74 襲撃の真相
1カ月の予定だった航海は、嵐や風向きの影響で1カ月半に及んだ。
船内では動物の世話を任じられ、船の運航乗務に従事していない美波は規則正しい生活をしており、この日は朝方に甲板の騒がしさで目覚めた。何か問題が起こったのだろうかと気になって固いベッドから降りて扉に手をかけたが、下着姿だったことに気づきベッドへと戻る。それからベッド脇にしゃがみ込み、下のデッドスペースに置いてあった衣装箱を引き出して開ける。中に入っている5着のワンピースは1ヶ月半の航海の間一度も洗えず汚れていたが、その中でもまだマシな物を選んで身につけ船室を出た。階段を上がり甲板へと繋がるハッチを開けて辺りを見回すと、水夫らが一様に左右の舷縁から身を乗り出して何かを見ていた。
美波も同じように彼らが見ていた方向を確認すると、黄金色の陸地と白亜の建物が姿を見せていた。
「あれが東方大陸……」
「あぁそうだ。バザンの海側は砂漠が広がってる。中央大陸とは全く違う景色だろう?」
レオンが美波の隣に立って得意げに唇の端を持ち上げる。
本当に遠くまで来てしまったと、美波は絶望しそうになる心を奮い立たせて、これからは上手く立ち回らなければと心に決める。
そのためにはまず、売られる先であるバザンで動きやすい立場を得なければならない。
「船長、私はバザンに奴隷として売られるって話でしたけど、奴隷にもランクみたいなものってあるんですか?」
美波の質問に面白そうに片眉を上げる。
「あるな。一番安い奴隷は単純な下働きをする労働奴隷、次に簡単な計算や書き物を任せられる雑役奴隷、最後に後宮に妃として買われる奴隷だな。俺としちゃ高く売れる方がいい」
「妃? それって国王の愛妾のことですよね? それが奴隷?」
「嫁を有力貴族に限ると妃を輩出できる家は限られてるだろう。そうなればその家が政治的発言力が増す。あの国では昔からそれを防ぐために奴隷として買った女を妃にする、ってなことを話好きなバザン王宮の役人が言ってたっけな。今の国母もそうなんだとよ」
(摂関政治とか閨閥を作らせないことに重点を置いて、血筋は全く重視しないんだ。すごく合理的)
読み書き計算ができる美波は奴隷の中でも少し高い立場につけるのはないかと考えていた。しかし売られる先が後宮では困る。
「後宮って入ったら一生出られないですよね?」
「だな」
「それは困ります。売るなら雑役奴隷でお願いします」
自分につけられる値段を交渉するなど、人生で経験したくはなかったと苦々しく思う内心を表情には出さず、無表情を貫き隙を見せないようにする。
「稼げるに越したことはない、却下」
「だったら往路で稼げばよかったのに……」
「一応追手も警戒していたし、カモになりそうな船とも運悪く出会わなかったんでな」
レオンはやれやれと肩をすくめた。
「シーモンクを片付けてあげたんだから、まけてください。っていうかアラミサルに帰してください」
「それとこれとは別。無理な相談だな」
海賊にしてみれば航海に出るのは生活費を稼ぐためである。『依頼主』からの金では足りないということだろう。金払いの悪い船に乗る船員はいなくなる。確かに死活問題だ。
「分かりました。じゃあ帰り道に上手く稼げたら文句ないですね?」
「確実に稼げるならな。だがそんな方法はない」
「航行する船の位置と大体の規模が分かればいいですよね?」
「は? そんなことどうやって」
「私の魔法で。半径2000キロ圏内にいる船を探します。どうしますか?」
「2000! 中央と東方大陸は直線距離で8000キロだぞ。とんでもねぇ範囲だな」
さすが船長とでも言うべきか、レオンの判断は早かった。
「分かった。お前の代金より船からいただく方が稼ぎはデカくなるはずだからな」
「約束、忘れないでくださいね」
「いいから早く教えろ」
シーモンクとの戦闘以後、首輪をつけられていない美波はすぐに探索魔法を行使する。体内にある魔力全てを注ぎ込み、網目状にレーダーを海面上に広げ、引っかかる反応を探した。
「南南東方向500キロに1隻、そこからさらに東方向1000キロに2隻……護衛がついていそうな船団は除外するとこれくらいです」
さすがに範囲が広すぎて魔力を使いすぎ、くらりとしたが顔には出さなかった。獲物候補が3隻もあったことに満足したレオンはニヤリと笑う。
「シーモンクを倒したお前の魔法は信用してやる。が、雑役奴隷と労働奴隷は男しかなれない。どうする?」
面白がるようにレオンはさらに笑みを深める。
「さすが海賊。それを後で言いますか」
反射的に罵倒しそうになるのを皮肉を言うに止めて、深呼吸で怒りを鎮める。
「だったら男装でもなんでもやってやる。情報はあげたんだから、船長は意地でも私を雑役奴隷として王宮にねじ込んで」
美波は残った魔力をレオンに叩きつけて威圧する。
「へいへい、分かったからそう睨むな」
「約束は守ってもらいますよ。失敗したら、そうですねぇバザン王宮ごと魔法で全部吹き飛ばしますか」
もはやヤケクソ、死なば諸共である。
「コイツ、ホントはヤバい奴だったんじゃ……」
「さぁ、作戦を考えましょう。絶対失敗できないですからね」
船首の先には砂の王国。バザン聖王国はもう目と鼻の先だった。
レオンの船は奴隷船を装いバザン聖王国の港に接岸した。
船員たちはしばし羽を伸ばすために街へと繰り出してゆき、美波はレオンと港を管轄する役所へ向かうため市街地を歩いていた。その格好は髪を頭の高い位置で束ね、服は一番小柄な平水夫の物をレオンが命令し美波に譲り渡された。それで一見背の低い男に見えるよう装うことができた。
慎重なレオンは首輪で魔力を封じている上で、美波が逃げないよう両手首を体の前で縄によって拘束し、その端を握っている。魔力封じの首輪はそうとは見えぬようスカーフで覆われている。
(この首輪をしてたら明らかに犯罪者だもんね。買い叩かれるから隠してるのかな)
アラミサルよりも体感で5度以上は高く、湿度の低い乾いた空気には砂や香辛料の香りが混じっている。路上では商店が軒を連ね、人々はひしめき合い人並みを泳いでいく。
建物はどれも背が低く角ばった見た目をしており、土台に日干しレンガ、外壁は漆喰で塗り固められ、新しい建物は真っ白に月日が経過すると黄土色へと変わるらしいことが見てとれた。上の方を見上げると、他より高さのあるドーム型の屋根を持つ建物もいくつかあり、中央大陸とは全く違った景観を作り出していた。
(なんだかアラビアンな雰囲気。っていってもここはアラビア半島じゃなくて東方大陸のバザン聖王国なんだけど)
女性は長くゆったりした上衣の下にシンプルなロングドレスを纏い、脛から足首まではズボンで覆われている。男性は頭に布か小さい帽子を被り、首まで襟のあるシャツにベストを着て、ズボンはサルエルパンツのような形で、腰には太い腹巻をしている者が多く見られた。
男女ともに衣装のパターンが1つでないことから、バザンは様々な民族の人々が暮らす国なのだろうと考えた。
バザンという国について考えながら歩くこと15分。美波は目的の建物に到着した。
「こっからが正念場だ。しくじってもフォローしてやらないからな」
「安心して。私、他国との大事な会談でもミスったことないから」
「さすがオオサマ」
リオンはいたっていつも通りに、美波は少し緊張した面持ちで建物の中へと足を踏み入れた。
1階は正面にカウンター、その奥には事務作業をしていると思われる役人が10人ほど働いている。その全員が男性であることに美波は気づいた。
「奴隷を連れてきた」
レオンは受付の役人に対し、親指を後ろに向け顎をしゃくる。体格のいいレオンの後ろに隠れるように立っていた美波は、2人の視線に怯んむそぶりをする。立場の弱い奴隷らしくみせるためだ。
「それナラそこの階段を上がってクダサイ」
役人は受付の横にある階段を指し示す。
(訛ってる?)
美波には特殊能力の効果で話す言葉は全て日本語に聞こえるが、バザンの言語はバザン聖王国語だ。
(レオンには悪いけど多言語を話せるとは思えないから、レオンが中央大陸語で話しかけてバザンの役所がそれに合わせて答えたのかな)
レオンはどーも、とおざなりに礼を言って、美波を連れて階段を上がった。
階段を上がるとすぐに受付があり、役人が1人立っていた。2階には受付と先に続く廊下、その左右には小部屋がずらりと並んでいる。
「奴隷の引き渡しデスカ?」
「そうだ」
「デハ、3番の部屋へドウゾ。係の者が来るマデこの用紙に記入シテお待ちクダサイ」
レオンは言われた通りに用紙を受け取って先へ進み、いくつかの扉を通り過ぎ、『3』と書かれた部屋の中に入った。
中は狭く、机と椅子が2脚があるのみで、明り取りの小窓から漏れ入る真昼の陽光が唯一の光源だった。
「私は船長の後ろに立ってるべき?」
「当然だろ。お前は奴隷だ。痛い目に会いたくなけりゃ王宮に行ってもそのことを忘れんな」
誰のせいで奴隷になったのだと怒りのままに口撃する寸前にはたと気づく。
これが奴隷なのだ。物のように扱われ、同じ奴隷同士でなければ決して対等にはなれず、自分の人生の決定権も持てない。
(アラミサルに影響がない限り他国の政治に干渉してこなかったし、それでいいと思ってる。だからバザンがどんな政治をしようと関係ないし、私は帰ることだけ考えるつもりだったけど……)
美波は今になってようやく奴隷になることの意味を実感した。
ブンガラヤでレオンに首輪をつけられた時から自由は奪われた。しかしほとんどの時間を不自由が当たり前な船上で過ごしていたため差別的な扱いを受けたとは感じず、実際行われてもいなかった。しかしバザンでは違う。公には奴隷制を敷いていないので市井に奴隷は存在しないが、国が秘密裏に買い集めた奴隷が王宮内には存在している。そのような国に人権意識などあろうはずがない。到底受け入れ難かった。
(誰かの思い通りなんて動いてやるものか。まずはレオンと別れる前に口を割らせる)
レオンは美波を拉致した犯人ではあるが、依頼を受けたに過ぎない。しかも元は殺害の依頼である。罪を償わせられるかは分からないが、真相は明らかにしておきたかった。
役人がこの部屋に来るまでそう時間はないだろう。この一連の事件の真相を暴くならば、残された時間は僅かだ。
美波は思い切りアクセルを踏み込んだ。
「レオン、私を殺すようにあなたに命令したのはブンガラヤの王太后ですね?」
今までは自分の身を守るため、レオンに対し多少下手に出ていたがそれもやめ、いきなり核心に迫る。
「どうしてだ? なんの証拠がある?」
レオンはゆったりと横向きで椅子に座り、面白がるような目で美波を仰ぎ見た。
「まず最初におかしいと思ったのは襲撃の人数。あれは多すぎる」
「国王を殺ろうってんだ。むしろ少ないだろ。実際用意された数の半分はお前の仲間に殺られたぜ?」
「その言葉でも裏付けられたけど、馬車に乗ってた私たちは襲撃を受けて二手に別れ、私は道もない森の中を全力で逃げた。でも何故か襲撃メンバーの全員が陽動にかからず全員で私を追ってきた。探索魔法持ちがいたから逃げきれなかった理由には説明がつくけど、そもそも一介の海賊は探索魔法なんて使えない」
「不思議だなぁ」
レオンは余裕の笑みを貼り付けてたまま続きを促す。
「護衛に就いていたブンガラヤの騎士もグルだった。違いますか?」
「根拠は?」
「普通ブンガラヤ王家の馬車に乗っていれば王族かそれに近い人間だと考える。けどレオンはすぐにアラミサル国王だと見抜いた。私の顔なんて国内でもあんまり知られてないのに」
それに政治に高い関心があるとも思えないレオンが、アラミサル国王がブンガラヤを訪問していることを知っていることにも引っかかる。
「は? オウサマだろ。絵とか写真とか出回ってんだろうが」
「そんな恥ずかしいこと、私が許可すると思いますか?」
「あー……、ねぇな」
「それなのに侍女の服を着ていた私を国王だと見抜いた。それは私の顔を依頼者から知らされていたから。まぁ依頼をするなら当然だよね」
ブンガラヤの人間ならば、侍女の格好をしていた人間はまず国王だとは思わない。
「あぁ。殺した相手が人違いだったなんて冗談じゃねぇな」
「私の顔を知ってるのは限られてる。アラミサル王城でも一部だし、あとは周辺国の国王と側近、そしてブンガラヤであった王族と貴族」
美波は着実に推論を進めていく。
「次に、どうしてレオンがこの依頼を受けたのか。前回の航海が失敗して借金がある、っていうのは考えにくい。レオンの船には馴染みに船員が集まってたから」
「詳しいな。そうだ、航海に失敗するような船に水夫は集まらない」
意外だったのだろう。レオンは目を丸くしてから不敵に笑った。
「前に海賊関連の本を図書館で読んだから。海賊行為をするには2パターンある。秘密裏に海賊行為をするか、国に私掠許可状を発行してもらうか。ちなみにアラミサルは私掠行為を許可してないから発見したら海軍機能を持つ騎士団の第5師団が対処するんだけどね」
「ブンガラヤに海軍はねぇな。戦時になったら農夫が水夫として送られてくる」
うんざりした顔で手をヒラヒラと振る。
「あなたは国から私掠許可状を貰ってる。それを取り消すと上から圧力をかけられて今回の依頼を受けた」
美波がレオンの事情に踏み込みんだことで表情がスッと消える。
「港の出入りは領主の管轄。そして貿易拠点になるような税収の良い領地は大抵が公爵領。ブンガラヤ王太后の側近はシャヴァネル公爵夫人だった。そして最後に、この首輪」
美波は自分の首を指差す。
「その場で殺せない場合も想定して渡したんだろうけど、これは悪用と偽造防止のために、国有施設外への持ち出しは各国で厳しく管理されてる。不正に持ち出したら重罪。だからそれが出来るのは相当な権力者。全部王太后に繋がってる」
「決定的証拠には欠けるな」
自分の推理はあながち外れていなさそうだと美波は確信する。レオンは普段は飄々としているが、一線を越えると途端に海賊の鋭さが出るのだ。
「そうですね。でも自分で言うのもなんだけど私、国内ではけっこう人気あるんですよ。他国との関係もそこそこ上手くやってますし。確実に恨まれたなって心当たりがあるのは王太后だけなんです」
ヘラっと笑った美波に毒気を抜かれたレオンは目を瞬かせ、そして堪えきれず笑い出した。
「はははっ! あんだけ証拠並べ立てておいて最後はそれか! 苦し紛れが過ぎるだろ。あぁ、おもしれぇ奴」
ひとしきり笑ったレオンは晴れ晴れとした顔で言った。
「おもしれぇから話に付き合ってやったが、別に隠す理由もないし教えてやろう。俺に直接話を持ってきたのはシャヴァネル公爵だ。つっても俺みたいなもんが直接会える訳がねぇ。やりとりは全部手紙だ。俺は字は書けねぇから代筆を頼んだ。あれは面倒だったな」
レオンから情報を引き出すことに成功した美波は両手を握り締め密かに喜びに浸ったのも束の間、廊下から足音が聞こえ扉が開かれた。
「お待たせしました」
部屋に入ってきた役人は今まで見た役人と同様に黒い衣装で、くるぶしまでの長衣の上に上着を合わせている。そして髪を簪で束ねていた。
(レオンが髪を切らなくても問題ないって言ったのはこういうことか)
男装すると決めた時、美波はすぐに髪を切ろうとしたが、レオンが『そのままにしておけ』と言って止めたのだ。
「本日の取引はそこの奴隷……一人ですか?」
レオンの対面に腰掛け、手に持っていた小箱を机に置いた役人は美波を見て訝しんだ。それもそのはずで、たった一人の売却では奴隷商として採算が取れないはずなのだ。
「今回は商売のついでに奴隷を数人船に乗せて来たんだが、航海の間に死なれてな。残ったのはこいつだけでな」
「あぁ、そうでしたか。それは残念でしたね。では書類を拝見……ご記入がまだのようですね」
「悪い。こいつとちょっと話しててな。おい、これを書け」
商人を装っているのに字が書けないのはおかしい。レオンは美波に書かせることで上手く誤魔化した。
美波は前に進み出てレオンの隣に立ち、ペンを手に取って書類を読んだ。そこにはいくつかの質問が書かれており、全て奴隷に関するものだった。
(名前、性別、身長、出身、技能……技能!? 何書けばいいの!?)
美波は最後の項目で手を止めてしばし考えた後、いくつかを書き込みレオンに差し出す。彼はざっと目を通したふりをしてから役人へ渡した。
「拝見いたします。ミナミ・カイべ、出身は……アラミサルですか?」
「あぁ、両親は多分東方の出身だろうが、本人はアラミサル生まれだ。親は物心つく前に死んだらしく貧窮院で育ってる」
この質問はあらかじめ想定しており、レオンは決めてあった通りに話した。
「なるほど。アラミサル出身ならば文字を書ける理由はわかります。しかしどこで聖王国文字まで学んだのですか?」
雑役奴隷として買われるためには読み書き計算が出来ることをアピールする必要がある。ここでも如才なくレオンが答えた。
「こいつは貧窮院を出た後、貿易商の家で働いていたらしいんだが、そこの主人からあらゆる雑用を押し付けられ寝る間もなく働かされてたんだと。だから逃げ出したって言うんだが港で奴隷狩りをしてた俺に捕まっちまった。運が悪いね」
奴隷という立場上直答も控えねばならず、想定問答の範囲の回答は全てレオンに任せる。
「そうならば奴隷とはいえ我が国の王宮の方がずっと良い暮らしができましょう。字が書けるならば雑役奴隷として使えそうですが、技能の欄は、読み書き計算。多言語習得。……ほう」
魔法が使えることは、知られれば国家利用されることが予想されるため秘匿する。
『バザン聖王国語は話せますか?』
役人はレオンから美波に視線を移して問うた。これには自ら答えてもよさそうだと判断し答える。
『話せます』
『東方大陸語は?』
『問題ありません』
役人はまさかと呟き美波を凝視した。
『これも貿易商のところで?』
『私がお客様の相手をしておりました』
貧窮院出身の使用人らしい言葉遣いになるよう気をつける。
『これは思わぬ拾い物かもしれません。問題なく雑役奴隷として使えます。お客様、この奴隷の金額ですがこれくらいでいかがでしょう?』
役人はレオンに向き直り金額交渉に入った。
(王宮に入れないと後宮に売られたかもしれない女の子の行方を知る方法がない。まずは関門突破かな)
美波は胸を撫で下ろした。
役人の目がギラリと光る。そして懐から鍵を取り出し、机の上に置いていた箱を解錠する。そして中から十数枚の紙幣を出し並べた。
「交渉の余地ありだな」
金額に折り合いがつき、正式に美波は王宮の雑役奴隷となった。役人が席を外した隙にレオンの手によって首輪が外される。
「首輪、貰えませんか?」
「いいや、これは処分する。依頼者と繋がる証拠になり得るからな」
「だったら海に捨ててください。誰にも悪用されないように」
美波はレオンの良心に訴えかけた。そうする他はなかった。
「あぁ、足がつくのは御免だしな」
彼は約束は守る男だ。それはこれまでの1カ月半で証明されている。
『ミナミ、来なさい』
部屋を出る役人の声がかかる。別れの時だ。
美波はレオンの背中を見つめ何か言うべきか迷ったが、それより早くレオンが言葉を発した。
「受け取れ」
彼は振り向いて、先程手にした札束から数枚抜き出し美波の体にぐいと押しつけた。
勢いのままに受け取った紙幣とレオンを交互に見る。彼の行動の意味が分からない。
「これは……?」
「上手くやれ」
レオンはただ一言そう言い、部屋を出ていった。実にあっけない別れだったがそれも海賊らしいと美波は思う。
(レオンは私を攫ったことを謝ったりはしなかった。それは多分彼にとって反省することではなかったから。でも私に対しては悪いと思ってたのかな……?)
確かめる術はない。だから美波はそう思うことにした。
それから数日を役所の3階にある拘置所のような部屋で過ごした。奴隷同士結託させないためか2畳ほどの狭い空間ではあったが個室なのは、性別を偽る身では助かった。
それから他の買われた奴隷らとともに荷馬車に乗せられ、それを降りた時にはもうバザン城内だった。




