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異世界に召喚されて私が国王!? そんなのムリです!【コミックス2巻5/2発売予定】  作者: キシバマユ
四幕 即位3年目ー4年目

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67 ダンスの素養

 美波は何着か用意してあったドレスの中から一番装飾過多なものを選び身につけた。過剰と言えるほどのブンガラヤ貴族の衣装に負けないようにするためだ。

 群青に染められた生地は本来落ち着いた印象になる色だが、そこにレースやフリルがふんだんに縫いつけられているため甘い印象になっている。


 「さすがケリー。普段私が着ないようなドレスまで用意してるなんて」

 「どんなご要望にもお応えできるようにしておくのが侍女の勤めですから」

 「デキル侍女は違うねぇ」


 ケリーにドレスを着せてもらい、ヘアメイクや装飾品も全てドレスに合わせて変え、美波は姿見の前に立って出来栄えを確認する。


 「なんだか、ドレスに着られてる感……? 日本人の地味な顔にブンガラヤ風のゴテゴテした衣装は似合わないなぁ」

 「もう少しハッキリとしたメイクにしましょう」


 美波は再び化粧台の前に座り、ケリーの手によってアイラインとアイシャドウを重ねられ、リップの色は


 「人の生き血を啜ったような赤色だね」

 「表現が物騒すぎます」


 メイクを直し終えた美波は、廊下で待機していた護衛の騎士らとともに舞踏会会場の大広間へと向かった。




 大広間の扉を開けると、そこはまさに貴族の世界であった。

 ワルツを踊る男女、歓談に興じる着飾った人々が目に飛び込んでくる。

 美波はフロアの視線を一手に集めながら中へ入ると、多くの人に囲まれていたフィリップがその輪を抜けて歩いてきた。


 「先程とはガラリと雰囲気が違いますね。実を言うと最初の会談の時と晩餐会では衣装が同じだったので少し驚きました」


 フィリップに美波を貶める意図はなく、純粋にカルチャーショックを受けただけのようだった。


 「ブンガラヤの皆さんは華やかなので合わせてみました。一般的に王族の皆さんが外国を訪問する時はたくさん衣装を持って移動するんでしょうけど、荷物が多くなって機動力が落ちるので好きじゃないんです」

 「機動力……」


 全く予想外の発想にフィリップは唖然とした。

 会話が途切れたタイミングで大広間の扉が再び開かれ、この宮廷舞踏会の主役である王太后が姿を表し、ざわめきピタリと止む。

 踊っていた者も噂話や恋人との甘い会話を楽しんでいた者も、会場の端に置かれた椅子に中央を向いて座る。

 アラミサルの国王主催舞踏会は細かいしきたりもなく自由な雰囲気だが、他国の王宮で開かれる舞踏会は全く違う。フロアの中心を向くように並べられた椅子は各々座る場所が身分と権力者から受ける寵愛の多寡で決められている。参加者は事前に伝えられた場所に座ることになる。そしてダンスも好きな時に踊れるわけではない。最初に踊るのは国王夫妻、次に王太子夫妻、それから王弟夫妻とこれにも決まりがある。

 張り詰めた空気の中、王太后は開けられた中央に堂々と立ち、一人の若い男性を手招きして呼び寄せた。彼女は夫を亡くしているため、本来は息子であるフィリップと踊るべきところだが、王族ではない男の手を取った。


 「あの方は誰ですか?」


 美波は空気を壊さないよう小声で尋ねた。


 「あの男は王太后の愛人の一人です」

 「愛人!? しかも一人じゃないってことですか?」

 「えぇ、現状この国の最高権力者ですから。近寄ってくる男は多くいます」


 フィリップは繊細で優美な顔容を嫌悪で歪める。息子にとって母親に複数人の愛人がいるというのは受け入れがたいのだろう。

 美波がフィリップに案内された席は中央奥の左隣で、席次としては順当だった。フィリップも晩餐会と同じく右隣に座ると思われたが、彼の行動はこの会場にいる全ての予想を裏切った。


 「陛下が……!!」


 静まり返ったホールに誰かの驚愕する声が響く。ブンガラヤ貴族の全員がこの光景に目を疑ったに違いない。

 フィリップはなんの迷いもなく中央の席に腰掛け、目を見開く王太后に天使のように微笑んでみせた。それを挑発と受け取った王太后は目を吊り上げて自分の息子を睨む。


 (本来は国王が座るべき場所だし、何も間違ってはないんだけど。この舞踏会荒れそう……?)


 今までフィリップがこのように大胆な行動に出たことはなかったのだろう。貴族らの動揺が大きく騒然とした雰囲気となった。

 彼はそうすることで晩餐会では握れなかった主導権を握り、なおかつ今後は王太后を自分の下に置くと示した。


 (舞踏会では驚かせることになるって言ってたけど、この事?)


 美波がフィリップの横顔を盗み見ると、彼は至って堂々としており、音楽隊に目配せした。指揮者は一瞬戸惑った顔をしたが、すぐに楽団の方を向き直して指揮棒を取り音楽が流れ出す。そうなると衆人環視の中で立っている王太后は引くに引けず踊るしかなくなった。

 王宮舞踏会でのしきたりやダンスは国や時代によって変わるが、ここで2人が踊り始めたのはメヌエットであった。

 メヌエットのステップは小さな歩幅と猫のような足捌きが特徴で、優雅さを上回る可憐さが王太后の内面を表しているように美波は感じる。彼女がこの舞踏会のために選んだドレスはまたしても少女趣味が強い物だったことも影響しているだろう。


 (周りが王太后って呼ぶから傲慢で強欲だから権力に固執してる人だって先入観を持って見てたけど、本質は自分が1番じゃなきゃ我慢出来ない子供みたいな人なのかも)


 美波は認識を改める。享楽に耽る君主も子供みたいな君主もどちらにせよ国政には不要で、アラミサルの安全保障を考えるならフィリップには是非ともブンガラヤを率いてほしいと思った。

 音楽が終わり、次はフィリップの番だった。

 彼は結婚しておらず婚約者もいないため、事前の調整で美波と踊ることになっていた。


 「次は僕たちです。行きましょう」


 差し出された手を取って立ち上がり、2人は王太后入れ替わるようにフロア中央に進み出た。美波がちらりと後ろを見ると王太后は中央の椅子を忌々しそうに睨みながら、元はフィリップが座るはずだった席に落ち着いた。


 「次の曲は?」

 「ワルツです」


 この国での舞踏会のマナーや曲順は頭に入っていたが、緊張をほぐすついでに確認する。

 国王として大勢の前に立つ場面はもう何度もこなしてきたが、やはり気が張ってしまう。

 参加者全員の視線を全身に感じながら中央に立ち、左手を彼の肩より少し下に手を置き右手は重ねる。視線を合わせると、彼の頭が思ったより高い位置にあることに気づいた。


 (細身で優しげな風貌だから気づかなかったけど、背は低くないんだ)


 タイミングを見計らって演奏が始まると、フィリップの上手いリードもあって自然と足が動き出した。




 「うちの陛下、ダンスの時やたらと輝いてない?」


 美波が座っていた席の後ろで護衛として立っていたマクティアが呟く。


 「美しすぎます。ずっと見ていたいくらいです」


 隣で熱い吐息をもらすクライヴにギョッとして、フォスターは隣の自分より少し下にある顔を見ると、彼の瞳は恋ではなく信奉者の熱をもって見つめていた。


 「踊ってるのを見るのは戴冠式の後の国王主催の舞踏会の時くらいだけどね。どこかの屋敷のパーティーに参加したこともなかったよね?」

 「お忍び行動も大方把握していますが、なかったかと思います」


 マクティアの質問には、熱を上げているクライヴではなく他の近衛騎士が答えた。


 「もったいない。ミナミちゃんは十分働いてるし、舞踏会とか開いて楽しんでもいいのにね。この国みたいに毎週やるのはどーかと思うけど」

 「隊長! 誰かに聞かれたら問題になります」


 クライヴが慌てて小声で諌める。


 「フォスター、実のところ陛下のダンスの腕前ってどんくらいのものなんだ?」


 クライヴ越しにマクティアがフォスターに尋ねる。


 「お上手です。ステップに一切乱れがありませんし」

 「へぇ、そうなんだ。俺はダンスは訓練でやったくらいだから分からないけど。っつっても他の令嬢とかご婦人方とはなんか違わない?」


 そう言われて改めて美波のダンスに注目する。フォスターは戴冠式には参加していたが舞踏会の時間は王城警備に回っていたため、踊っている姿を見たのは初めてだった。


 「確かにそうですね。何と言うか……見られているのを意識していて踊っているように見えます。それに手や脚の動かし方に特徴がある……何か別の舞踊か武術をやっていたか? いや武術はないな」


 フォスターが分析する。そして美波の新兵訓練の様子を思い出して武術を修めているという線は即座に消した。


 「そういえば、陛下と新兵訓練の同期? のジャックとロビンが『ダンスはミナミに教えてもらった』って前に言っていたような」

 「そりゃアレだ。あいつらは知らないだろうけど、陛下は舞踏会に備えてダンスのスパルタレッスンを受けてたんだよ。教えられもするんじゃない?」


 それもフォスターには初耳だった。ただ、考えてみればアラミサルに来てすぐに訓練に放り込まれた美波が、ダンスを教えられたのなら__


 「当時すでに誰かにダンスを教えられるレベルだったなら、やはり元の世界で舞踏をやっていたんでしょう。人に教えられるにはある程度の技量が必要ですから」

 「それもそうか。そういえば陛下のアレにやられた貴族も多いって宰相が溢してたっけ。ほら、今も」


 マクティアは顎をしゃくってダンスフロアを囲むブンガラヤ貴族を示す。彼らは視線も思考も全て美波に奪い去られてしまっていた。


 「不思議だよねー。魔法使ってるわけでもないのにさ」

 「人を魅了する魔法なんてありませんよ」

 「フォスター師団長はカタイねぇ。……今回は後でダンスのお誘い殺到しそうじゃない?」

 「どうでしょう。相当リードが上手くできる自信がないと相手役は務まらないかと」


 フォスターは美波と踊るフィリップを見た。

 自然なリードを見せる彼は高い技量をそれとなく発揮している。内面は相当な努力家だろう。少なくとも見た目通りの優男でないことは明らかだった。


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