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7 国王、家出する

 1週間の山中行軍を終え、訓練の全行程を乗り越えた団員らは、今後それぞれの配属先へと散ってゆく。

 今日はその修了式ということで、新入団員らは、いつもの訓練場に騎士団の正装をして整列している。全員が白を基調とした華やかな詰襟に、ズボンもしくはタイトスカートに帽子を着用していた。


 「本日、諸君らは3カ月間の訓練を修了し、明日からは国と国民の安全を守るため職務に従事する。騎士団は建国から500年の間に、他国からの侵略を幾度も防ぎ、10年前も東のカディス帝国からの侵攻を跳ね除けた。現在は北のゾルバダから来る避難民の対応も行なっている。状況は日々変化する。諸君らにはそれに的確に対応し、日夜訓練に励み、時には危険や命を顧みず責務を完遂せよ」


 騎士団長のハロルド・ジョーンズが、常でも厳めしい顔をさらに引き締めて訓示を述べた。50代を過ぎても、なお豊かな黒髪を撫でつけ茶色の瞳を眇めている。


 「一同敬礼!」


 3カ月前までは正しい姿勢で立つことも敬礼の仕方も知らなかった1000人が、一糸乱れぬ姿で騎士団長と対している。


 「諸君らおめでとう!!」


 正式に騎士となった若者たちは、わぁー!っと歓声を上げて被っていた帽子を空へと大きく投げた。





 修了式後、美波は1班で仲良くなった3人と、同室だったアンとともに城下の酒場に来ていた。城と訓練場と、城の背後にある山中行軍で行った山しか知らなかった美波にとって、初めての城下だ。


 「俺とロビンは近衛、ナイジェルは特別隊の配属。アンちゃんは第3師団の補給隊か」


 それぞれの進路を確認し、ジャックがエール飲みながら言う。

 『その人事、私とこの3人が仲良いからって忖度入ってませんか、宰相!?』と美波は問い正したくなった。


 (訓練中の行動とか成績とか全部報告されていたんだろうか。されてただろうな)


 嫌なわけではないが、知られたくもなかった美波は、複雑な気分になった。

 美波が意識を別のところに飛ばしている間にも会話は進む。


 「俺は体力に自信あったから1班入りを志望したけど、希望配属はなかったな。家が王都だから、騎士団に来たのも身近だったからってだけだ」

 「俺は近衛希望。だってカッコいいじゃん。王都の男の憧れだよ」


 ジャックとロビンの配属希望は単純明快だった。


 「俺は『ベク』っていう東の国境近くの村の生まれなんだ。温泉があるちょっとした観光地だし、皆も地名くらいは聞いたことがあると思う。そのベクに10年前、カディス帝国が侵攻してきた時、俺も両親もきょうだいも皆、ここで死ぬんだって思った。でも特別隊の騎士たちが駆けつけて、カディス兵を追い返した。それから自然と特別隊を目指すようになったな」


 みんな驚いた顔でナイジェルを見る。彼はその空気を変えるように、街にほとんど犠牲は出なかったし、ほんとにすごいよと言って笑んだ。




 「ところで皆恋人いるのー?」


 アルコールが回ってきたアンがニヨニヨしながら聞く。


 「この3カ月にそんな余裕あったかよ!」


 ジャックがツッコむ。


 「入団前にいたかもしれないだろ? 俺は別れて来た」


 ナイジェルの衝撃発言に一同驚く。おい詳しく聞かせろとジャックが凄み、裏切り者ー!とロビンが騒ぐ。


 「みみみみミナはいないよね!? アタシと一緒だよね!?」


 アンが縋りつく。


 「いないよ。っていうか28から新しい仕事始めて、なおかつ新たに恋愛して恋人作ってって体力ないかも」


 美波は苦笑する。


 「28? ミナさん、もしかして、28歳デスカ…?」


 アンが震える声で聞く。美波はうん、と頷いて答えた。


 『はああああああああああああ!!!??』


 鍛えられし騎士たちの本気の発声は騒がしい店内でさえ響き渡った。


 「いやいやいや! どう見たってハタチそこそこだろ!!」


 ジャックはイスから落ちそうになっている。

 日本でも若く見られがちだった童顔は、この世界では若見えも度が過ぎる。


 「俺はなんだかヘンな扉開きそうだよ……」


 ロビン、その扉は開けない方がいい。


 「ミナ……28歳なのに、大の男が泣き出し、血反吐を吐き、毎年脱落者が出るあの1班の訓練を耐え抜いたの……?」


 アンはもはや恐ろしいものを見るような顔をしている。酔いも吹っ飛んだらしい。



 全員に散々突っ込まれた年齢判明事件の興奮はひとまず落ち着き、ロビンが唐突に語り出す。


 「でも俺、近衛に入って王様にお仕えできるのはすごく光栄だよ。両親も、じいちゃんばあちゃんもすっごい喜んでた」

 「そうだな。俺のとこも配属決まって家に報告に戻ったら母親なんか泣き出しちゃってさ」


 ロビンの言葉にジャックも続く。


 「この国はさ、他国と違って神様が国王を選ぶだろう? 他のどの国もそんなことやっていない。だけど、どの国よりも豊かだ。国境の村にいたから他国との差はすごく感じていた。大きな戦争は60年前が最後だし、魔石が有効活用できるようになって、生活はこの50年で一気に便利になった。飢える人も少ない。神様の選ぶ国王陛下って本当にすごいよ。俺らから見たら国王様も神様みたいなものだ。そういえば、9月に新しい国王陛下が即位されるって、ちょっと前に発表があったな。次はどんな方なんだろうか」


 ナイジェルの期待のこもった目から、美波はそっと視線を外した。





 酒場から馬車で城に戻り、隊舎に部屋がある4人とは途中で別れて国王の部屋へと戻ってきた。

 この3カ月は大浴場で誰かと一緒に入浴していたため、1人の静かな入浴が寂しく感じる。

 湯船に肩まで浸かりながら考える。明日から即位までの3カ月は、宰相から国王としての政務を学ぶことになっている。

 現在の国政は宰相を筆頭に、財務部・人事部・文部・司法部の4つの部署が、前国王の政務を引き継いで行っていた。


 美波は思う。分かりやすい目標があれば良かったと。勇者として召喚されたなら魔王を倒せばいい。お姫様になったら王子と結婚して世継ぎを産むのが仕事になるのだろうか。好みじゃないが分かりやすい。平民として転生したなら、それこそ好きなように生きればいい。

 だがこの国の国王とは何をすればいい。貧しさにあえぐわけでも、教育レベルが低いわけでも、戦時中でもない、特段の問題がないこの国で、誰のために、どの方向を向いて王様をすればいいのだろう。

 アラミサル王国3000万人のため、王城で働く宰相を含め、文官や騎士たち5万3000人に指示し導くのは国王となる美波の仕事になる。

 美波は日本に帰れないことをすでに受け入れていた。しかしそれと同時に、国王という責任の重さも感じていた。国王はただ漠然とできるような仕事じゃないと、ここにきて不安に襲われた。



 美波は風呂から出て魔法で髪を乾かし、夜着ではなく騎士団の制服であるシャツとズボン、ブーツを身につける。背嚢に着替えや化粧品、なぜか充電が切れないスマホと騎士団支給の剣を突っ込む。動きにくいデイドレスや装飾品、目立つ騎士団のジャケットは置いていく。

 部屋の外には警護の近衛が常に立っているので、バルコニーから外に出る。

 部屋は2階だが、この高さなら訓練でも飛び降りたことがあった。美波はいけると確信して、背嚢を背負い、バルコニーの手すりの外に立つ。そして空中に身を投げた。


 「っしょい! 受け身完璧」


 (国王の責務から逃げるわけじゃないから、神様許してよ)


 どうか今だけは見逃して、不審死は勘弁してと祈りながら美波は城を出た。

 戴冠式までには帰ると置き手紙を残して。


美波「王宮と騎士団しか知らないのに王様なんかできるわけない」

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