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64 宮廷の権力争い

 船旅は天候にも恵まれて、予定通り3日後にブンガラヤ王国へと到着した。

 美波はケリーの手を借りてドレスに着替え、イヤリングとシンプルながらも大きなサファイアの付いたネックレスをつける。ブンガラヤの港から王宮までは馬車で森を抜けて半日ほどという近さにある。今日の夕方にはブンガラヤの王宮に到着し国王との会見が予定されているため、最も格式の高い衣装を着る必要があった。

 船が港に接岸されるのを待ってから、美波は荷物を持って客室のある船尾楼から出た。そしてすぐに別の国へ来たことを肌で感じ取った。

 アラミサルよりも高い気温と湿度。なるほどここでなら桜も育つに違いない。

 美波は肩から裾にかけてベビーピンクからペールブルーに染められたドレスを靡かせて、甲板から港を見下ろすと、四頭立ての白馬に繋がれた、これまた白を基調として青や金色で装飾された見るからに高価そうなものだった。


 「うわー、いかにも王族が乗ってますって感じ?」

 「ホントだねぇ。陛下はアレ乗るの気が引けるんじゃない?」


 美波が振り返ると、両手いっぱいに荷物を抱えた近衛隊長のマクティアが船尾楼から出てくるところだった。マクティアら近衛騎士もきっちりと正装の軍服を身につけている。


 「綺麗だなぁっていうときめき半分、注目されながら王城まで行くのはしんどいなって気持ちが半分かな」

 「護衛する側としても、ああも派手な馬車だと貴人が乗ってるって喧伝するようなもんだから、神経使うよねぇ。けどその護衛はブンガラヤの騎士がやってくれるみたいだから俺たちはお役御免かな」


 マクティアは軽い足取りでタラップに足をかけた。


 「さぁ向こうの騎士を焦らして楽しむんじゃなけりゃ行こうぜ」

 「そんな趣味ないですー」


 マクティアの後に続いて美波もタラップを使い、ブンガラヤの地に降り立った。


 「この荷物はどこに積んだらいいんだろ?」

 「それって陛下の衣装とか献上品の反物だよね。だったら荷台だね」

 「おっけー」


 美波は手が届くことを祈りつつ、一番近くの馬車のステップに乗って衣装ケースを両手で持ち上げたところで、後ろから誰かにそれをひょいと奪われた。


 「危ないですよ。お手伝いします」


 美波が振り返ると、濃褐色の髪に同色の瞳の美丈夫が爽やかに微笑を浮かべていた。青年が身を包んでいるブンガラヤの軍服はジャケットやネクタイ、ズボンに膝丈の軍靴まで黒でまとめられているが、風に翻る深紅のマントがあることで地味な印象は与えない。

 騎士の青年は軽々と荷台に荷物を載せてから美波に尋ねた。


 「アラミサル女王陛下はまだ船内にいらっしゃるのでしょうか? まだお姿が見えないようですが」


 今の美波は派手ではないが、ちょっとやそっとの貴族では手に入れることもできないような高価な品々を纏っている。美波は何故気づかないのだろうと訝りながら騎士に身分を明かした。


 「私がお探しのアラミサル国王ですよ」


 騎士は1拍おいた後、気の毒になるほど顔面蒼白になった。


 「ひっ! もっ、申し訳ございません!! まさか陛下御自ら荷運びをなさるとは思わず……。女王陛下の侍女の方だとばかり……!」


 (そういえば普通の国王は荷運びなんかしないし、周りも許さないもんね)


 美波の好きにさせているケリーら侍女や近衛のほうが世間では異端なのだ。

 分かれという方が無理だったかなと反省し、美波は笑顔を向けた。


 「そんな萎縮しなくて大丈夫ですよ。気にしないでください」

 「すみません! 申し訳ございません! お許しください!」


 美波は全く怒ってもいないのに、ブンガラヤ騎士は頭を上げようとしない。


 「いやいやいや、許してる! 最初っから罰しようともしてないし!」


 美波が頭を下げ続ける騎士の前でオロオロしていると、先程とは違う荷物を持ったマクティアがニヤケ顔で近づいてきた。


 「陛下、何してんの? この荷物はこの馬車の荷台に載せちゃいたいんだよね。ってわけで遊んでないでどいたどいた」

 「遊んでないのに」


 美波は口を尖らせながらもマクティアのために道を開けて、つられて頭を下げ続けていた騎士もようやく顔を上げて急いで退いた。

 目の合った騎士に美波は苦笑する。


 「ほんとに気にしないでください。王宮までの護衛、よろしくお願いします」


 習い性でぺこりと軽く頭を下げると、騎士はまたもや狼狽して上体を直角に折り曲げた。

 美波はこの時、他国の王だから失礼のないように必要以上に気を遣っていると考えていたが、そうではないことをブンガラヤ王宮で知ることになる。



 ブンガラヤ王国は約100年前まではカディス帝国の一部であったが、200年ほど前までは両国ともゾルバダ帝国の領土であった。

 長くゾルバダ帝国の一部にあって、東方大陸との交易の中心地であったブンガラヤ地域__現王国の街並みは中央と東方大陸の建築様式が混ざり合う独特な街並みが形成されていた。民家の外壁の大胆な色使いの漆喰、そして王宮にはドーム型の屋根が採用され、窓枠や外廊下のアーケードは三葉形アーチになっており、東方大陸の影響を感じさせるアラミサルやゾルバダでは見られないものだった。

 ゾルバダ帝国時代、皇帝らが冬に過ごす王宮として建てられたブンガラヤ王宮の美しさに、馬車の中から美波は感嘆の溜め息を漏らした。


 「すっごいねぇ。建築費はいくらだろ……」

 「陛下、素直に綺麗だと思う心も大切ですよ」


 美波の向かいに座っていたケリーが窘める。

 美波は窓の外に視線を向けながら、これから会う予定である国王について考えていた。


 (事前に集めた情報では、国王はまだ20歳で政治の実権や権力は王太后の方が握っているっていう話だったっけ)


 ブンガラヤ王家の始まりは100年前。カディスとの独立戦争の時代に遡る。

 東方大陸との交易で栄えていたブンガラヤ地域は、カディス帝国全体の総生産の30%を占める重要な場所であった。帝国はその利益を国内全体に再配分し全土の発展を図っていた。しかし、それはブンガラヤに住む市民にとっては面白くなかった。ブンガラヤでの利益を地域のためだけに使えれば、生活はもっと豊かになるはずだと考えた市民らは、当時の領主であり、のちにブンガラヤ初代国王となったアンリ・ド・ルソーを旗頭にカディス帝国に独立戦争を起こし、自分たちの帝国を手に入れたのだった。




 ブンガラヤ国王と会見すべく王宮内を案内され歩いているアラミサルの一団は、豪華絢爛なその内装に少々気圧され気味であった。

 柱や壁は光り輝くように真っ白で、至る所に施された金箔の装飾が華を添えている。


 「こんな綺麗すぎる所、住める気がしないんだけど。落ち着かない」


 他国の人間の目があることを意識して、美波は顔を正面に固定しながらも、目は左右の壁や天井を追っていた。


 「住んでいたら慣れるんじゃないですか? 多分……」


 美波のすぐ後ろを歩くフォスターが答えた。


 「フォスター師団長でも自信なさそう」

 「陛下は私のこと何だと思ってるんですか」

 「見た目が王子様っぽいから似合うと思うんだけど」


 美波はちらりと後ろを振り返って微笑を閃かせた。フォスターは仕方がないなという風に笑い返して、指差して前を向くよう促す。

 そこに前方からシルクの光沢が豪奢なドレスを翻して、ハッとするような美しい女がこちらに向かってきていた。


 「シャヴァネル公爵夫人、いかがされましたか?」


 アラミサル一行を先導していたブンガラヤ国王の廷臣が問いかけた。


 「王太后様がアラミサルの女王陛下とお話がしたいそうです」


 王太后の使いで来たということは、シャヴァネル公爵夫人と呼ばれた女は侍女か随従と思われた。

 彼女は侍従の前で立ち止まって、美波に向けてカーテシーを見せる。


 (女王、か。そういえば朝に港で一悶着あったブンガラヤ騎士も『女王』って言ってたな。アラミサルとブンガラヤは両国とも中央大陸語圏だけど、微妙に表現が違う言葉を特殊能力(ギフト)が超訳してるのかな)


 そして語彙の差は王位継承法の違いによるものだと美波は考えた。

 アラミサルの国王は神によって性別はおろか出自も関係なく選ばれる。けれどブンガラヤの王位継承は王族の男子に限られる。


 (王が女なのは非常のことだからこそ女王って単語が存在するんだろうか?)


 それでも呼び方なんて国王でも女王でも、カイベ陛下でもミナミでも、好きに呼べばいいと美波は思った。


 「女王陛下はまだ陛下とお会いになっておられません」

 「えぇ、存じておりましてよ」


 美波は呼ばれたことで意識を対立している2人に向けた。

 シャヴァネル公爵夫人を差し向けた王太后のマルグリットは、国王であり彼女の息子でもあるフィリップよりも前にアラミサル国王と会見し、己の権力を誇示しようというのだろう。美波は早くも権力闘争に巻き込まれた形となった。


 「陛下のご命令に背くわけにはまいりません」


 ブンガラヤ国王の廷臣は国王の威信のためにも譲るはずはない。


 (これって私が決めないと先に進まないんじゃ……)


 「アラミサル女王陛下、お先に王太后様とお会いいただけますか?」


 シャヴァネル公爵夫人は美波にたおやかな笑みを向ける。


 (他国の国王を内輪の争いに巻き込むなんて、ちょっとどうかと思うけど?)


 いわば宮廷内の恥部を他国に晒すようなものだ。

 美波は呆れて思考放棄したい気持ちになったが、決断を下さねばいつまでここで立ち往生させられるか分かったものではない。


 (どちらか先に会った方の側に私が付いたと思われるはず。だから今ここで私はどちら側に付くか決めないといけない)


 この決断はアラミサルの方向性をも決定づける重要なものだ。

 こんな廊下で、しかも他国の人間の目があるから誰に意見を求めることも出来ず決断しなければならない状況に美波は戸惑う。


 (こういう時、宰相だったらなんて言うだろう。『どちら側に付いた方が我が国にとって得なのか考えましょう』かな。……ってどっちが得なの!? そこまで教えて!)


 出国前の調査では王太后が政治の実権を握っているということは把握していたが、母子がそれを巡って争っているという話までは掴めていなかった。

 順当に考えれば、現在権力のトップにある王太后を優先した方がいいのだろうが、廷臣が王太后を優先していないあたり、国王が今後力をつけてパワーバランスを崩す可能性もありそうだった。


 (つまり判断材料はゼーロー)


 詰んだ詰んだ完全に詰みました、と半ば投げやりに思ってから、美波は損得勘定を放り投げ、自分の中にある道徳的規範に従って決めることにした。


 「私は先にブンガラヤ国王と約束していたので、そちらに向かいます」


 美波は信念に基づき『ダブルブッキングした時は先約を優先する』に従って決着をつけた。

 それにブンガラヤから同盟の打診があった時から、届いた書簡の署名には国王の名が書いてあった。そしてこの訪問が実現するまでに行われた何度かのやり取りでも相手は王太后ではなく王だった。だから美波はアラミサル国王として同盟締結のためにこの国を訪問している。王太后に会う理由もなかった。

 美波の言葉に国王の廷臣は安堵の表情を浮かべ、一方シャヴァネル公爵夫人は表面では笑顔を保っているものの目が笑っていなかった。


 「理由を伺ってもよろしくて?」

 「逆に聞きますね」


 美波はスッと表情を決してシャヴァネル公爵夫人を見据えた。


 「アラミサル国王の予定に横入り出来ると思ってんの?」

 「……っ! そうですわね、申し訳ございません。何卒ご容赦を」


 美波は在位年数のわりには外交経験を積んできた。西の3国にカディスとゾルバダ。そこから学んだことは____舐められないようにする、である。

 美波の見た目を裏切る生来の負けん気はこういう場面で功を奏す。

 顔色を失った夫人は深く頭を下げて道を譲った。それを見た美波は、ぼんやりと頭の中にあった予想がそう外れていないのではないかと半ば確信した。


 (ブンガラヤでは王族の権威が大きいんだ。多分王様が白いものを黒言ったら黒になるくらい。逆らえば身分を剥奪されるくらいの罰があるのかも。そう考えれば港での騎士の頑なな態度も、この夫人の対応にも説明がつく気がする)


 2人のやり取りを固唾を飲んで見守っていた国王の廷臣は我に返って頭を下げた。


 「失礼しました女王陛下。それではご案内いたします」


 美波は表情を作って、唇の端をわずかに引き上げ頷いた。

 長い廊下を歩き、先程の夫人が自分を連れて来られなかったことで厳しい処分を受けないよう願いながら、ブンガラヤ国王との会見について思いを巡らせる。

 果たしてどんな話し合いになるのだろうか、と。


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