61 間話 国王のそっくりさん
「第三回 一二三書房WEB小説大賞」にてコミック賞(ANIMAXコミックス)を受賞いたしまして、コミカライズ化が決定しました! ありがとうございます!
美波はこの日、王城の自室で読書の秋に勤しんでいた。
読んでいる本のタイトルは『ハワード氏物語』。そう、いつか図書館友達のジョンが読んでいた本である。
(タイトルから、主人公ハワードの一代記みたいな内容を想像してたけど、けっこう生々しい恋愛物じゃん)
あの時、ジョンが図書館で本を開いてすぐ読むのを中断した理由が一年越しで判明した。けれどもジョンの友人がオススメするのも納得するほど面白くもあった。
美波がソファーに寝転がりながら読む進めていると、廊下を小走りする複数の足音と話し声が聞こえた。そして国王の間付近で立ち止まったと思ったら、おざなりなノックの後に宰相や近衛隊長のマクティアが入ってきた。
「全く! あの方はいつもフラフラと……あれ? 部屋にいらっしゃる……」
「ちょっと、レディの部屋に急に入ってくるなんて、そんな礼儀知らずだったっけ?」
扉の前で固まる宰相を美波は呆れた目で見た。
「申し訳ございません。マクティア、これはどういうことです?」
「あっれ? おっかしーな。ここ数日、城下で陛下を見たって情報が警らの騎士から何件も来てるんだけど」
宰相の冷ややかな目に、マクティアは頭を掻きながら首を捻る。
「私は最近ずっと城内から出てないよ。私に似てる人がいるのかな? だったら会ってみたいけど」
「会うのは自由にしたらいいけどね。近衛としては陛下のそっくりさんがいると困るんだよね〜」
どうして困るのだろうかと美波は首を傾げた。
「だって、勝手に城下に遊びに行った陛下を見つけにくくなるじゃん」
美波は度々、勝手に城を抜け出して近衛の捜索を受けている。
「似た人ってことは東方大陸人なのかな。会ってみたい。ちょっと今から城下に行ってみるよ」
「近衛を連れて行ってくださいね」
宰相に念を押された美波は騎士を伴って城下に向かった。
美波と今日の護衛担当であるクライヴは、城下までの道を馬に乗って移動していた。
「それで、どこに行けば会えそうなのか当てはあるんですか?」
「いや全く。でも情報が一番集まる場所には心当たりがあるかな」
美波は得意げな顔を並走する騎士に向ける。
「酒場ですか? でもこの時間ではまだ開いてないだろうし」
「正解は、冒険者ギルドだよ」
美波の先導で2人はその場所へと向かった。
ギルドの厩に馬を預け、美波たちはギルドへと入った。
2人が姿を現した瞬間、騒々しかったギルド内が静まり返り注目が集まる。
美波は冒険者時代を思い出して懐かしく思う。一方でクライヴは戸惑いながら美波の後ろをついて歩いた。
美波は『噂の東方大陸人』のことを聞きたかったが、誰に話しかけるべきか迷った。
美波は3カ月しか冒険者をしていないし、ルークとパーティを組んでいたため、他の冒険者と交流する機会がついぞなかったのだ。
「おいおい何の騒ぎ……というか静かすぎんだろ」
入り口で逡巡していると、奥からギルマスが出てきた。美波はこれ幸いと彼に話しかけに行く。
「お久しぶりです」
「おぉ! お前カイベだな! 久しぶりだなぁ。ここで登録して以来めっきりご無沙汰だったじゃねーか。別の都市を拠点にしてたのか?」
ギルマスは変わらずスキンヘッドで、人相の悪い顔に人の良さそうな笑顔を浮かべて美波に近づいた。
「転職してしまって、もう冒険者はやってないんです」
「そうか。お前ならAランクだってなれただろうに惜しいな。今は何やって……。それより何で近衛騎士殿がいるんだ?」
彼は最初から気になってはいたが、聞いてもいいものかと迷った末に尋ねた。
「最近城下で東方大陸人っぽい人を見かけるって聞いて探しに来たんです」
「あ? それって答えになってんのか? あー、分かった。そいつは犯罪者なのか」
確かに近衛騎士が人探しといえば犯罪捜査が主だ。
「いや、今回はただ探してるだけです。知りませんか?」
「俺は見てねぇな。おいお前ら! この中で東方大陸人見かけたやついねぇか!?」
元冒険者らしいよく通る声でギルド内の耳目を集めた。
「俺は王都北側の宿屋街で見たかも」
「そいつなら西側の本屋街にいたぞ」
「おぉ? 俺は南側の鍛冶屋街で見たが」
それなりに目立つ人物らしく、幸い彼らの記憶に残っていたが、どうやら目当ての人物は王都内の特定の場所にいるのではなさそうだった。
美波は全員に礼を言ってギルドを出た。
「陛下、どうしますか? 情報は得られましたが、あれじゃあ王都にいるということしか分かりませんね」
「その人がなぜ王都に来たのか、そこから考えたら行きそうな場所が分からないかな?」
美波はギルドの外壁にもたれて、街行く人々を眺めながら考える。クライヴはその隣に近衛騎士らしく美しい姿勢で立っていた。
「北の宿屋街に泊まっている可能性は?」
「あそこはちょっと高い宿ばかりだから、泊まってるとは思えないんだよね。私と見間違えるような服装をしてるなら尚更」
美波の服はオーダーメイドなので安くはないが、高そうに見えるものは着ていない。
「だとしたら宿泊先も絞り込むのは難しいですね。あとは本屋街に鍛冶屋街……目的が掴めない」
「観光って感じじゃないよね」
「本屋に鍛冶屋……この国を探っているように思えます」
クライヴの言葉に美波は驚き目を見張った。
「スパイってこと? だとして何を探ってるんだろう」
「我が国の軍備や技術、他国が欲しがる情報はいくらでもあるかと」
大陸一の先進国ともなれば、内情を探りにスパイを送り込む国も多い。
「決めつけるのも早計ですが。あぁ、この国に勉強しに来ている可能性もあります。カディスやゾルバダから王立学院に入学する者も少数ですがおりますので」
「留学生! スパイの可能性は一旦置いといて、留学生だと仮定して行きそうなところは……展望台じゃない?」
王都展望台はアラミサルの工業技術の粋を集めた世界一高い建物だ。これを見ずしてこの国を知ることは出来ない。
「きっと行くはずです。早速向かってみましょう」
2人は展望台まで馬を走らせ、その正面にあるカフェで探し人が来るのを待つことにした。
2人はテラス席に座り、美波が先にメニュー表を見て、クライヴは展望台を見張っている。
「何にしよう。コーヒーに紅茶、ハーブティーもあるんだ。それにしよ」
「私はコーヒーで。へぇ、食事のメニューも色々とあるんですね」
今度はクライヴがメニューを覗き込み、美波は展望台の方に気を配りながらも、クライヴを一瞥した。それに気づいた彼は目線を上げた。
「どうしました?」
「いやね、近衛の制服でカフェにいると何だか仕事サボってるように見えるなぁと……」
「えぇ!? それは困ります! 騎士は市民の規範であらねばなりません」
「公務員だしねぇ」
クライヴは騎士道精神に基づいているのに対し、美波は現代日本人の感覚で喋っていて、若干ズレている。
しばらくして注文していたハーブティーとコーヒーが届き、2人はそれに口をつけつつ目線は展望台から離さない。
「クライヴはどうして騎士になったの?」
美波は退屈しのぎに、会話の糸口を探して口に出した。
「妹が『国王を守り、この国を守る近衛騎士』に憧れていたからです」
「そうなんだ。でも今は近衛に女の子はいないから……」
「えぇ、妹は体があまり丈夫ではなくて、彼女も騎士になれないのは分かっていたんです。だから代わりに私になって欲しいと」
クライヴから聞かされる兄妹の絆に美波は顔を綻ばせた。
「妹さんの夢を叶えてあげたんだ。いいお兄ちゃんだね」
「そう言われると何だか恥ずかしいですね。陛下は子供の頃、何か夢はあったんですか?」
何だったかなと美波は少し考え込んだ。
「バレエをやってたから小学校、この国で言うと国民学校時代はバレリーナだったなぁ。その後は舞台に関わる人になりたいなーとか思ったこともあったけど、結局世の中に流されるように会社勤めになって観劇は趣味にした。まさか将来王様になるなんて考えてもみなかった」
美波は苦笑を浮かべた。クライヴは、そうだろうなとは思いつつ、無神経にならないよう慎重に言葉を選びながら切り返した。
「私たち臣民にとっては、陛下が即位されたことはきっと幸運でした」
「幸運? どうして?」
「この国の安寧、国民の幸せを願ってくださるからです」
クライヴも貧窮院での事件を知った美波が心を痛め、体調まで崩したことを知っていた。そしてそれほどまでに国民と真摯に向き合う在り方に、胸を打たれた者の一人であった。
「国王として当然だと思うけど……」
しかし美波は当たり前のことを当たり前にやっているとしか思っていない。ただ、この世界でも古今東西見渡せば、自分の権力の維持しか考えなかった為政者や、自分の都合のいいように国民を扇動した者なども存在する。
美波の真面目さは王として素晴らしい資質と言えた。
それに気づいていない美波に、クライヴは微笑んでいると、件の東方大陸人らしき人物が展望台から出て来た。
「あ! あの人じゃない!? 見失う前に声をかけよう!」
2人は急いで立ち上がり、その女性の元へと駆け寄った。
「そこのお嬢さん! ちょっと待って!」
美波の声に振り向いた女性はまさしく東洋人で、背丈は美波より低い150センチそこそこの、まだ顔にあどけなさが残る少女と言ってもよさそうな人物だった。
(この子と私、どこが似てるって?)
顔は系統こそ似ていると言えなくはないが、年齢も大きく離れているように見えるし、髪色も同じ黒でも美波の方が明るい色だ。強いて言えば髪の長さが同じくらいのなので、後ろ姿だけを一瞬見たならば見間違う可能性はなくはない、くらいの別人だった。
「えっと、あなたは?」
少女は突然話しかけられたことに驚き、そして美波の顔を見て、同郷の知り合いだっただろうかと首を傾げた。
「突然ごめんなさい。初めまして、ミナミ・カイベと言います。えぇっと、怪しいものじゃなくて、この国の国王をしています」
美波がしどろもどろに自己紹介するのを、少女は怪しんで見つめた。それはそうだろう、いきなり国王を自称する女が現れたら、普通は頭がおかしいやつだと思う。
「それで、何の御用でしょうか?」
「あー、ちょっとお話ししたいなぁと思って」
ますます怪しい。
「なんのお話ですか?」
「いやね、東方大陸人ってこの国の王都で見かけることがないから、あなたの話とか東方のことを知りたいなぁと」
「もしかして、間諜か何かだと疑われているんでしょうか?」
少女はさらに警戒する。
「いやそれはない! と言いたいんだけど、ちょっと疑う気持ちもありました。すみません」
馬鹿正直に白状した美波に少女は呆気に取られ、そしてクスクスと笑った。
「良いですよ。私もあなたともう少しお話してみたいです」
「ありがとう! じゃあ城まで一緒に来てくれる? 絶対危害とかは加えないから。何かに誓って。そうだな、近衛騎士のクライヴが保証するよ」
隣で成り行きを見守っていたクライヴは、いきなり話が飛んできてギョッとする。
「え!? えぇ、騎士の名誉に誓って危害は加えません……」
そのあまりに滑稽なやりとりに、少女は心を許した。
「分かりました。ご一緒いたします」
美波はクライヴとともに少女を連れて自室へと戻ってきた。少女にはソファーを勧め、自分は棚から地図を持ち出しテーブルに広げた。
「あなたの、サクラの国はどこ?」
城に戻る道すがらに聞いた少女の名前はサクラ・ジィンと言った。名前は日本名っぽいが家名はそうではなかった。
サクラは菱形を縦に伸ばしたような東方大陸の東の端を指差した。
「私はここ、ショウカ国から来ました」
ショウカという国名は美波にも聞き覚えがあった。宰相には地図に載っている国は全て暗記させられているし、アラミサルの貿易相手国にして銀の産出が多い国と記憶していた。
「サクラは何しにこの国へ?」
思わず何かの番組名のような質問をしてしまった。
「アラミサル王国の進んだ文化を学ぶためです」
サクラの答えはこちらの予想通りだった。
「アラミサルとショウカ国とはどんな違いがあるの?」
「私には何もかもが違って見えます。話す言葉、着る物や食べる物もです」
それは美波にも覚えがある感覚だった。この異世界に来たばかりの頃がそうであった。美波はおもむろに立ち上がって衣装部屋から着物を取ってきた。
「これはショウカ国の衣装?」
「えぇそうです! でもどうしてここに?」
「どこぞの貿易商から買い取ったの。そっかこれはショウカの物だったんだ。じゃあ黒くてしょっぱいあの調味料も?」
「ショウユですか? はい、ショウカの物です」
晩餐会で和食を提供するために使った醤油もショウカの物だと判明した。ショウカと元の世界の日本とは類似点が多そうだ。
ちなみに美波には醤油と聞こえているが、特殊能力が勝手に訳しているので、実際は違う名前かもしれない。
「アラミサルにはいつ来たの?」
「1年ほど前です。つい先日までセレゥの国民学校に留学していたのですが卒業しまして、1週間後に中途編入で王都王立学院に入学することになっています」
道理で言葉に多少の訛りはあるものの日常会話に支障がないはずだと美波は得心がいった。
「すごい。優秀なんだね。学院では何を学ぶの?」
「政治学や教育学を学ぶつもりです」
「ショウカとこの国では政治体制もやっぱり違う?」
「ショウカでも10年ほど前までは王政のような体制だったのですが、それが倒れて今は政党政治が行われるようになりました」
ゾルバダ、そしてショウカでも政治の民主化が起こっていた。その話を聞き、美波はアラミサルもこのままでいいのだろうかと、思わずにはいられなかった。
「この1年、アラミサルで過ごして何を思った?」
「この国は豊かで、自由です。蛇口を捻れば水が出て、コンロを使えばすぐに火がつく。我が国ではほんの数年前から普及し始めた物が、アラミサルには50年も前からある。私はそのことに愕然としました。それに……」
彼女は痛みを堪えるように言葉を続けた。
「女性が男性と同じように勉強が出来て、働く場所がある。それが羨ましくて仕方がないのです」
女性の居場所は家庭にしか認められない。アラミサル以外の国々では、大なり小なりその傾向がある。じゃあアラミサルに移住すればいいなんて暴論も吐けない。
(生まれ育った国で生きられるに越したことはない)
しかし、美波は国王だとて他国の人間にしてやれることなど無いに等しい。
「ショウカでも時間は掛かるかもしれないけど、そんな時代が来るはずだよ」
何の慰めにもならないだろうが、地球上の歴史を知っている美波はそう言った。
「えぇ、座して待ったりなどいたしません。私が変えてみせます」
サクラの黒い瞳に力が宿った。それは、さすが2カ月もの船旅を経て、遠く見知らぬ土地に来るほどの熱量の持ち主だと、美波は感心した。
「留学中でも帰国後でも、困ったことがあれば手紙を送って。ちょっとは助けになれるかもしれない」
それがアラミサルの国益にも沿うことなら援助が出来ると伝えた。使えるか分からないアラミサル国王とのツテも、サクラにとっては無いよりはマシだろう。
サクラは深々をお辞儀をして部屋を辞した。
今日会ったばかりの人間にこれほど情を移すなんて、と美波は一人苦笑した。少女らしい可愛さと、一方で芯の強さを感じさせる彼女を好きにならずにはいられなかったらしい。
きっと彼女は何度も困難にぶつかり、挫けそうになることだろう。それでも希望を失わず夢を叶えて欲しいと願わずにはいられなかった。