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60 仮面舞踏会

第3回一二三書房web小説大賞で2次審査まで残りました。ありがとうございます。

 3日目の水祭りには1人で行くのも虚しい気がして、美波は参加を見合わせた。それに今日は夜に仮面舞踏会がある。アラサーにイベント事のハシゴは体力的にも精神的にキツい。

 美波は日暮れを待って、用意していた仮装に着替えた。この格好では窓から抜け出すのは難しいため、今日は堂々と扉から出かける。

 扉の外で警護をしていた騎士は当然行き先を尋ねた。


 「陛下、お出かけで? ……一体その格好は?」

 「どう? 私の故郷の民族衣装に似た物が売ってたから着てみたんだけど」


 美波が昨日の出店で買っていた衣装は着物だ。薄桃色の生地に鮮やかな花の意匠が染め上げられている。しかし色使いや柄の描き方が日本の着物とは少し違っていた。


 「いいえ! とても優雅で美しいですね。ところで、どこに行かれるんですか?」

 「あー、ちょっとブラウン子爵の屋敷に」

 「お供します」

 「いやー、それはちょっと。仮面舞踏会だから」


 美波は気まずさを感じて目を逸らす。


 「仮面……えっ陛下!?」


 騎士が赤面して狼狽する。仮面舞踏会は身分関係なく交流する場所だが、転じて合コン兼ワンナイトラブを楽しむ場にもなっている。騎士は後者を想像したらしい。


 「いやそれはないから! 友達の付き添いだし。でもそういうわけなんで、一緒には来ないで欲しいかなーって」

 「わっ分かりました。しかし何かあったら困りますし、子爵の屋敷の前で待機しておきます」


 美波はそれに了承して、馬車に乗り子爵の屋敷へと向かった。




 屋敷の前で馬車を降りてマーガレットとアメリアを探す。屋敷の前には同じく待ち合わせのためか、数人の女性がいたが、仮装して仮面をつけているため背格好であたりをつけるしかない。そして美波は着物に仮面を合わせるのを厭ったため、扇子で顔を隠している。扇面は透ける素材で向こう側は見えるが、視界は良くないため余計に探しにくかった。


 (マーガレットの背は私と同じくらいで、アメリアは165センチくらい……あの2人かな?)


 美波はそれっぽい2人を見つけて恐る恐る近づいた。


 「あっミナミ、こっちよ! その衣装とっても素敵だわ!」

 「見たことがないドレスね。面白いわ」


 マーガレットは今よりももっと古い時代のドレスを着ていた。ウエストをコルセットできつく締め上げ、スカートは左右に大きく膨らんだ形をしている。アメリアは黒髪のウィッグに黒のドレスを着ていた。


 「マーガレットのドレスはすごい豪華だね。当時の王妃様って感じ。アメリアのドレスは……なんだか既視感があるんだけど」

 「ミナミが戴冠式の後の舞踏会で着たドレスに似せたものよ! 今、ミナミが公式の場で着るドレスや髪型が貴族社会での流行の最先端ですわ!」


 マーガレットが美波にキラキラした瞳を向ける。


 「どう? わたくしだって似合うでしょう?」

 「アメリアは私よりスタイルもいいから、よっぽど似合うよ」


 その言葉にアメリアはカッと赤面する。相変わらずストレートな褒め言葉に弱いらしい。


 「そうだわ。屋敷に入る前に3人の偽名を考えなくちゃ。わたくしはそうね、カモミールにしようかしら」


 仮面をつけているのに本名で呼び合ってしまっては意味がない。

 マーガレットはその花に似た別の花の名前を使うようだ。


 「でしたらわたくしはミアにしますわ」


 アメリアの愛称にはエマやミリーなどがある。ミアはその内の一つだ。


 「じゃあ私はマリンかな」


 美波は自分のフルネームから連想した。


 「じゃあミア、マリン、行きますわよ!」


 3人は屋敷へと入っていった。




 屋敷の大広間には多くの人が集まっていた。皆が思い思いの仮装をして、お酒を嗜みながら会話やカードゲームに興じている。

 昼間のパーティとは違い、室内には紫煙が漂い、男女は体を密着させて囁き合う。夜の匂いが濃厚に立ち込めていた。

 そんな中で初心者3人組は雰囲気に飲み込まれてしまう。


 「あー、ここで何すればいいの?」

 「分からないわ」

 「わたくしが知るわけないでしょう?」


 美波はとりあえず従僕を呼び止めて、運んでいた飲み物を3人分受け取り、会場の端に寄って壁の花と化す。

 するとすぐに男性3人組から声をかけられた。


 「君たちすごく可愛いね」


 美波は、マーガレットもアメリアも仮面をつけていてもわかる美少女だから男がワラワラ寄ってきそう、と思いながら3人組に目をやった。

 きっかけを作った男性は赤い髪に同系色の燕尾服、その隣の男性は青い髪に西の3国の宮廷風の衣装、さらに隣は金髪に教皇のサイモンと似た司祭服を着ていた。全員仮面で顔が半分隠れているが、それなりに整った容姿であろうことは察せられた。

 美波は脳内で信号機と名付けた。


 「俺がマイケル、こっちがトムで左がジョー」


 青信号が紹介した。赤がトムで黄色がジョーらしい。当然、相手も偽名と思われた。こちらはマーガレットが代表して自己紹介を済ませた。

 立ち話もなんだから、とボックス席に移り、3対3で向かい合って座る。


 「君たちはどんな仕事をしてるんですか?」

 「わたくしとミアはワゼンで文官をしておりますわ」

 「そういえば私、2人が今何してるか聞いてなかったね。仕事はどう? 楽しい?」


 美波が黄色信号の会話をぶった切って2人に尋ねた。そういうところもモテない原因であろう。


 「えぇ、1年目だから分からないことばかりですが充実してますわ」

 「それは良かった」

 「へー、そしたら君たち2人は19歳くらい? 若いなぁ」

 「あなた方はおいくつですの?」


 会話に主導権を取り戻した赤色にアメリアが聞く。


 「俺たち学院の同級生で全員29だ」


 同い年か、と美波は扇子で隠した顔を顰めた。


 (恋愛に年の差は関係ないとはいえ、10歳も年下の子を狙ってるっていうのがねぇ)


 美波としては、なんとなくいい気はしなかった。しかし、このくらいの年頃の女の子は年上の男性に惹かれちゃったりするのである。

 マーガレットとアメリアは楽しそうに歓談している。


 「俺とトムは一緒に事業をやってて、マイケルは国民学校の教師だ」


 つまり、全員が爵位を継承しない次男以下ということか、と美波は相手を探る。

 この国の貴族女性は相手が爵位を継ぐ長男なのかどうかはあまり気にしない。婚姻で貴族籍を失っても、結婚相手が裕福でさえあれば生活はあまり変わらないからだ。それくらい、アラミサルでは貴族階級は特権階級ではない。

 今まで出会ったことのない職業の人だということが分かり、美波は少し興味を引かれた。


 「どんな事業なんですか?」

 「君もようやく俺たちに興味を持ってくれたみたいですね。カディスからワインを輸入して売ってるんですよ」


 黄色が苦笑する。さすがにあからさますぎたと美波は反省した。


 (カディスか。国としても農作物の輸入量は多いけど、民間レベルでも取引額は多いんだろうな。可能性は低いとしても、もしカディスと戦争になったら民間業者にとっても痛手かも)


 戦争とまではいかなくとも、対カディス情勢は良好とは言いがたい。美波が考えを巡らせる。


 (カディスと交易が激減しても大丈夫なようにしておかないと)


 ワインの話からどんどん思考が逸れている。


 「国内のワインも取り扱うご予定は?」

 「したいのは山々だけど、どこのワイナリーも販売業者が決まってて参入の余地がない」

 「だったらトンプソン子爵領で作ってるワインは昨年から増産されてるので、まだ参入できる余地があるかもしれないですよ」


 赤と黄色の目が商売人のものへと変わる。


 「君はトンプソン子爵と知り合いなのか?」

 「そうですよ、シャーウッド伯爵夫人の知り合いの紹介、とでも言ってくれていいですよ」

 「へぇ、顔が広いんだね」

 「そうでも」


 赤色が美波に興味を持ったようだが、一方通行に終わる。美波は好意があるから紹介したのではなく、むしろトンプソン子爵の役に立てればいいな、くらいにしか考えていない。


 「3人とももうすぐグラス空きそうだ。何か取ってくるけど、何がいい?」


 美波たち3人は飲みたいものを伝えて取ってきてもらう。


 その後も『彼氏いるの?』とか『休みの日は何してるの?』とか、明日には何を話したかなんて綺麗さっぱり忘れていそうな当たり障りのない会話が続き、美波は次第に眠気を感じ始めた。


 (退屈だからって眠気を感じるなんて、疲れてたのかな?)


 「ごめんなさい、ちょっとお化粧室行ってくる」


 美波は1人席を立ち、レストルームへ向かった。

 広間から廊下に出て歩く間にも眠気は強まっているような気がする。


 (眠すぎる。1回寝たい。10分でもいいから寝たい。トイレの個室で仮眠を取るか……?)


 デスクワークの会社員が、究極に眠い時に使う最終手段である。しかし10分で起きられる自信もなく、マーガレットとアメリアを長い時間放置したくもなかったので諦めた。

 美波はレストルームに入り、手洗い場の水で手を濡らし、冷やした手を首筋に当ててみたりして、何とか眠気を覚まそうとするが効き目がない。


 (この世界に来てからは娯楽もないから早寝早起きで、こんなに眠いことなんてなかったのに……)


 瞬間、美波は1つの可能性に思い至った。


 (睡眠薬でも飲まされた!?)


 これはまずいと鼓動が速くなる。正しい対処法など知らなかったが、とにかく吐き出すことにした。

 美波は自分で喉に指を入れ、胃の中を空にして、魔法で水を作り、口を濯いだ後に水も飲んでおく。


 (前にダニエルに吐かせてもらった経験が役に立つなんて。それよりも早く広間に戻らないと)


 レストルームを出ると、赤の男が美波を待っていた。


 「なんだか具合が悪そうだな。こっちの部屋で少し休んでいけばいい」


 男は力の入っていない美波の体を抱き上げ、連れ去ろうとする。


 「下ろして! マーガ、じゃなくてカモミールとミアはどこ!?」


 なりふり構っていられず、顔から扇子を外した美波の顔が露わになる。


 「珍しいドレスを着ていると思ったが、外国人か。けどそこそこイケる顔だな」


 男は美波を勝手に批評しながら、抱えられてジタバタしている美波をどこかへと運んでいく。

 男は部屋の扉を体で押し開け、天蓋付きのベッドに美波を下ろしのしかかった。

 美波は本格的に危機感を覚えて、男を睨み警告する。


 「やめて。どいて。怪我させても責任取らないからね」

 「怪我? 何してくれんの?」


 それでも男は止まらず、美波にその顔を近づけてる。言っても無駄だと悟った美波は、強硬手段を取ることにした。

 身体強化を使い、両手首を掴んでいる男の手を振り解き、自由になった右拳で思い切り男の顔面を殴りつけた。つけていた仮面は吹き飛び、男はベッドに倒れ込む。反撃の機会を与えぬよう、枕のシーツを剥がして裂き、脳震盪でも起こしたのか未だ起き上がらない男の手足を拘束した。

 美波はふらつく足でマーガレットとアメリアを救出するため部屋を出た。


 (この広い屋敷の部屋を一つ一つ確認していくのは時間がかかりすぎる。どうすれば……)


 顔を隠しながら小走りで、手当たり次第にこの階の部屋を開けて確認していく。鍵の閉まっている扉は蹴破って開け、中にいた人をベッドの上で呆然とさせたり、激怒されたりしたが、後者はぶん殴って昏倒させた。時間がなく思考力も低下しており、手段を選んでいられなかった。

 時間が経っても眠気は治る気配がなく、睡魔を追い払うための体力ばかり消費する。美波は足をもつれさせて倒れ込んだ。

 足を叱咤して立ち上がろうとするが、気合だけではどうにもなりそうになかった。美波は自分の不甲斐なさに歯噛みする。


 「おい、どうした?」


 美波の背後から声がかかった。状況的に警戒しそうなものだが、不思議と助けの声に聞こえた。

 美波が振り返ると、黒髪の男性が身を屈めて美波の様子をうかがっていた。仮面で顔の上半分は隠れていたが、怪訝な色を浮かべたその青い瞳を、美波は見間違えるはずがなかった。


 「ルーク……」


 美波は顔を覆っていた扇子を外した。ルークは仮面の奥の目を丸くする。


 「お前、こんなとこで何やってんだ」

 「ルークこそ」


 美波はジトっとした目を向ける。


 「俺は兄さんに頼まれて来たんだ。『仮面舞踏会と称して催されるパーティで犯罪行為が行われてる』って噂を聞いたらしい」

 「自分で潜入すればいいのに」

 「女に言い寄られるから嫌なんだと」

 「はー! おモテになられることで。いや、こんな話をしてる場合じゃないんだよ! その犯罪が今まさに行われてるわけで!」


 悪態をつきながら美波はルークに縋りつく。


 「私と、一緒に来たマーガレットと、もう1人の友達が睡眠薬みたいなのを飲まされた。早く助けに行かないと!」

 「マジか。どこにいるんだ?」

 「分からない! だからこの階の部屋は蹴破ったりして全部調べたんだけど」

 「蹴破って……でもそれしか方法ねぇか。この階じゃないなら、この上か別棟にも客室があるかもしれねぇな。探すぞ」


 ルークに手を差し出されて立ち上がるが、歩くだけで精一杯でとても走れそうにはなかった。


 「ルーク、先に行って」

 「マーガレットは見りゃ分かるだろうが、もう1人を知らねぇ。お前、背中乗れ」


 ルークが背中を向けて乗るように促す。


 「ごめん、お願いします」


 美波はルークの首に腕を回すと、ルークの腕が両膝の裏に回り持ち上げられた。着物の裾が乱れ、少し着崩れるが、今はそんなことを気にしている余裕はない。


 「行くぞ」


 ルークは美波を背負って走り出した。




 階段を上がり、2回の客室を虱潰しに探していく。

 次々と扉を開けて確認するが、応接室や図書室、資料室などであった。


 「この屋敷どれだけ部屋数あるの!? お城なの!?」

 「城のがでけぇだろ」


 ルークが鍵のかかった扉に行き着き、筋力強化でドアノブを破壊し立ち入った。

 ベッドの上では、男女がまさに最中であった。


 『失礼しましたー』


 ルークと美波は見なかったふりをして扉を閉じた。


 「邪魔しちゃったね。続きできるかな……」

 「見られて興奮するタイプならあるいは」


 2人は冷静さを保とうとしてかえって失敗していた。

 続けて隣の部屋を確認すると、ドレスのままベッドに入り、スヤスヤと寝ているマーガレット発見した。


 「マーガレット! 良かった、何もされてないみたい」

 「良心の残ってるやつもいたみたいだな」


 しかしまだアメリアは見つかっていない。彼女を探しに行かなければならないが、マーガレットをこのまま1人寝かせておくのも不安が残る。


 「そうだ、屋敷の入り口に近衛を待たせてるんだった。彼に見張っててもらおう」


 ルークは再び美波を背負って部屋を出て、パーティ会場の方へと戻る。すると空いたグラスを下げて厨房へ戻る途中だったらしい従僕を捕まえた。


 「貴人の護衛のために来ている騎士が屋敷の前に立ってるはずだ。彼に伝言を頼む。『2階のドアノブが壊れてる部屋の隣に女の子が寝てる。警護をしてくれ』と」

 「わっ、分かりました」


 彼に少額のチップを握らせて頼んだ。


 「それと、この建物以外にも客室はあるのか?」

 「いえ、使用人用の部屋と物置きがあるだけです」

 「そうか、ありがとう」


 ルークは美波を背負って走り出した。


 「今ので何か分かったの?」

 「あぁ、1階と2階にある客室は全部見た。そして別棟がないなら残るは3階だけだ」


 貴族の屋敷は大抵、下の階に広間や晩餐室など社交をするための部屋が設けられ、上階は家人の寝室などのプライベートルームになっている。


 「あの信号機3人組、1人はこの家の息子だったってことね」


 ルークは階段で3階まで駆け上がり、奥の方は子爵夫妻の部屋と考え、アメリアがいるならこの辺りだろうと、あたりをつけ、1番手前の部屋に躊躇なく入った。

 部屋の中は薄暗く、扉の正面には机と揃いの椅子やソファーセット、壁際には飾り棚。そして部屋の奥にはベッドがあり、テーブルランプに浮かぶ男のシルエットには見覚えがあった。そしてその男に跨られている女性も。


 「アメリア!!」


 男はまさにアメリアのドレスに手をかけていた。

 美波は頭に血が上り、ルークの背を降りてズカズカと近づき、突然の乱入者に呆然としていた男の顔を扇子で思い切り打擲した。その勢いで男はベッドから転げ落ちる。


 「扇子壊れたんじゃねーか?」


 無様に床に転がっている男のことは一瞥して、美波の持ち物の方を気にするルークも大概である。


 「やっば、折れちゃった。修理できるかな? 物は大切にしないと。それと何か縛るもの持ってる?」

 「持ってねぇ。枕カバー引っぺがして使え」


 美波は痛みから復活できていない男の手を体の前で合わせて、枕カバーで縛り立ち上がらせた。ルークはアメリアを横抱きにする。そして2人はマーガレットが眠る部屋へと戻った。

 美波たちがマーガレットのいる客室に戻ると、きちんと伝言を受け取った騎士が立っていた。


 「陛下、一体何があったんですか?」

 「私とそこの寝てる友達2人が睡眠薬を盛られたっぽくてね。マーガレットは幸い無事だったけど、私も危なかったし」

 「おい、襲われたなんて聞いてねぇぞ」


 ルークが眉を顰める。


 「現行犯で連れてきたこいつと、下の階に私を襲った男を手足縛って転がしてあるから、回収して先に城に戻ってくれる?」

 「陛下もお戻りになりませんか?」

 「私は2人が起きるまでここにいるよ。大丈夫、護衛にはAランカーの冒険者がついてるから」

 「承知しました」


 騎士は青髪の男を引っ張って部屋を出て行った。




 ルークはアメリアをマーガレットを隣に寝かせ、つけていた仮面を投げ捨てて、ドカリとソファーに腰を下ろした。美波もその隣に倒れ込むように座る。


 「ルーク、本当にありがとう。助かった」


 ソファーの肘掛けに体をもたれさせ顔だけをルークに向ける。


 「お前は何でいっつも自分から危ない目に遭いに行くんだ」

 「今回は不可抗力でしょ? それに仮面舞踏会が危ない場所だなんて思わなかった」


 美波の危機感のなさにルークは苛立ち、美波の腕を掴んで強い力で引き寄せ、そのまま押し倒した。


 「痛っ、なに?」

 「警戒心なさすぎだろ。だからいいようにされる」


 ルークが美波の脚を跨いで膝立ちになり、上から至近距離で美波の顔を覗き込む。


 「ルーク相手に警戒も何もないよ」

 「そうじゃねぇ。今夜のことだ。お前、飲んだ薬が効いてそのまま寝てたらどうなってた」


 美波は言葉に詰まる。


 「なまじ魔法が使えるからって自分の力を過信すんな。いつか大怪我すんぞ」

 「……反省します」


 気まずそうに目を伏せて言う。


 「あんま心配させんな」


 その懇願するような声色に、美波は驚き青い瞳を見つめ返した。


 「心配かけた?」

 「どうにもパーティ組んでた時の感覚が抜けてねぇみたいだ。何か仕出かさねぇように見張っておきたくなる」


 どうやら自分がルークを心配性に変えてしまったらしいと美波は苦笑した。


 「嬉しいなぁ」

 「何がだよ」

 「私のことをこんなに気にかけてくれる人がいるってことが」


 ルークは美波の顔を覗き込んだまま動きを止めた。


 「だからかな、ルークには頼っちゃうし甘えちゃうんだよね」

 「そーかよ」

 「一緒に冒険者として3都市を回って観光して……楽しかったなぁ……」


 美波は懐かしむように目を閉じ、そして寝息を立て始めた。

 ルークは浅く溜め息を吐いて、自分の上着を美波にかけやり、対面のソファーに座り直した。そして自らも休息を取るべく目を閉じた。




 翌朝、目覚めたマーガレットとアメリアに、美波は襲われそうになっていたことは伏せ『睡眠薬を盛られて眠らされた』とだけ伝えた。あまり怖がらせたくなかったからだ。ただ今後は危なそうな場所には行かないこと、自分の飲み物を他人には委ねず目を離さないようにと注意した。

 そしてルークとともに城に帰り、宰相には事の顛末を話し、仮面舞踏会で犯罪が横行している可能性を伝えた。


 「何か規制をかけるべきなんだろうけど」

 「仮面舞踏会禁止令でも出すのか?」


 3人は執務室の応接ソファーに腰掛け、頭を悩ませる。


 「んー……。そうだ、仮面舞踏会が開催された屋敷でいかがわしい行為が行われた場合、主催者に公然わいせつほうじょ罪か風俗営業法違反の適用がいいんじゃない?」


 この世界でも風俗営業を行うには、その土地を治める領主か国に届け出を出さなければならない。そして許可が下りた場所以外での営業は禁止されている。


 「なるほど、そうすれば主催者は風紀が乱れないように目を光らせるでしょう。早速法改正の検討をいたします」


 宰相は机の上に紙とペンを用意し、司法部に提出する書類の作成を始めた。


 「今回使われたような薬の規制は難しいか」

 「睡眠薬自体は違法薬物じゃないからね。こればっかりは気をつけるように啓発するくらいしか出来ないかなぁ」


 美波はお手上げといったように天井を見上げた。

 自分の治める国で犯罪が行われるのは防ぎたい。しかし犯罪のない国など、どこの世界にも存在しないのだ。

 そして気づけば建国祭の最終日。美波は自室のバルコニーから夜空に打ち上がる花火を眺めた。

 美しい花火に酔いしれながらも、心の冷静な部分では別のことを考えていた。


 (火薬だって美しい芸術にもなれば、人を殺す凶器にもなる)


 そう、どんなものも使い方一つだ。


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