕 即位3年目ー4年目

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80 男装の偽官吏

 正式な手順で美波はハンナとシャロン、ローラとともに後宮をあとにした。しかし中央大陸行きの客船や商船は全て欠航している。そこで美波は事前にアフメトと交渉し、帰国の算段と3人分旅費を確保していた。


 「それじゃあ前もって話したように、このお金で隣国まで馬車で行って、そこから出てる船に乗ってブンガラヤに行き、カディスを通って帰国して」


 バザン王都から隣国までは馬車で5日。それに加えてブンガラヤからアラミサルまでの3人分の旅費ともなるとそこそこの金額になる。アフメトからの金がなければ後宮を出たところで、それぞれここで仕事を探し旅費を稼がねばならなかっただろう。


 「本当にあなたは一緒に行かないの?」


 シャロンが心配そうに美波を見る。


 「まだこの国でちょっとやることがあって。大丈夫、無事帰国したらまた会おう?」


 ハンナとローラも不安げに美波を見るが揃って頷いた。

 そうして3人を見送ったその足で宿屋へと行き、アフメトが用意した服に着替え簪で髪をまとめる。服の色は紅色、上から3番目の聡の位の官吏『ミナセ・タケシタ』の誕生である。

 『ミナセ』に変身した美波は通行許可証を携えて王宮の門をくぐった。




 (またここで働くことになるなんて……)


 美波は1カ月半ぶりに見る裏の館を感慨深く見上げ、それから中へと入り財務部を目指した。すると部屋の前で立っていた男に声をかけられた。


 「君がバルクァシルから異動してきた人かな?」


 バルクァシルとはバザンの一地方で、美波はそこで役人をしていたという設定になっている。

 男は青の衣をまとっており、高官だということが一目で分かった。


 「はい、ミナセ・タケシタです。よろしくお願いします」

 「私はハルク・ベレケという。ここ財務部の助役を務めています」


 助役は大臣に次ぐ2番目のポストである。


 「さぁ中に入りましょうか」


 ベレケに続いて中に入ると全員の視線が美波へと向けられた。美波はその顔を見渡して、ある人物を見つけ大声を出しそうになった。それは向こうも同じようで、大きく目を見開いている。


 「今日からここで働いてもらうミナセ・タケシタさんだ。席はそこの空いているところを使って」


 驚きで視線はその人物から離せない。仕事の説明をするベレケの声もほとんど頭に入らなかった。

 美波は促されるままにふらふらと席に着く。

 あまり隣を見過ぎても不審に思われる。視線は無理矢理前に固定した。


 「そのまま前向いとけ。説明は仕事が終わった後にする。お前もなんでこんなとこにいるのか説明してもらうからな」


 美波はコクコクと首肯する。


 「これだけは言わせて。会えて嬉しいよ、ルーク……」

 「あぁ、俺もだ」


 彼のとろけるような笑みを正面を見続けていた美波は知らない。




 その夜、仕事を終えた2人はアフメトが美波のために用意した王都の外れにある住居にいた。


 「さぁ、洗いざらい話してもらおうか」


 さして広くはないキッチン付きリビングダイニングで、帰宅途中に屋台で買ってきた晩ご飯をルークと囲み、食べながらの尋問が始まった。

 美波はブンガラヤで海賊に襲われ、バザンの王宮に売られたこと。後宮に入れられると二度と出られないと思い、男のふりをして雑役奴隷になったこと。しかしアラミサルから連れ去られた子は後宮にいると踏んでいたものの、雑役奴隷の立場では助ける手段がなかったため後宮に入ったこと。そこでアフメトと出会い、今回の戦争の裏を探るため偽の官吏になったことを話した。


 「なるほどな。男になるのは2度目か」

 「言い方よ」

 「あと、お前の似顔絵、指名手配として街中に貼られてんぞ」

 「えぇ!?」

 「残り借金が少なかろうが奴隷が逃げたんだ。追っ手までは出されなくても『この顔にピンときたら』ってやつだな」


 半笑いで言うルークに美波は詰め寄る。


 「どどどどどうしよう!? それってまずいんじゃ」

 「大丈夫だろ。紅の衣を着た官吏が雑役奴隷をやってたなんて誰も思わない。それにいざとなりゃ、その殿下がなんとかすんだろ」

 「そっか……それでルークはどうしてここに?」


 美波はトマト味のピラフを食べながら、今日一日気になってウズウズしていた話を切り出した。


 「俺は兄さんからお前がバザンに連れていかれたと聞いて、すぐにこの国に向かった」


 頭より先に体が動いてしまったような、そのあまりに早い行動に美波は驚く。


 「それからこの国の言葉と文字を覚えながら王宮に入る方法を探った。それで雑用の募集でもないかとギルドに行ったら、Aランカー以上の指定で非公開依頼があると職員から声をかけられた」


 さすがルーク、たった一月で言葉と文字をマスターしたらしい。


 「それってもしかして、アフメト殿下の……?」


 Aランカーへの依頼は高額だ。王族といえど懐は寂しくなっただろう。後宮から3人を解放する時も財布を気にしていた理由はここあったのかもしれない。


 「依頼主は王宮関係者とは聞いているが名前までは知らされていない。潜入してからもやりとりは手紙だ。依頼は『官吏として潜入し、不正な金の流れを探って欲しい』って内容だ。この依頼、お前の『戦争の裏を探す』ってのとも繋がってんのか?」

 「そもそもバザンがブンガラヤに宣戦布告したのは知ってる?」

 「あぁ、街ではその話でもちきりだからな」


 ルークはピザのようなものを食べ終えてコーヒーを啜っている。


 「私はこの戦争を早く止めさせるためにアフメト殿下の提案に乗ったの」

 「それが人身売買の被害者を解放するための交換条件か?」

 「それは棚ぼたみたいなもので、そうじゃない。私はブンガラヤに行った時に同盟を結んだの。内容には『戦時の相互協力』が入ってる」


 ルークもブンガラヤとの同盟の話は知らなかったらしい。その話でルークは顔色を変えた。


 「つまりアラミサルも巻き込まれるってことか」

 「うん、だから戦火が拡大しないうちに止めないと」

 「……前にもあったな、こんなこと。ゾルバダではほぼ力技で解決したが、今回も2人で王宮をぶっ潰すか?」


 その言葉は深刻になりすぎていた美波の思考をほぐした。


 「それで王族が全員いなくなったとしても開戦派大臣たちが残ってる。戦争が終わるか分かんないじゃん」

 「物騒だな」

 「どっちが!」


 言い合って2人して吹き出す。


 「アフメト殿下ってのが俺たちを財務部に潜り込ませたのは、金の流れからこの戦争を推し進めてるやつが分かるんじゃねぇかってふんでるんだろうな」

 「私たちに期待してるのはそこだと思う。でも手当たり次第帳簿を見て分かると思う?」

 「微妙だな。しかも時間がかかる」


 美波は唸りながら天井を見上げた。


 「開戦派は第3王子と宰相、左大臣、右大臣に政務部大臣だったな。まずはそこらへんの金の流れを調べるか」


 方針を決めた2人はさっそく翌日から取り掛かった。




 美波とルークは仕事熱心な新入り官吏を装い、部内の全員が帰宅するまで仕事をして、誰もいなくなってからルークとともに財務局の資料を調べていった。


 「アフメト殿下は前国王と第1王子、第2王子の死に疑問を持ってた。前国王の体調が悪くなったのはちょうど第1王子が亡くなった5年前……やっぱり怪しいよねぇ」


 アフメトは王位を巡る争いと考えていたようだったが、それだけじゃないとしたら?

 根拠はないが、頭の片隅にその可能性も残しておく。


 「さすがに10年以上前からこの戦争が画策されてたってことはないと信じて、10年前の帳簿から確認すんぞ」


 ルークは記録が保存された棚から書類の束を引っ張り出す。


 「じゃあ私は第3王子の資産記録から見るから、ルークは他の人をお願い」

 「あぁ」


 国王としての執務と財務部での手伝い経験のある美波はもとより、ルークも王都王立学院で文官の勉強をしていたので、問題なく文書を読み解ける。

 資産記録には、その年の収入と支出から所有する資産や預貯金額、所有する領地の収益まで事細かに書いてある。一切の不正を許さぬという財務部の信念が伝わるようだった。

 2人は全員分の資産記録に不自然な金の動きがないかなど1週間をかけ入念に探したが、それらしい数字は見つけられなかった。


 「賄賂とか裏金とか絶対あると思ったんだけどなぁー」


 美波は簡素な木のテーブルに上半身を預けて脱力した。


 「毎年こんだけきっちり財務部が監視してたら抜け道はなさそうだな」


 向かい側でルークも足を組んで頬杖をついている。


 「だったら後宮で起きた毒殺事件から洗うべき? でももう当事者は王宮の外で__」

 「しっ、人が来る」


 ルークの気配察知はさすがのもので、その人が階下で階段に足をかける前に気づいた。

 裏の館ではいつ寝ているのか分からないような官吏もおり、夜間に発生する雑事に対応する雑役奴隷も少数だが働いている。

 若干の同情混じりで上がってくる人物を眺め、階段から顔が見えたところで驚く。


 「あっ! ウェイ!」

 「は!? ミナト!?」


 ウェイはずっとここで働いているのだ。タイミングさえ合えば会うのは当然だ。しかし後宮入った美波はいるはずのない人物。ウェイは階段を踏み外しそうになった。


 「はっ!? え? なんでいるんだ?」


 ウェイは幽霊でも見るような顔で美波に近づく。


 「色々あって、紅の位の官吏として舞い戻ってまいりました〜。あっ、こっちの人はルーク・シャーウッド、私の今の名前はミナト・タケシタね。ルーク、この人は雑役奴隷時代に同室だったリー・ウェイ」


 美波と同室、しかも女だと知っていて何かと協力したのだろうとルークは察し、ウェイに同情の目を向けた。


 「色々の部分はあえて聞かないが……それで今は何をしてるんだ?」

 「あぁこれね、今回の戦争の開戦派を探ってたの」


 美波は帳簿を持ち上げてみせる。


 「へぇそりゃまたなんで?」

 「この戦争は勝ち目がないのに指導陣が揃って賛成してる。おかしいんだよね」

 「はー、俺らには戦争しようがしまいが関係ないけどさ。負け戦か」


 ウェイは呆れた顔で机の上に散らばった書類を眺め、それからあれ? と言って動きを止めた。


 「この人たちさ、親戚関係じゃない?」

 「あー、確かそうだよね。左大臣の妹は宰相の奥さんで、宰相と右大臣は従兄弟。右大臣の叔母が財務部大臣の母親、だったかな。よく知ってたね?」


 1番怪しく思える縁戚関係はあらかじめアフメトから教えられていた。


 「奴隷の娯楽は雲の上の人たちの噂話だからな」

 「唯一無関係なのは第3王子と母后か?」


 この国の母后は代々もとは奴隷の側女。国の重要なポストに縁戚はいない。


 「今の母后ってどんな人?」

 「確か西の砂漠地帯のクシャディム州出身、だったかな。前国王に最も愛された妃だったとかって話も聞いたな」


 クシャディム、と言われても美波にはどこにあるどんな街なのか分からない。

 ピンときていない顔に気づいたルークが代わって説明する。


 「間接統治州の中では1番でかい州だったはずだ。どっかに資料あるんじゃねーか?」


 立ち上がって資料を探し始めるルークのあとに続いて2人も資料室を探す。クシャディムについてまとめられた『一冊でまるわかり』的な書籍などはもちろんないので、地理や財政、商業関係の書類から記述のある部分を探していく。


 「この作業は雑役奴隷時代を思い出すなぁ」

 「俺は現役だ。まかせろ」

 「手伝ってもらって悪いな」

 「問題ないですよ。官吏の皆様の手伝いが俺の仕事ですし」


 3人で手分けして資料を探し、机に書類が積み上がったところでウェイは仕事に戻り、美波とルークは腰を入れて読み始めた。


 「クシャディムがバザン本国にしてる上納金って他と比べて相当多いね」

 「ラマダ商会ってとこが稼ぎ頭だな。東方大陸各地から大量の茶葉や綿製品を中央大陸に輸出して、中央大陸からは魔石や魔物から作られる服などの加工製品を仕入れて売ってるらしい」

 「魔石? それって国の管理じゃないの?」


 国の重要なエネルギー資源である魔石はアラミサルや周辺各国では国の管轄である。


 「買い付けをラマダ商会がやって、それを国に納品してる。代表者名は……サーディク・ラマダ」

 「サーディク・ラマダ……どこかで見覚えが……」


 美波が今まで見た書類をバサバサとめくり目当てのものを引っ張り出し、財務部の予算関連書類の中から該当ページをルークの方に向けて見せた。


 「ほらここ、バザン王立取引所の筆頭株主、サーディク・ラマダって書いてある」

 「この国の中央銀行は一商会に握られてんのか!?」


 貨幣発行という国の心臓部を担う中央銀行は本来独立性がなければならず、一個人や企業が大量の債権を持つということは避けるべきである。だが、現代のアメリカなどでも他国の銀行が大株主になっていることがある。


 「せめて国が株式の過半数を持ってたらまだ良かったんだろうがな」

 「ちょっと待って。この一商会が大株主なことってそんなに問題?」

 「あぁ、株の過半数を持つってことは普通、経営の決定権があるってことだ」


 美波は資料をじっと見て考え込み、口を開いた。


 「それじゃあこの国って、クシャディム商会の言いなりじゃないの? 魔石の輸入、上納金額、極めつけは中央銀行の大株主。いくらなんでも頼りすぎというか……。もしかして、今回の戦争で一番得するのってこの商会なんじゃ……?」


 美波とルークはハッと顔を見合わせた。


 「商会が第3王子や大臣たちに圧力をかけたってことか?」

 「でもブンガラヤと開戦したら海上封鎖で中央大陸との貿易ルートが……。そっか、隣国からは船が出てるからそっち経由か。迂回する分費用は今までよりも高くなりそうだけど」

 「それ以上に、戦費を賄うため発行する国債からの利子、軍需特需からの利益。さぞ儲かるだろうよ」


 ルークが吐き捨てるように言う。


 「この可能性をアフメト殿下に知らせよう」


 美波たちの身分では第3王子らに接近できないため、連絡用に渡されていた特殊な紙に万年筆で記す。文字は一定時間を過ぎると対となるもう一方の紙に転写され、送信側の文字は消える仕組みになっていた。


 「これ、アフメト殿下のオリジナル魔法なんだって。便利だよねぇ。アラミサルに持って帰りたい」

 「今回の件を解決できたら褒美としてもらえるかもな。ただ、まだ解決には遠そうだが」


 美波は今後の道のりを考え深く息を吐く。

 まだ開戦に至った原因と思われるものを突き止めただけで、停戦には程遠いのだ。

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