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79 巻き込まれた戦争

 (せっかくの休みなのに、何が悲しくて緊張を強いられる相手と会わなきゃいけないのか……)


 「以前そなたは『戦争をしないからアラミサル王国は豊かだ』というようなことを言ったな?」

 「あっ、はい」


 王族の男に会ってから、美波は休養日のたび律儀に木立に囲まれた池に行っていた。前回は誰とも会わなかったが今回は男が待っており、美波の姿を見るなり質問を投げつけた。


 「国の宰相や大臣、軍部が戦争をしたがっていたら、そなたはどうする?」


 どんな最悪の想定だ、と美波は言いたくなった。もちろん王族に対してそのような口は聞けないが。


 「どうにも……ただの下働きにできることはないかと思いますが」

 「そなたがある程度の地位にあったとしたらどうする?」


 美波は自分がアラミサルの文官だったら、という想定で考えてみる。


 「その国の政治体制が分からないのですが、王様は賛成派ではないんですよね? だったらそちらの説得をします」

 「王はとある理由で家臣を止める力がない」

 「うーーーん、それなら開戦派の主張を潰す論理を組み立てて、それから反対派を集めつつ利権が絡んでいないか探る、ですかね」


 今度は地球上で起きた古今東西の戦争とその原因を頭に浮かべながら話した。

 指導陣が開戦に傾いている時、大抵は何か原因がある。地球の歴史でいえば、宗教的対立や国内経済の悪化の解消を侵略によって求めたり、太平洋戦争の場合は米英による石油の禁輸が決定打となったが、そこに至るまでには複雑な経緯や思惑が絡み合っていた。


 「開戦派の主張は『我が国の発展には魔石が必要不可欠であるが、東方大陸での産出は中央に比べ少ない。そこで中央大陸に侵攻し領土を得て、そこで経済を発展させ本国に利益を運ぶ』というものだ」


 話を聞いてすぐ『大変なことになりそうだ』と美波は直感した。


 「これってバザン主導陣の__」


 実際の主張ではないですか、そう言いかけて慌てて口を閉じた。答えを聞いてしまったらきっと引き返せない。美波は全力で『これはただの遊びのシミュレーション』だと思うことにした。


 「いえ、なんでもありません。侵攻を想定しているのは地理から考えてブンガラヤでしょう。確かにあの国は大きくない。だからこそブンガラヤは有事の際にアラミサルと相互協力をする協定を結んでいる可能性があるのでは? アラミサルをも相手にして勝てますか?」


 頼むから戦争に巻き込まないでくれと心の中では懇願する。


 「そのような話は聞いたことがない。なぜ一介の女官がそのような情報を……? 確かか?」

 「ご存知の通り、ただの女官の戯言です。可能性を考えたまでで」

 「ふむ……。となるとアラミサルの援軍が来るまでにブンガラヤを落とせなければ負ける可能性が高い、ということか」

 「ブンガラヤがカディスに助けを求めたら応じる可能性も」


 今やアラミサルの同盟国に囲まれたカディスは、ブンガラヤを味方に引き入れたいと画策するだろう。一方でゾルバダからの援軍は政治体制の移行での混乱が収まっていないので難しいと思われた。


 「なるほどな。軍部はいささか情報収集と分析が甘いようだな」

 「そのようですね。戦争の勝敗は事前の情報と分析で決まると言われていますから」


 それは戴冠前の詰め込み教育期間に宰相から教えられたことでもあった。


 「準備と説得には骨が折れるだろうが、王族の義務としてやるしかなかろうな」


 男は池のほとりから立ち上がる。少し離れて座っていた美波もそれにならった。


 「まさか後宮にこのような逸材がいるとはな。そうだ、そなた名は?」

 「ミナミ、と申します」


 過大評価を受けてしまったと縮こまりながら答える。


 「私はアフメトという。また話に付き合え」

 「はい、殿下」


 バザンについて教えられた今なら分かる。アフメトとはこの国の国王アブドラティフの10番目の子であり、6番目の王子の名だった。




 この会話から半月後、女官長の号令で美波たち女官が集められ、バザン聖王国のアブドラティフの崩御と第3王子の国王即位、そしてブンガラヤ王国に対して宣戦布告を行い出兵したと知らされた。

 突然の国王崩御に後宮も騒然となるなか、第一夫人から第五夫人とお手つきの側女らは後宮を出された。彼女らは外の宮殿で残りの一生を過ごすことになる。そして残った側女候補と新しく入った女の中から、新国王と宦官によって新たに5人の夫人が選ばれた。

 影響はアラミサルから派遣された使節団にもおよび、国王へのお目通りが叶わなくなり、バザン王都で足止めを食うことになった。



 (アフメト殿下は戦争を止められなかったんだ。バザンの主導陣はブンガラヤとアラミサルを相手取ったとしても勝ち目があると思った……?)


 美波はバザンがどの程度の兵力を持っているか見当もつかない。バザンの知識は後宮で学んだことが全てだ。バザンには直接自治州と間接自治州からなる広大な領土があり、国王直属の歩兵軍団は敵に地獄を見せるという意味で『ジェヘンネム』と呼ばれ、最強だといわれている。


 (アラミサルはどんな状況? 帰らないと! 帰って状況を確かめて__)


 美波は強い焦りを覚える。それから激しい後悔も。対カディスに重きを置きすぎたせいで、本来無関係だったはずの戦争にアラミサルを巻き込んでしまった。


 (あぁ取り返しがつかない失敗だ。なんてことを……私はどうやってこの罪を償えば……)


 美波は震える体を抱きしめた。頭痛と吐き気に苛まれる。泣き喚いて誰かに縋りたい気持ちだった。

 宰相も長官らも自分がいなくても上手く対処するに違いない。それでも人的被害は免れないだろう。


 (どうにかしないと。どうにか……!!)


 気持ちばかり焦る。

 しかしブンガラヤとの開戦となってしまった以上、アラミサルと連絡を取ることも難しくなった。後宮でもこの戦争で中央大陸と東方大陸との海運は滞り、一部の食品が手に入らなくなるだろうと言われているのだ。


 (こうなったら一旦私だけここを脱出する? いや、出たところで中央大陸に行く船はバザンの艦隊しかない。商船と違って軍艦なんて潜り込めるはずはない)


 となると、ここで出来ることは一つ。

 アフメトを通じて早々に戦争を終わらせる。

 方針を決めた美波は、今後は仕事の日も時間のある限り池の近くでアフメトを待つことにした。

 しかし会いたいと思った時に限ってなかなか現れない。ようやく接触できたのは開戦の報を聞いてから2週間後だった。




 アフメトは朽ちた建物の奥から池を回り込んで歩いてきた。美波はそれを立ち上がって迎える。


 「来ていたのか」

 「はい。この度はお役に立てず申し訳ございません」


 まずは期待に沿えなかったことを詫び、深々と頭を下げた。今ではあのアフメトの問答は、今回の戦争を回避したい彼が解決の糸口を探していたのだと分かってしまっていた。


 「いや、そなたは悪くない。此度の戦、大臣らの主張する経済の問題以外にも理由があるような気がするのだが、未だ掴めていないのだ」


 アフメトは座り込んで髪をくしゃりとかき混ぜる。


 「殿下は開戦を止めようとなさいましたが、戦力差はどのくらいあるのですか?」

 「我が国の軍も東方大陸では最強との呼び声が高いがそれは歩兵部隊だ。ブンガラヤでの上陸戦までには海戦がある。アラミサルも派兵するだろう。同盟関係にあると情報が得られた。その両軍に対して1カ月の航海で疲弊したバザン軍では負けの公算が高い。だからこそ止めようとしたのだがな」


 アフメトとその側近らの見立てではほぼ勝ち目はないということらしい。


 「しかし第3王子のアシル、今は国王だな、それと大臣らが強硬に開戦を主張したのだ。私としてはこのまま戦火が拡大するのを防ぎたい」

 「理由は言えませんが、私もこの戦争をやめさせたいのです。アフメト殿下、どうにか方策を探りましょう」


 アフメトは片眉を吊り上げただけで、美波のことに深く追及はしなかった。


 「そもそも父上が亡くなられたタイミングが気になる。最近は体調を崩しがちだったが急すぎた。それから5年前に第1王子、3年前に第2王子が不審死している件。後者は調べた結果、後宮内の問題で今回の件とは関係がなさそうだったが」


 第2王子の母親である第二夫人が自分の息子を王位につけようと茶会の席で第1王子を毒殺、その報復として第一夫人が第2王子を何らかの方法で殺害した。これは後宮内でも度々話される『ネタ』だ。しかし証拠はなく処罰されることもなく、今回の代変わりまで彼女らは後宮に居続けた。


 「となると後宮とは別のところを調べたほうがいいのかも知れませんね」

 「あぁ、今は部下を行政各部に潜り込ませ調べているんだが人手が足りていない。手伝ってくれないか?」

 「手伝いとは、具体的に何をすればよろしいのでしょうか?」


 ただの下働きの身でできることなどないと思っていた美波には全く予想できない話だった。


 「そなたに偽の身分と名前を用意する。そなたには官吏として財務部に潜入して欲しい」

 「……ふぁ!?」

 「そなたにはそれができる能力があると思う。女の身で男のふりをしてもらわねばならぬから大変だとは思うが。猫の手も借りたいのだ、頼む」


 それはもうすでにやっていたからいい。いや、よくはないが。それよりも雑役奴隷のような単純労働ならまだしも、官吏として実務をこなしながら、この戦争を終わらせる方策を探すなど自分にできるとは思えない。だが、現状これしかできることもない。無理でもなんでもアラミサルのため全力を尽くす。それが美波にできる失点の取り返し方だった。

 仕事は受ける。そして頼みを聞き少し優位に立てた今、ついでに別の問題も片付けようと閃いた。


 「お受けするにあたり1つ条件が。私と同郷の3人の解放をお願いいたします」

 「ふむ……どうしてその3人なのだ?」

 「ここで大変お世話になったのです。せめてもの恩返しを、と」


 もっともらしい言い訳を答える。


 「こちらも無茶な頼みをしている自覚はある。よかろう、王族の権限を使って手を回す。私の懐も潤沢ではないから少々厳しいが」


 これで後宮に入った目的は達成した。ただ、乗り越えた壁の先にさらに高い壁が現れたが。

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