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異世界に召喚されて私が国王!? そんなのムリです!【コミックス2巻5/2発売予定】  作者: キシバマユ
四幕 即位3年目ー4年目

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69 同盟交渉

 貴族の朝は遅い。

 夜から翌日未明にかけて舞踏会など様々な集まりが開かれ必然的に寝るのが遅くなるからだ。

 昨夜は午前2時過ぎにベッドへと入った美波だったが、今朝の目覚めは悪かった。それは相手の提案の一部を拒否するという体力と精神力を削られる交渉に初めて挑むプレッシャーからだった。

 眠りの間に何度か目が覚め、浅い眠りを繰り返し途切れ途切れに夢を見た。それはフィリップと同盟について交渉し、そしてお互いに感情的になった末にブンガラヤがカディスと同盟を組む展開だったり、カディスと戦争になっている夢であったり、アラミサルが傭兵として雇った兵士の中にルークがいて、彼を最前線に送るものだったりした。


 (想定問答は頭に入れた。あとは会話を誘導していい条件で同盟を結ぶだけ。それなのに、自分一人で会談に臨むってだけでこんなに恐れてちゃ国王だなんて言えない)


 思い返せば、国王になってから国の命運を左右するほどの大きな転換点に一人で臨むことがなかった。政務では常に宰相のサポートがあり、ゾルバダ侵入作戦では自分の信念は通しながらも、ルークやフォスターと話し合いながら動き方を決めていた。


 (もう2年以上も国王やってるんだ。ダニエルは周囲に頼れって言ってくれたけど甘えてちゃいけない。重大局面でも自分一人で乗り越えられるようにならないと)


 与えられた役割を自然とこなせるようになりはしない。そうなりたいと願い努力して初めて叶えられる。


 (もっと国王らしく……国王らしいってなんだ? もっと突き詰めて考えろ。統率力と指導力があって頭が切れて……いや無理じゃない? って諦めんな私! 頑張れ!)


 ベッドからガバッと起き上がり、パシンと頬を叩き気合を入れる。

 時刻は午前8時。フィリップとの会談は10時からなのであまり多くの時間はないが、シャワーを浴びて頭の覚醒を促すことにする。

 寝室の奥にあるバスルームへと入り、広い洗面台に夜着を脱ぎ捨てる。旅行でもなければ宿泊場所もホテルではないので夜着はアラミサルから持参している。この夜着を選んだのはケリーで、長袖に胸元の刺繍と袖のレースが可愛らしいデザインのルームウェアだ。

 ブンガラヤ王宮の客室は浴室まで煌びやかで、大理石の床や壁が朝日の中で輝いて見える。

 広い浴槽に湯を張る時間はないので、美波はその横にあるやたらと装飾的な扉を開けてシャワールームへ入った。

 シャワーノズルは頭上の壁面に固定されており、右手側の腰の位置に魔石が、左手側には温度と水量を調節する2つのレバーがあった。

 美波は魔石に触れて給湯を起動させ、水量レバーを捻り熱めの湯を頭から浴びた。


 (すぐにお湯が出てくるのは魔石の優れた点だよね)


 すぐに湯が出るシャワー、魔法という不可思議な現象、冒険者という自由闊達な職業、電気通信技術も速い移動手段もないからこそ緩やかに進む世界、排ガスに汚染されていない空気、日の出と共に起床し隣人をお互い気遣い合いながら生きる人々……美波は気持ちを切り替えるため、この世界の中で好きなところを一つ一つ数えた。


 (この世界で生きていくんだ。国王として、死ぬまで)


 ふいにその現実が実感として湧いた。

 無意識下で今までは『突然召喚されたのだから突然元の世界に帰されることもあるかも』と思っていたのかもしれない。美波に自覚はなかったが、宰相の杞憂はあながち間違ってはいなかったのだ。

 今まで引きずってきた日本への未練がここでスッパリと断ち切れたのを感じる。

 美波は爽快感とともにノズルを逆に回し湯を止め、タオルで体の水気を拭き取りバスローブを羽織り、顔や体に保湿剤をつけて浴室を出た。


 「おはようございます、陛下」

 「おはよう、ケリー」


 寝室ではすでにケリーが待っていた。美波がシャワーを浴びている間にカーテンが開けられ、薄暗かった室内は一変し、多くの陽光が射し込んでいる。


 「今何時?」

 「8時半です」

 「おっけー、さぁ準備しようか」

 「本日はどのドレスをお召しになりますか?」

 「あー……、一番地味なやつ」


 寝室のウォークインクローゼットに向かっていたケリーが足を止めて振り向く。


 「……それがよろしいんですか?」

 「うん。何かいいのある?」

 「えぇ、どんな要望にもお応えしてみせますわ。このブラウンのエンパイアドレスはいかがでしょう?」


 ケリーがクローゼットから取り出したのは、くすんだ赤みの強い樺色の生地に上から白の刺繍入りシフォンを重ねたデザインで、絶妙に地味になりすぎない物だった。


 「そう! これだ! さすがケリー」

 「お褒めにあずかり光栄です。では早速お召し替えを」


 ケリーはタンスからドレス用の下着と補正下着を出し美波に差し出す。美波は最初の頃に感じていた羞恥心はすでになく、躊躇わずバスローブを脱ぎそれらを身につける。そしてケリーが上からドレスを被せ、後ろに回って背中のボタンを閉じた。


 「それでは朝食をお持ちしますので、その間にお化粧をお願いいたします」


 美波は少しでも長く睡眠時間を取るために、度々支度を分業制にすることがあった。

 ベッド横のドレッサーの前に座り、すでにケリーが用意していたケープを首元に巻き、ドレスに化粧品の汚れがつかないよう保護する。

 ファンデーションの馴染みを良くするための下地などは存在せず、直接ファンデーションを塗り、上からフェイスパウダーを叩く。カバー力も使用感も現代日本の物には劣るが、それでもノーメイクよりはマシだ。そして国王の権力を遺憾無く発揮して作らせたビューラーでまつ毛を上げ、眉は古代エジプトのアイメイク(絵画でも見られる目の周りを黒や新緑色で縁取るもの)でも使われたコールを使った物で、美波の髪の色に合わせ茶色味のあるパウダーを筆に取り描く。アイラインも素材はアイブロウとほぼ同じで、これも筆に取って使うものだが今日は使わないことにした。アイシャドウは様々な色がある魔石が顔料として使われている。パレットの中の10色から、美波はブラウン系統であっさりまとめた。

 仕上げに日焼け止め代わりの魔法を顔と体にかける。これは魔法の防御層を応用したもので、顔や腕など露出する部分を覆うように防御層を展開する。その防御層に光を跳ね返す魔法を加え、10時間ほどで効果が切れる設定にしておくと完成である。

 このは美波が何よりも優先して創作したオリジナル魔法だ。

 仕事帰りに異世界召喚された美波が持っていた物は財布に社員証、交通機関のICカードに、お茶が入ったペットボトルとメイク直し用の道具が入ったポーチで、日焼け止めはなかった。しかし運が悪いことに召喚されてすぐに騎士団へ入ることになり、美波の紫外線対策は急務となった。

 そこで美波は新兵訓練が始まって3日後にあった初めての魔法実習で防御層学び、訓練のあと隊舎に戻り試行錯誤を繰り返した。防御層を肌に張りつかせることはすぐに出来たが、紫外線を通さないというのが問題だった。なにせ紫外線は目に見えない。そこで美波は紫外線に限定せず、光を通さない魔法を試みた。

 実験体は自分の目だった。目の上に防御層を作り、それが光を通さなくなったら何も見えなくなるはずだと考えた。生来の向こう見ずを発揮して、失敗したら体に害があるかもとは考えなかった。そうして2日間のチャレンジの末、最終的には紫外線のみを通さない奇想天外な新作魔法が誕生したのだった。




 リビングの方から音がして、ケリーが部屋に戻ってきたことを知る。彼女には少し待ってもらい、美波は準備を終わらせてから席を立ち、ケリーのいるリビングへと向かった。

 テーブルには見事な朝食が用意されていた。紅茶やコーヒー、フレッシュジュースの飲み物、ジャガイモのポタージュとほかにも皿が4つあり、数種類のパンとメイン料理のオムレツとソーセージに生ハム、サラダ、そして数種類のフルーツが盛られていた。


 「めちゃくちゃ量多いね?」

 「他国の賓客、しかも国王陛下ですから。これも饗応です」

 「さすがに食べ切れないよ。けど日本人的に食べ残すのも罪悪感が……」

 「おそらくですが、パンなど全く手のついていない物であれば下働きの者に回されるかと」


 機械化による大規模農業が行われていないこの世界では、貴族は廃棄が出るほどの料理を供するのが豊かさの現れとして食べ切れないほどの料理を作らせるが、一般市民は明日の食事のために働いている。王城や貴族の城ではそのおこぼれに預かるのは当たり前のことだった。


 「それなら罪悪感は少なくなるかな。あーあ、ルークが一緒だったら食べきれない分食べてくれるのにな」


 朝食に手をつけ始めた美波に、これも時間短縮のためヘアセットを施していたケリーが『えっ』と声を出す。


 「ルークさんと陛下ってそういう関係なんですか?」

 「ん? そういうって何? 変な勘違いしてない?」

 「しかし、ルークさんは今は冒険者とはいえ名門シャーウッド公爵家のお方です。そのような方は普通、誰かのお下がりを食べたりはいたしません。陛下が気に病まれるから気を使われたのでしょう」


 美波は喋りながら食事を続ける。


 「ルークは優しいんだよね。ホント」

 「ただの善意を少々超えているように思いますが」


 ケリーの発言の意図が分からず、後ろを振り向きたい気持ちを抑えて目線だけ向けた。


 「彼は陛下のことを愛していらっしゃるのではないですか?」

 「むぐっ!?」


 美波は口に手を当て、なんとか吹き出すのを堪える。そして咀嚼して紅茶で流し込んで、勢いよく反論を始めた。


 「それはない。何度も『絶対付き合いたくない』って言われてるし。ルークは優しいから私の価値観に合わせてくれてただけだよ」

 「……そう、でしょうか?」

 「そうなの! おっと、もういい時間だね。お腹はいっぱいだし、下げちゃってくれる?」

 「かしこまりました」


 時刻は会談の30分前になっていた。

 美波は立ち上がり歯を磨きにバスルームへ行き、ケリーはテキパキと後片付けをして部屋を出る。

 バスルームに置いてあった馬の毛の歯ブラシにペパーミントなどが配合された歯磨き粉を使い歯を磨いて、寝室のドレッサーに戻り、身支度の総仕上げに香水のボトルを取り出してキャップを回し、軸から両手首に1滴ずつ垂らした。

 普段は香水をつけないが、ブンガラヤ貴族は東方大陸文化の影響を受けて身だしなみとして必須と考える人間も多く、美波もその基準に合わせて付けることにした。

 荷物削減のため持ってきていた香水は2種類。香りのタイプが全く違うものを選んでいた。

 美波が選んだのはトップノートのローズの後にアンバーが香る、落ち着いた印象のものだ。

 全ての準備が終わったところでケリーがマクティアとクライヴを連れて戻り、美波は会談へと赴いた。



 美波は昨夕にも通された国王の謁見の間でフィリップと向かい合っていた。

 極端に横に長い机の長辺で対面する2人の国王の後ろに立つ顔ぶれは全く違っていた。美波の後ろにいるのが騎士なのに対し、フィリップには近衛騎士と白髪の侍従長、それから見知らぬ貴族の男が控えていた。

 美波がその男に視線を向けてもフィリップはその意味に気づかないのか何も言わず、美波に話しかけられたわけではないその男も会釈をするだけで直答は控えた。


 「フィリップ陛下。後ろに一人見知らぬ方がいらっしゃるのですが、どなたですか?」


 美波は困惑を顔には出さずに尋ねる。


 「あぁ、彼は僕の相談役として重用しているジャン・ナヴァル公爵です」


 フィリップに紹介された男は美波に対して丁寧に礼をとった。

 会談の際に重臣を控えさせておく場合は往々にしてある。現に美波もカディス皇帝との会談には宰相を伴っていた。

 したがって注目すべきは王と重臣との関係性だ。王が臣下に頼りすぎたり、ましてや立場が逆転しているようでは危うい。臣下が王を操ったり、王座を奪う愚行に走らないとも限らないからだ。

 危惧は一旦頭の片隅に押しやって、美波はこの会談を進めるために口を開いた。


 「それでは早速、今回の訪問の主題に入りましょうか。まずは文書の全条項を確認させてください」


 美波はブンガラヤ側が用意した同盟締結文書を上から順に全て目を通す。事前に内容は伝えられていたが、アラミサルに不利益を被るようなものになっていないか改めて確かめる。そしてあらかじめ宰相が美波に判断を委ねていた条項を見つけた。


 「この第三条の『アラミサル王国またはブンガラヤ王国に安全上の脅威が生じた時、相手国は当該国の要請に応じる』という表現ですが、『要請に応じる』ではなく『協議に応じる』と変更させてください」


 美波の発言にフィリップが『えっ』と声を上げる。


 「何が問題なのですか?」

 「状況によっては要請に応じられない可能性があるからです」


 同盟は破棄されるまで半永久的に有効となるものだ。よって、後年で自国内で混乱が生じ、他国の非常事態にまで構っていられる余裕があるとは限らない。美波の主張はもっともなことだった。

 しかし本音のところでは、ブンガラヤの情勢が__主に快楽主義な王太后ら貴族やが戦時に役に立つのか__不透明なため様子見がしたいというところだ。


 「それは……困ります」


 それはそうだろう。ブンガラヤはアラミサルの武力を当てにしたいのだ。そのために今回の同盟を持ちかけている。

 美波はさぁここから交渉の本番だ、と身構えたがフィリップに話し出す気配がない。


 (困るとだけ言われてもこっちが困るんだけど!?)


 2人が見つめ合ったまま動かないでいると、ナヴァル公爵がフィリップに耳打ちした。


 「それではアラミサルからの織物製品の関税を10%引き下げるのはどうでしょう?」

 「織物はそうそう増産も出来ませんし、現在の取引額では残念ながら条件としてはあまり良いとは言えません」


 美波がキッパリと断ると、フィリップはすぐに代案を出した。


 「では東方大陸からの輸入品をこれまでよりも安く融通するのではいかがです?」

 「私は東方大陸のショウユやミソも使って料理をすることもあるので個人としては嬉しいです。しかしご存知かと思いますがアラミサル全体での需要はそんなに多くないので、魅力的とは言えません」


 そして再び落ちる沈黙。見かねたナヴァル公爵が再度フィリップの耳に口元を寄せて何やら囁く。


 (昔あった食品偽装問題の会見みたいだな)


 その姿を情けないと思うより先に、昔に見たテレビを思い出し、笑いそうになるのを顔面の筋肉に全力を注いで防ぐ。


 「消費量が増える見込みもありませんか?」


 そのことについては考えたことがなかったため、間違った結論を出さぬよう美波は慎重に考え発言した。


 「もしそうなれば、国が海運会社を作り東方大陸と直接航路を開くことになるかと」


 アラミサルには港も造船技術もあるため、大口取引になった際わざわざブンガラヤを通す理由がないと判断した。


 「それでは……ブンガラヤ国内の領土の一部をアラミサルの租借地とする、というのはどうでしょう?」

 「……はぁ!?」


 これにはさすがに美波も驚きを隠せなかった。


 (ちょっ、待って! 租借地って領土の一部を貸し出すってことだよね? それってやっていいこと!? 戦争で負けて領土ぶん取られるんじゃなくて、この場合はちゃんと借地契約を交わして、アラミサル国民が住めるようにするんだろうけど。これどう考えたらいいの?)


 これは長考が必要だ。

 まずはブンガラヤの狙いを読む。


 (領土を割譲すると考えると、ブンガラヤ側がすごく不利で逆に裏があるんじゃないかって疑いたくなるけど、契約期限のある貸借ならそうでもないかな)


 アラミサル国民を租借地に住まわせるとなると、そこへは治安維持のために警備兵を派遣しなくてはならない。


 (治安維持のためのブンガラヤ兵士もいるだろうけど、租借地となってアラミサルの法律が適用されるなら絶対混乱が起きる。兵士を派遣は多分必須。……あっ、そういうこと?)


 美波が導き出した推論はこうだ。

 ブンガラヤはカディス国境の一部領土をアラミサルに貸し出し、自国民を守るという名目で派遣されるアラミサル兵に国境を守らせる。そして万が一攻撃を受けた場合は、国民保護のためアラミサルも参戦させるための策だと考えた。


 (逆にアラミサルのメリットは……? 租借地に貴重な資源な資源があるなら悪くないかな。自国民を住まわせる意味は……アラミサルからブンガラヤに輸出を増やしたい場合は有効だけど、租借地を運営するための費用や労力にはどちらも見合うかどうか分からないなぁ)


 「ちなみに租借地はどこですか?」

 「ブンガラヤ北西部のスニ公爵領です」


 美波の推測通り、そこはカディスとの国境がある街で、両国の間には山も川もなく、侵攻を受けた場合真っ先に戦地になる可能性のある地域だ。


 (あの辺りはゾルバダにも近いから、運が良ければ魔石が採れるかもしれない。でも、ただの可能性のためだけに自国の兵士を危険に晒す選択は、しない)


 「やはりお断りします」


 美波の返答は予期していなかったらしく、フィリップとナヴァル公爵は揃って驚いた表情を見せた。


 「なぜ……でしょう?」

 「やはりメリットが大きくないという判断です」


 三度落ちる沈黙。今度は公爵も出張ってくることはなかった。


 「それでは……ミナミ陛下はどのような条件だったら折り合いがつけられるとお考えですか?」


 ようやく引き出したかった言葉を言わせた美波だが、表情筋は引き締めて顔には出さないようにする。流れを引き寄せた途端に感情を出すのは交渉術として悪手だ。


 「毎年貴国の年間予算の0.01%分を防衛費としてアラミサルに援助いただけるのであれば」


 守って欲しければ毎年金を支払え、というあまりにも直接的な要求が飛んでくるとは、頭の片隅でも考えなかったに違いない。美波が宰相に教えられたこの世界の歴史でも、他国に資金援助を頼んだ場合の支払いは1回、戦費で費用が嵩めばもう1度使者を立て1度目と同じような手順を踏む。戦争賠償金の支払いでさえ何十年に及ぶことはなかった。


 「0.01%でも金額が大きすぎます。それはあまりにも無茶だ」

 「しかし、アラミサルとしてもブンガラヤにまで目を光らせるとなれば軍備を拡張せねばなりませんし」

 「それは理解できます。しかし……ブンガラヤとカディス帝国に手を組まれても貴国は困るはずだ」

 「そうですね。でもカディスとの同盟締結のために失うのは金銭以上に貴国にとって大切な、東方大陸とを繋ぐ港ではないですか?」


 自分がカディス皇帝ならば、戦争をちらつかせながら間違いなくそれを要求する、と美波は脳内で付け足した。

 アラミサルとの同盟にこれほどこだわるということは、ブンガラヤにはカディスに抵抗できるほどの武力はないとみて間違いない。

 それもそのはずで、カディスはアラミサルにつぐ土地面積と人口を擁しており、また、その世界の戦争はまだ、兵器の質より兵士の数で決まることが多かった。


 「……確かにそうです。しかしそれにしても額が大きい……」

 「貴国の軍備をイチから増強してそれを維持しつづける費用よりかはお安くしておきましたよ?」

 「……ふっ、っ……あはは! まるで商売上手な商人と話してるみたいだ」


 フィリップはどこか吹っ切れたように大きな声を立てて愉快そうに笑う。彼は常に軽く微笑むような表情はしていたが、こんな顔を見せたのは初めてだった。大げさな感情表現を抑える貴族としても珍しい。

 しかし美波はその破顔を見て、事前に打ち合わせていた条件の範囲内で同盟がまとまったことに嬉しく思うとともに、自分の選択がアラミサルとブンガラヤにとっても良いものであるようにと祈った。


 (長い目でブンガラヤの将来を考えるなら、アラミサルに頼らず自力で防衛力を整える策を模索すべきだったのか、それともやっぱり自国だけでは限界で、同盟が後世で功を奏するのか。それにアラミサルも戦禍に巻き込まれる可能性のある決断で、これが正しい判断だったかは現時点では誰にも分からない)


 きっとフィリップは彼の後ろにいるナヴァル公爵と考え抜き、その結果アラミサルと同盟を組む提案をしたはずだ。それはこちら側とて同じ。

 ただ道を決めた以上、進むしかない。


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